静かなる逆襲
なんとか警察に見つからずに走って逃げてきた3人と下っ端たち。
帰ると総長が長いテーブルの一番手前に座っており、子分の数人が料理を運んでいた。
「おっ、お前ら帰ってきたか!料理の準備はできたぞ!後は飲むだけだ!」
既に何杯か飲んでいる総長が楽しそうに言う。
「総長…ほんと逃げ足だきゃ速いんですから。」
徳永は呆れながら総長の隣に座る。
「総長、林檎は?」
ジュンが言う。
「どうだった、サツの味は」
ワインを片手に持った林檎が後ろから現れる。
「あっ、味も何も、サツなんか食らってねえよ!」
ジュンが言う。
ヤスは相変わらず無表情で、料理を食べたそうにじっと見つめている。
「ヤス、お前は今日も良く活躍してたよ、たんとお食べ」
林檎がヤスの頭を撫でる。
ヤスは嬉しそうに頷き、お皿と箸を手に取る。
その場面をジュンが横目でチラッと見て、視線を目の前に戻す。
「よし、総長、一丁お願いします!」
「おーし、今日もおつかれい!乾杯!」
『乾杯!』
みんな好きに飲み、食べ、お腹いっぱいになりぐうたらし始めていた。
「林檎がまだ高校生の時、俺が”品川組”にヤられそうなとこに出てきてな、
そこら辺に落ちてた銃を手にとって、品川の奴を撃ったんだよ。」
酔った総長が満足気に話す。
”おめーらそんな卑怯なマネしてんじゃねえよ!”
そう叫ぶ当時の林檎が総長の頭に思い浮かぶ。
その時総長は、品川組に徳永を人質にされ、自分を代わりに殺せと申し出ていたのだ。
それを茂みから聞いていた林檎は、いても経っても居られず、
2mほど先に銃があるのを見つけ、出てきたのだ。
「ありゃ高校生のタマじゃねぇよ。
いつもいつも、自分を組に入れろってうるさかったからな。
あの後、入れてやることにしたんだ。」
それを聞いた徳永がすぐに口を開く。
「俺はずっと反対してたんだけどな。女は入れらんねぇってな」
「ふふ、すぐに間違いだったって気づいただろ?」
林檎が口を挟む。
「いーや、俺は今でも反対だね」
「なんでさ」
「女は守りたくなっちまう」
「・・・それは有難いこっちゃ」
林檎が少し恥ずかしそうに苦笑いし、部屋を出て行く。
「まあな。でも林檎にも覚悟ってもんがあるんだ。
あいつは生半可な気持ちで言ってたわけじゃないとずっと思ってたよ。
学生生活が終わるまでとりあえず待ったが、俺が命を救われちゃったんじゃあ入れてやるしかねえなあ!ははは!」
総長が高笑いする。
徳永は何も言わずタバコに火をつける。
「俺は林檎を入れてくれて感謝してるよ、じゃなきゃあんなべっぴんさんと出会えなかったしな!」
ジュンがそう言い、林檎の後を追いかけ部屋を出る。
「・・・総長、いいんですか?」
徳永が聞く。
「よかねえけどな。俺は林檎に託す。
あいつの判断は何時でも正しいんだ」
「林檎のこと買いかぶりすぎですよ。あいつだってただの女だし、しかも若い。その辺の若い女は大体イカれてますよ」
「おい」
総長がいきなり真剣な表情になる。
徳永は思わず唾をゴクリと飲み込む。
「・・・いつ俺があいつはマトモだって言った!?
あいつは俺が今まで出会った女の中で一番イカれてるぜ!!はははは!!!」
「・・・ほんとにその顔怖いんですからやめてください・・・」
徳永が冷や汗を拭く。
「林檎!」
林檎の後を追ったジュンが林檎に叫ぶ。
林檎は部屋を出てコートを身にまとい、外に出てしまったのだ。
そんな林檎は振り向きもせず颯爽と早歩きをしている。
ジュンは小走りをし始め、やっと林檎に追いつき、腕を掴む。
「おい、おい、どこ行くんだよ。」
林檎は足を止める。
「そちらこそ」
「俺は林檎と話したくて、来たんだよ。追いかけたんだ。」
「お前は簡単に外に出たら危険だよ。」
飛鳥組の幹部は全員外に顔が売れている。
確かに、外に出るといつ暗殺されるか分からない身だ。
「おいおい、お前が一番あぶねぇんだよ。林檎。」
中でも林檎は総長の娘として有名だ。
女性だがそのズバ抜けた強さでも名が知れている。
「私はいいんだよ。いつ殺されたって構わない。それが運命だ。
いつも今日を必死で生きてるんだよ」
「・・・俺はお前のその強さに惚れたんだよ。外見や振る舞いだけでなく、内側からも溢れ出るその強さにな。」
ジュンが林檎の両肩を自分に向けながら、真剣な眼差しで問いかける。
「・・・なんか最近、嫌な予感がするんだ。」
林檎が小さく呟く。
「え?最近、なんだって?」
「…今日くらいならお前と遊んでやってもいいよ」
林檎が不敵に笑い、ジュンの手を振りほどいて歩き始める。
「え!?まじで!?」
林檎はいつも素っ気ないので、予想外の言葉にジュンは驚きを見せる。
「ほら、お前は無駄なおしゃべりが好きだからね。今日だけ付き合ってやろう」
2人は笑いながら、とても楽しそうに人気のない夜道を歩き始める。
林檎は興味もないのにクラブにジュンを連れて行き、
思いのままに踊り始める。
ジュンは慣れたようにお酒を頼み、林檎に運ぶ。
2人はいつもの真剣な表情と違い、にこやかに笑い合っている。
お酒が入り、少し林檎も高揚してきたようだ。
「私はね、左手で銃を握る時があるんだよ」
「左手?利き手じゃない方で?」
「そう。」
「なんで?」
ジュンが推理もしようとせず真っ直ぐとこちらを見るのを見て、林檎は言う。
「…その時が来たら分かるさ」
林檎は立ち上がり、クラブの出口へと歩く。
その後をジュンが慌てて追いかける。
「ど、どこ行くんだよ、もう1時だぞ?」
外を出て、林檎は黙って歩いて行く。
急に立ち止まり、建物に入って行く。
林檎が入って行ったのは、いわゆるホテルと言うやつだ。
ジュンは入って行く林檎を見届けながら棒立ちになる。
「ま、まじかよ…」
林檎が入り口で振り向く。
「帰ってもいいよ」
ジュンは目をぱちくりとする。
「か、帰るかよ…!」
そう呟きジュンも急いでホテルに入る。
ー”事”が終わり、2人はベッドに倒れたように横たわっている。
「なあ、林檎…」
「ん」
「俺は、総長になりてぇんだ。」
「ふーん」
「…飛鳥組のな」
少し林檎が歪んだ顔をする。
「それは長い年月になりそうだねえ」
「いや…
すぐ、なりてぇんだ。今、すぐ。
これがどういう意味かは、分かるよな。
・・・一緒にやらねえか?組をよ。ここらにいいとこがあるんだよ。」
今、すぐ。
今すぐ飛鳥組の総長になると言うことは、
ジュンより上の幹部を全員組から降ろさなければジュンが総長になることはできない。
それか、全員殺すと言う術もある。
林檎は、後者をやるつもりだと察した。
口を開こうとしてジュンを見ると、ジュンは既に寝てしまっていた。
複雑な気持ちのまま、林檎も目を閉じた。
朝、林檎が一番に目覚めた。
昨夜、ジュンが言っていたことを思い出す。
あれはきっと総長や徳永を暗殺すると言う予告だろう。
私の事は妻にでもするつもりなのだろうか。
ジュンが私の事を殺すとは到底思えない。
同時に、ジュンに殺されるほど自分はヤワではないと分かっている。
ふつふつと怒りがこみ上げて来た林檎は、自分が昨日着ていたコートから拳銃を取り出す。
そしておもむろに、ぐっすりとベッドで寝ているジュンに向ける。
「…なにアホなこと言ってんだよ」
そう言って数秒何かを考えた後、拳銃を納め、コートを着て出て行く。
「…アホなことかは今にわかるぜ、林檎…」
寝たふりをしていたジュンが、にやつきながら言う。
林檎は組の事務所に帰宅した。
昨日の飲み会の名残は跡形もなく消えていた。
その飲み会を思い出すかのように、飲み会で使った大きいテーブルの横に座る。
「昨日は楽しかったなあ。この世界は笑えることなんて少ないし。
みんなの笑顔を見れたのも久しぶりだ」
林檎は10代の頃から組会に入っている事もあり、
人一倍寂しい心を持っているのだ。
死に何十回、いや何百回直面しているだろうか。
そんな林檎はもう30になる。
「この22年間は誰がなんと言おうと宝だよ…
たとえ血まみれた22年間だとしても、血にまみれてない青い奴らより100倍いい経験を積んだね」
「…そりゃよかったよ」
部屋の陰から人影が現れる。
「!」
「お前にしちゃ珍しい、長い独り言だな」
聞いていたのは総長だった。
「アンタはほんとすごいね。老いぼれてるクセに未だにアンタの気配は感じ取れないよ」
「そうだろうなあ。お前の倍ほど生きてる俺をなめてもらっちゃ困るからな。けけ」
総長の少し変わった笑い方に林檎はふっと笑い、にこやかな笑顔を見せる。
「アンタの人生は全て宝だね。全てが今に繋がっている。素晴らしい人生だよ」
「おう。そしてこれからもな。」
「私はアンタをずっと目指しているよ。無意識に目標にしているよ」
「かかか!今日はやけに素直だな!俺を目標にするだあ?百万年はえーよ!
それにな、無意識にじゃねえだろ。もはや意識的に俺を目標にしてるだろ!はっはっは!」
「馬鹿野郎。それは気づいても口に出すもんじゃねえんだよ。正直者かよ」
林檎が少し笑う。
そしてまた口を開く。
「お前を助けたあの日から、お前の後ろに立っている。
組の足手まといになるまいと必死だけれど。
私の人生はこれでいいんだ。
アンタがどう思ってるか知らないが、私は感謝しているからそれ以上何も思うなよ。」
総長が自分を組に入れたことを後悔しているのでは、と頭によぎった林檎が話す。
「何言ってんだよ。俺はお前が決めたことは反対しねえよ。
だが…組に入ってそれほど良かったと思ってくれているなら、嬉しい限りだ。
死ぬのも運命だからな、逆らえない場合がある。」
”死ぬ”と言うワードを聞いた時、林檎がふと昨夜のジュンを思い出す。
「そうだ総長、聞いて…」
「林檎、お前に一つ言いたいことがあんだよ」
総長が真剣な眼差しを向ける。
「・・・・なんだよ」
「いいか、俺は一度しか言わない。この先何十年生きようとも、この言葉を口にするのは一度限りだ。」
「・・・うん」
「林檎。
お前は俺の宝だ。
長年かけてここまで立派に育ててきた。
本当に立派になったよ。
俺がいなくても今やどいつもお前には勝てない。
だが、かつて俺の上にいた奴らもみんな死んだ。
寿命で死んだ奴なんかいねえ。
全員戦いで死んでるんだ。
果てしなく強かったのに、最後はあっけなかった奴ももちろんいる。
だからな、生きれる長さは己の強さと比例しない。
・・・気をつけてくれよ。この先も。
自分の強さに自惚れるのはいいが、それでボロを出さないことだ。
・・・いいか。よく聞け。」
「な、なんだよ、まだあるのかい。」
「・・・俺より先に死なないでくれ」
林檎は少し目を大きく開く。
総長は少し目が潤んでいるように見える。
林檎は今にも泣きそうになるが、グッとこらえて下向きがちになり言う。
「・・・当たり前だよ、馬鹿野郎。老いぼれより先に死んでどうする。」
そう言って林檎は部屋を出た。
「嫌な予感がするんだよ」
林檎が出て行った後、総長はそう呟き同じく部屋を出た。
林檎は廊下を歩きながら色々なことを考えていた。
総長があんなことを口にするのは本当にこれが最初で最後だろう。
私は絶対に、総長より先には死なない。
だが同時に、ジュンが考えている”計画”を止めなければならない。
少し話を聞いてもらいたく、ヤスの部屋の前に来た。
ノックをして、話しかける。
「ヤス、いるかい?」
返事は来ない。
どうやら留守のようだ。
少しシュンとして自分の部屋に戻り、衣服を持ってシャワー室へ行く。
お風呂からバスローブ姿で出てきて、そのままベッドに着く。
「もっと強くならねば…」
林檎の周りで起きようとしている様々な事件を解決するのは、己の強さだと悟った。
そう言うと壁に突き刺さったダーツを抜き、左手で的に投げる。
そのダーツはBULLに刺さった。




