「これ」 望美
◆異世界コード『NGY1180』
*「それ」世界
*田島・亜実がいる側の平行世界
◆異世界コード『NGY1150』
*「これ」世界
*矢崎・望美がいる側の平行世界
望美たちが動いたあの日は七月十七日だ。二つの異世界は時間軸が同期するため、亜実たちが動いた七月十八日の前日にあたる。
朝九時頃に、望美のチーム五人は動き始めた。前日時点で五人は三手に分かれていたが、紳士淑女規定への例外申請の承認はまだ下っていない状態だった。望美が管理者から申請承認の連絡を受けたのは夕方だ。もし承認が却下されていれば、チーム全員が監察課に捕まる流れになっただろう。単独行動中の対馬にはリモート爆薬が渡っていたし、予定の行動開始時刻まで通信制限がかかっていた。
「……ああもう暑い」
一番手を任された対馬が訪れた先には、八王子駅(異世界NGY1150のだ)南口の地下タワー式駐輪場だ。付近には件の仮設交番がある。複合体オリジンのエージェントから巻き添えを受けずに済んだ側の交番だ。
朝から猛暑に迫る暑さで、対馬はシティサイクルに乗っていた。被る帽子型ヘルメット含め、彼女がその自転車をどう調達したのかは聞くまでもない。オリジンの必要経費になっていない点は確かだ。
対馬は自転車から降りるとヘルメットを外し、それを前カゴに上向きで入れる。慣れた手つきで自転車を駐輪場の入出庫台に置き、入庫の操作を済ませた。ヘルメット付きの自転車が、機械式の地下駐輪場内へ消えていく。
それから駅のバスターミナルへ赴き、発車時刻待ちの路線バスに乗った。平日のラッシュアワーが過ぎた時間帯のため、バス車内はたいして混んでない。彼女は最後尾の席に腰を下ろすと、周りの乗客と同じようにスマホを取り出す。ただ彼女が周りと違うのは、駐輪場の様子を伺うカモフラージュという点。
路線バスの扉が閉まり、バスは鈍重に動き出す。そして、バスターミナルから外への最初の交差点を曲がり終えた時、対馬は特殊な専用アプリを開き、画面上の無記載のボタンをタップする……。
小学校の矢崎たちが耳にした爆発音はそれだ。オリジン支給の軍用爆薬で、石造りの城壁なら一発で二車線分は崩壊させられる。爆破の衝撃が地を這い、バスの大きな車体も揺らした。
あの地下タワー式駐輪場では、行き場を失った猛烈な爆風が地上側の入出庫扉を弾き飛ばした。上品に例えればシャンパンの開封か。観音開きの扉パーツが飛散する。鳴り響く車の盗難防止ブザーに、女性の甲高い悲鳴。付近を走る車が鳴らす、急ブレーキの鈍い音色。
対馬が合理的配慮を行なった事と幸運が重なり、爆破による死者は出ていない。ただ、地下駐輪場の穴から漂う黒煙はゴム臭く、そこの自転車どもの惨状を物語る。今も再建できていない有り様だ。
爆発の発生により、路線バスは公道上で停まるが、十秒も経たない内に再び動き出した。バス運転手は目撃者や野次馬になりたかったかもしれないが、ダイヤの乱れを恐れたのだろう。しかしながら、ダブルタップや二次災害の恐れを考えれば、速やかに現場を離れる判断は間違っていない。
「これ以上何か起きなきゃいいけど」
専用アプリを既に閉じ、SNSアプリを開いている対馬が言った。他の乗客は駅の方をスマホで撮るか、物珍しげに眺めていた。件の交番から警官が駆け出していくところが見えた。バスが次の交差点を曲がり、駅舎やバスターミナルが見えなくなった頃、緊急走行のパトカーが横を通過する。また、救急車や消防車のサイレンが窓外から聞こえてくる。
「テロじゃろか?」
「物騒で嫌だね」
彼女の近くに座る老夫婦が話していた。二人とも不安気な表情を浮かべている。彼女にはもはや他人事で、計画が順調に進むよう願っていた。一番手の彼女が爆破を行なったのは破壊目的でなく、合図と陽動のため。
対馬の人道配慮付き爆破は、仲間の望美たちにきちんと伝わっていた。望美と鍋島の二人組と、三宅と井上の二人組に。前者の二人は、矢崎が通う小学校間近の民家(一人暮らしの高齢男性が住んでいた)に前夜から潜み、対馬による爆破へ耳をすませていた。また後者の方は、小学校の裏門付近に車を停め、望美と鍋島がターゲットの矢崎を連れ出してくるのを待った。マイクロマシン回収機は車内にある理由は、車で移動しつつ矢崎の後頭部からマシンを外すため。元から荒っぽい計画だった。しかし、小学校内の現場で回収を行なっていれば、その間に現地警察に包囲されるかもしれない。深く考えていなかったと露呈するが、望美は武力憲兵隊をまあまあ懸念していたようだ。「怖かったわけじゃない」と、後に彼女は語る。
三宅はソードオフショットガンの装填を確かめ、井上はマイクロマシン回収機の電源を入れた。車のアクシオは、裏門の監視カメラにギリギリ映らない所に停められたが、そこの手間は不要だったかもしれない。
小学校の職員室では、八王子駅前で起きた爆発への対応で手一杯だった。といっても、校内で事が起きる前に彼らが実際やった対応は、都庁の教育委員会への電話一本と、保護者からの問い合わせへの事務的対応に、テレビでの情報収集ぐらい。校長や教頭を始め、職員室に居合わせた者は皆はもう、テレビのニュースに釘付けだった……。
「繰り返し、速報をお伝えします。先ほど九時十五分頃に東京都八王子駅付近で爆発が起きたとの情報が入りました。現場では複数の負傷者が出ている模様で、警察や消防などが対応にあたっています」
報道ヘリのカメラは上空から、八王子駅の南側を映している。多数の緊急車両が現着し、現地消防のポンプ車が地下駐輪場の穴へ注水している。炎は上がっていないが、黒煙の勢いはなかなか収まらない。少し離れた所で、現地警察が消防とガス会社を相手に、爆発原因を探らせている。駐輪場の責任者はオフィスで忙しかったのか、規制線の外側にも見えない。
「また余計な仕事が増えちゃうなあ」
校長が呟くと、教頭は苦笑いで答える。原因が何であれ、テレビ報道向けに、集団登下校の見守り役で立たなきゃいけないから。普段のようにボランティア任せでは、格好がつかないのもある。
そんなとき、学校事務員の机上の電話が鳴った。インターホンの小型モニターには、警察の制服姿の二人組が映る。
「さっそく警察ですね」
女性事務員はそう言い、受話器を取った。
輝く太陽の下、小学校の正門に立つ男女二人組。インターホンを押したのは男の方。八王子駅付近での爆発からは三十分ほど経った。数機のヘリが上空に留まり、物々しい羽音を散らしている。
望美の部下鍋島は、その任務で自身が現地人と一番接する役回りだったと自覚している。戦死したメンバーを除けば、一番苦労したのだと。もし自身がソロで任務をやり遂げていれば、オリジンから『ローンオフェンダー勲章(旧ローンウルフ勲章)』を授与されたはずとまで考えていた。しかし、彼の自惚れでしかない。一人だけで成し遂げられる努力の域は知れている。それに、鍋島が対応を比較的任された理由は、彼が望美チームにおいて温和な外見の男性だから。良い言い方は「清潔感のある男性」で、悪い言い方は「無難で安心できる男」だ。対馬の次にお鉢が回っていたに過ぎない。
「こんにちは。八王子警察署より派遣された者です。緊急配備として、小学校内の警備を私と後ろの者で担当します」
警官に扮した鍋島が言った。背後には、同じく警官に扮する望美。二人分の制服は任務初日での産物だ。応対の事務員に求められるより先に、鍋島は警察手帳を提示する。顔写真を貼りかえただけだ。モニター越しに真偽を把握するのは難しい。
「暑い中ご苦労様です。ええっと、さっきの大きな音はテロなのでしょうか?」
「残念ながら、その可能性が高いと聞いています。万一に備え、校内で皆さんの安全を確保いたします」
鍋島がそう返答すると、事務員は緊張した面持ちで教頭を見る。
「私が出迎えよう。門の鍵を解除してあげたまえ」
教頭は正門の監視カメラ映像を一目見た後、彼女にそう言った。
「お願いします。私は放送で体育館へ集まるように」
「待て待て。急いで児童を怖がらせる必要はない。まずはその警察官から話を聞こう」
校長がそう言い、彼女のマニュアル通りの行動を止める……。全校集会という面倒事を避けたかったかもだが、今さらどうしようもない。




