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それとこれとは別世界  作者: やまさん
第十三章
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「それ」 田島

◆異世界コード『NGY1180』

*「それ」世界

*田島・亜実がいる側の平行世界


◆異世界コード『NGY1150』

*「これ」世界

*矢崎・望美がいる側の平行世界

 亜実たち側からすればあの日、田島と柏崎が余計な行動を取らなければ万事順調に任務を済まされたはず。だがそうはならず、その二人も亜実たちもそれぞれ痛い目に遭った。田島の両親は自宅も失いかけ、柏崎の両親は娘の正気を失う。関係者のほぼ全員が、ハイリスクを選ぶか選ばされ、ローリターンを与えられた。

 猛暑の下、田島と柏崎を尾行していた岡崎もローリターンに終わる。七月十八日も酷い暑さで、アスファルトの熱気や照り返しに、彼の集中力や体力が奪われつつあった。やる気を失わずとも、悪環境はパフォーマンスを低下させ、ミスの恐れを強めてしまう。岡崎はそれを事実として証明したのだった。

 田島と柏崎は、八王子駅南口の歩行デッキへ上がるエスカレーターに向かった。尾行がバレている点を岡崎は把握しつつも、一定の距離で二人を追う。ところが二人はエスカレーターに足を乗せたかと思えば、空いた状態の右側を必死に駆け上がっていく。

「まったくもう」

 周りに不審者と思われようと構わず、岡崎も急ぎエスカレーターに乗り、右側を駆け上がる。左側で並んで乗る人々は彼をチラ見するも、次の瞬間にはスマホへ目を向けた。

「そこまでして逃げるもんかね」

 岡崎は歩行デッキに上がった時、二人の姿をまだ見失っておらず、逃げていく小さな背中二つを視界に捉えていた。しょせん子供の足で、全力で走れば距離を縮められる。……ところが、田島は柏崎の手を引いた状態でも構わず、少なからぬ雑踏の隙間を駆け抜けていった。足取りが鈍い爺婆、戦列歩兵の如く横並びで歩く女子高校生の群れ、不動産屋やカルトのキャッチ。昨今の社会における障害物的存在の脇を、子供の二人は荒々しく通過していく。舌打ちする者もいたが、置かれた状況を考えれば自然の行動と言える。

 しかし、大人の岡崎がそれを真似るのは物理的に少々難しく、うっかり女子高校生とかにぶつかり、その場で一揉めに発展すれば目も当てられまい。岡崎は目を凝らしつつ進み、逃げていく二人の背中を追うも、雑踏の影で見失った。

「……ああホントに面倒だな」

 岡崎は立ち止まり、愚痴をこぼす。彼はひとまず、改札口へ向かい、そこから駅構内を見通す。あの二人の姿は見られない。さらに彼は用事があるフリして改札の窓口に近づき、ホームの監視カメラ画面を覗きこむも、二人の姿はない。まだ駅付近にいると軽く安堵できた。彼は改札口のそばに立ち、付近を見張る。とはいえ、そこにいたままでは二人を探しにいけないし、後から来る亜実たちを怒らせるだけ。

 ターゲットの田島を見失うまでの経緯をどう伝えるか思案しつつ、岡崎はスマホで亜実に連絡を取る。……彼は文字通り言葉を選び、亜実へ報連相のメッセージを送った。


 一時的だが、田島は岡崎の尾行を見事にまいた。彼は恋人柏崎の左手を握りしめ、エスカレーターを一気に上がり、歩行デッキを駆け抜けた。平日の昼間でも、八王子駅構内はまあまあ混み合っていた。二人は人混みに紛れる。カレンダー上の夏休みは明日からだが、一学期の終業式を終えたばかりの小学生や中高生が早くも繰り出している。駅からあまり離れていないマンションで爆発や火事があったにも関わらず、人々は元のレールに戻ったよう。

 もしかすると、駐車場の公衆トイレに「扉」がある遊園地へ向かう者もいたかもだ。事実、あの繁忙期用の駐車場は公衆トイレを除き、来場客に開放されていた。亜実たちには多忙な一日だった。

 それはさておき、柏崎は田島に強く引っ張られ駅構内まで走らされた。下手すれば彼女は前のめりに倒れ、額をエスカレーターの段差の角にぶつけていたかもしれない。単に道で転んだだけでも、いくらか傷を負っただろう。しかし、そうならなかったため、柏崎は非日常性とスリルを無邪気に楽しんだ始末。彼女が田島と手を握ったことは別に初めてじゃないにも関わらず、ロマンチックにお姫様気分だ。

 尾行をまけたと田島は柏崎に言い、彼女を安心させた。……だが、人混みの内側から駅の改札口を見通した途端、自分の甘さを知る。

 改札口のそばに、尾行してきた岡崎が立っていたから。彼はちょうどスマホでメッセージを打つ最中で、田島が自身を見ていることに気づけなかった。タイミングがあと十数秒ズレていれば、岡崎は人混みの二人を発見できただろう。

「静かに」

 田島は柏崎にそう言うと、彼女の手を再び強く引き、先ほどの駅前広場に戻る。彼はもどかしさを覚えた。今さら柏崎とバイバイするわけにいかず、一通りの事情を話すわけにもいかない。自宅に来た連中やその仲間がどこか近くにおり、今にも自分を見つけるかもしれないと考えたのは当然だ。できるだけ遠くか安全な場所へ向かわねば。。

「電車乗らないの?」

「ウン。その、変なのがいたから」

 田島が遠回しに言うと、柏崎は何となく察せた。向こうに不審者がいて、駅は危険なのだと。彼女は同時に、自身のモバイルスイカの残高が少ないことを思い出す。また、スマホのバッテリーが残り少ないことも。

「バスはどこ行くかあまり知らないし、財布やスマホ無くてさ……」

 急いで自宅から逃げたことを悔やむ田島。けれどもそれを悔しがれるのは、焼け死なずにそこまで逃げられたからだ。

「どこかで休まない? 萌恵、喉が渇いちゃった」

 猛暑日にそれだけ右往左往していれば、誰でもそうなるといえ、田島をさらに困らせた。財布やスマホを家に置いてきたせいで、どこで時間を過ごすか迷っていた。自宅マンションにはまだ戻れず、その時期は日陰でも猛暑から逃れきれない。下手すれば熱中症に陥るだろう。

 いっそ死体からマイクロマシンを回収すればよく思えるが、亜実たちにそんな余裕は残されていない。時間的にも情勢的にも。


「いるかわからないけど、そこの交番行ってみようか?」

 田島は自らそう言ったものの、現地警察を強く当てにする気は湧いていない。先日の柏崎宅での事件の捜査がろくに進展できていないからだ(上からの圧力のせいだが、二人は知るわけない)。

 八王子駅南口の交番は耐震補強工事中で、すぐそばの雑居ビル一階に仮設交番が設けられていた。

「さっき見た時は明かりついてたよ」

 柏崎はそう言いつつ、交番に警官が一人もいない流れを懸念する。自宅マンションで起きた火災現場へ出払っていることは当然考えられる。それに、警官とタクシーは必要なときに現れないものだ。不要なときに現れることと比べれば多いはず。ただあの日の場合は、後者のケースが亜実たち側に起きたと言えよう。

「ひとまず行ってみよう」

 妥協案のようだが、二人はその交番へ向かって足を進める。直後に久保が、横断歩道を急ぎ足で渡る二人を見つけた。そして、交番へ入ったところを見届ける。


 田島と柏崎が余計な行動を取った点は否定できないが、選択を迫られていた点も否定できない。改札そばに立つ岡崎は二人を発見すればすぐ制圧に動き、銃撃戦は駅舎で起きただろう。また、二人が歩行デッキに留まっていても、亜実たちにいずれ見つかる。そして、そこで銃撃戦が起きる流れ。二ヶ所とも、民間人が我が物顔で行き交っている状況からスタートだ。

 つまり、あの日起きた銃撃戦の「場所選び」として、仮設交番およびその付近は比較的悪くなかったとさえ言える。もし「運命の女神」がいるなら、消去法で選ばれたのだろう。「最適解」という便利な言葉を添えて。

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