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9 元王子というだけで、存在が負債物件

「と言うわけで、次に目を開けたときには天使、いや女神のアニタ嬢がいたんだ」


 蕩々と自分の事を語るジャンジャックに、私はドン引きをしながら耳を傾けていた。


 あの日、ウッスウスポーションで体力を回復した彼を、領地内の労働型宿屋に運び込んだのは、ランディオさん。

 もちろん私も一緒に行ったけどね。

 むしろ、私と彼を二人きりで移動するのは危険だ、とランディオさんが付き合ってくれたわけ。ついでに、ジャンジャックの腕をがっちりと掴んで、私に近付かないようにもしてくれた。


 労働型宿屋というのは、通常タイプの宿屋では宿代が払えない、という人が宿泊する施設で、我が領独自のものだ。実は私が考案した。

 宿というよりも、住み込み型の就労センター&職業訓練所とでも言うべきか。

 狭い部屋に二段ベッドを二つ、つまり四人が寝泊まりする。ドミトリーみたいなものね。

 そこで寝泊まりをしながら、昼間はその宿で指定された仕事をして、手に職をつけるというもの。寝泊まり分以上の労働ができたら、もちろん宿側が手数料を取った後に、賃金は払って貰える。


 中間マージンの金額については、領の方でしっかりと監視をしているのも、ポイントだ。

 派遣会社の中間マージンについては、前世で嫌というほど見てきたからね。弊社に来てくれていた派遣さんの、実際のお給料聞いたときに愕然としたもん。

 まぁもちろん、正社員として雇用したときには会社側が保険を払うなどもあるから、一概には言えないけど――いや、それにしても高すぎだろう。


 おっと。


 そんなわけで、路銀を全て奪われたジャンジャックだったので、とりあえずその宿に放り込んだのだ。

 ウッスウスポーションだって無料ではない。金を返せとは言わないけれど、その分きちんとこの領のために、働いていただきたいのよね。


「いや、それでどうして私が女神に見えたわけ」

「俺の話、聞いてた?!」

「まぁ半分くらい、聞き流してましたけど」

「嘘だろ?! 俺、あんなに語ったのに」

「興味ない人間の過去の話、真剣に聞くと思います? しかもあなた、お客さんじゃないし」


 そう。

 今ジャンジャックは、我が城である、小料理屋アニタに押しかけてきているのだ。

 店はまだ開店前。仕込みで忙しいっていうのに!


「それは……すまん。俺、まだ外食できるほどの金がなくて」

「まぁ、あの宿なら、最低限の食事はでるからね。まずはお金を貯めてくださいな」

「ああ! 金が貯まったらアニタ嬢に会いに、この店に来る」


 なんだこの、ホステスやキャバ嬢に入れあげる男みたいなアレ。


「いえその。それよりも、しっかり貯めてきちんと独り立ちしてくださいよ。ジャンジャックさんは今、何も頼れるものがないんだから」

「俺の事をそんなに心配してくれるなんて――アニタ嬢の気持ちはわかった」

「わかっていただけて嬉しいです」


 思わず棒読みになるのも、許されたい。

 このテンション苦手だわ~。


「あなたがそう言ってくれるなら、貯金ができたらすぐに結婚しよう!」

「……は?」


 思わず、真顔になる。

 この人、学園の頃に遠目で観察していたときにも思ったけど、思い込みが激しい。

 それは語っている過去話でも思ったけど、まさか。

 まさか!

 まーさーかー!


 どうしてこの流れで、結婚しようになるの?!


「す、すまない。ちょっと性急すぎたかな。婚約、そう、婚約からだよな?」

「そうじゃないです」

「婚約も早い? ではお付き合いからか!」

「それでもない! とりあえず、落ち着いてください」

「俺はいつでも、落ち着いてる!」

「嘘おっしゃい!」


 はっ、妹たちを叱るときみたいに、つい大声になってしまった。

 私の大声に、めったにそんな声を出されたことのないジャンジャックは、固まってしまった。


「ジャンジャックさん。先ほどのお話を聞いていても、あなたは少々――いえかなり、思い込みがはげしいみたいね。私が言いたかったのは、あなた自身の独立が第一だということ。正直元王子というだけで、貴族社会には戻れないでしょうし、大きな商家、特に貴族相手に商いをしている家とも、縁を結ぶことはできない」

「あ! それなら大丈夫だ! ほらこれを見てくれ」


 何やら、紙を出してきた。


「ひえっ!」


 見れば、そこには国王御璽が押されている。

 一体何が書かれているのかと思えば、「この者を身の内にいれたとしても、咎めることは一切せず、周囲もそのことを不利に扱うべからず」と書かれていた。

 国王の、名前で。


「母上が、父上に依頼して、俺たち全員に一枚ずつ渡してくれたんだ」


 なんという!

 なんという親馬鹿だ。

 私たち王国民が差し出した税金で生きているくせに、なんと甘いのか。

 とはいえ、確かにこんなにも無知で愚かな、ノリと勢いしかない息子――どうせ他の側近たちも似たようなものだろう――を社会に放り出すのは、さすがに心が痛んだのかもしれない。

 実際死にかけたしな、この人。


「よく、襲われたときに奪われなかったわね」

「これは腹に巻いておけと、渡されたときに言われたんだ。その時はよくわからなかったけど、恐ろしいほど良くわかったよ」

「教えてくださった方に、感謝しておくべきね」

「ああ。俺をずっと育ててくれた、乳母だった」

「――そう」

「だからさ!」


 その紙をきれいに畳み、カウンターに身を乗り出す。

 おいやめろ。このあとそこに、料理を並べるんだ。


「アニタ嬢と、結婚だってできる」

「だから、どうしてそうなるの?」

「だって俺と結婚したら、街の皆に白い目で見られると心配してるんだろ? 俺は別に、わざわざ王子だったって言うつもりはないけど、まぁこの気品溢れる姿で」

「どっちにしろ、私はあなたと結婚するつもりはないわよ」

「今の流れは、完全に頷くところだっただろう?」

「一体どこが? それより、準備の邪魔よ。そろそろあなたも、仕事に戻るべきね」


 仕事、の言葉に、さすがにジャンジャックもマズいと気付いたのか、扉に向かう。


「また来るから。うん、って言ってくれるまで、口説き続けるよ」


 やめてくれ。

 げんなりしてしまう。


「……ジャンジャックさん。考えるべきは、私への口説き文句ではなく、私たち国民の税金を、あなたがどう使ってしまったかよ」


 私の言葉に彼は少しだけ、ほんの少しだけはっとした顔をして、すぐにへらりと笑い出ていった。


「はぁ。せっかく口説いてくれる男性が出てきたと思ったのに、元王子か。思い込みの激しい元王子だなんて、負債物件でしかないわぁ」


 思わず椅子に座り、天を仰いでしまった。

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