8 例の王子と聖女と公爵令嬢
「えっ、人が? それは大変!」
「そうでしょ! あんた、冒険者だろ? ちょっとその腕力を貸しておくれ」
「もちろん」
あぁ、お客さんなのにスミマセンね。でも確かに倒れている人間を運ぶことになったら、私の力じゃ無理。
ディアスも黙って動き出した。
セレクおばさんはディアスに気付いていなかったみたいで、突然現れたもう一人の男に驚いている。
びっくりさせてごめんなさい。
とりあえず店の前に出てみると、確かに人がいる。
それも男性だ。
「ずいぶんとボロボロの姿だなぁ」
「本当ですね。お顔も、殴られたのか、腫れ上がって酷い状態」
「どうしますか、お嬢。このまま店の前に放置するのは良くないですし、どこかに放置してきましょうか」
「ちょっと! さすがにそれは人として……」
「お嬢、まさか中に入れるつもりですか」
「うーん」
私の立場上、領地内で倒れている人間を見て、何もしないわけにはいかない。
「ディアスとランディオさんで、この人を小上がりに連れて行ってもらえるでしょうか」
「そりゃ構わないけど……いいのか?」
ランディオさんも心配そうに私の顔を見る。
「こういうときに助けようとするのが、お嬢のいいところだからなぁ」
「お前さんはどういう立場なんだ」
「お嬢、せめて布を小上がりに敷いてください。あとの掃除が楽だ」
「確かに!」
この店を作ったときに、畳はないものの、小上がり席は作っておいた。
私が疲れたときに、ちょっと横になれたらいいな、なんて気持ちと「小料理屋と言えば小上がりでしょ」という思い込みからなんだけどね。
それが役に立つときが来たわけだ!
大きめの布を、何枚か並べる。そこに、行き倒れていた人を寝かせてもらった。
「特に武器とかは持っていなさそうだな。──金も」
ディアスが身体確認をする。
「追い剥ぎにでも遭ったのかしら」
着ている服は薄物一枚だけど、これは多分下着よねぇ。
こんな服で出歩く人はいない。
とりあえず武器を持っていないのであれば、この行き倒れの人に、襲われることもないだろう。
小さな布に水を含ませ、唇に運ぶ。カサカサに乾燥した唇がうっすらと濡れて、口の中に流れていった。
「水を飲んでくれたから、ひとまずは安心ね」
「そうだな。しばらく様子を見ておけば良いだろう。念のため、今日は俺も、長居させてもらうとするよ」
「いや、俺がいるから大丈夫だ」
ディアスがじろりとランディオさんを睨む。ちょっと……せっかくの親切を無下にするのはどうかと思うわよ。
「いえ、ほらせっかくですし……。サービスもしますので、ランディオさんも」
ランディオさんに、揚げたてコロッケ二枚をお出しした。
「おっ、これ本当にうまいんだよなぁ。何の肉だかわからないけど、めちゃくちゃジューシーで、しかもちょっとだけ噛み応えがあるのがいい。ポテトとの相性も最高だ」
ヒョーク魔獣のあばら骨近くのお肉です。
ちなみにヒョーク魔獣とは、豹みたいな見た目の魔獣。わかりやすい名前かよ……。
「ほら、ディアスも良かったら食べて」
少しだけ不満そうな顔を浮かべているディアスにも声をかければ、すぐに私の隣にやってきた。
「ランディオさんは、うちの領地に来る前はどこにいたんですか?」
「俺はカールレイ公爵領にいたんだ」
「へぇ! 公爵領だったら、さぞや栄えていたでしょう」
「ああ、王都よりもヘタしたら栄えてるんじゃないかな。なんでも公爵家のお嬢さまのご婚約が、第三王子側の勝手で破棄されたらしく」
カールレイ公爵令嬢とは、我が国の第三王子の元婚約者ルルレリア様のことだろう。
まさか婚約がなくなる瞬間の現場にいました、とは言えない。
「ご令嬢はその後、新しいご婚約を?」
「ザルツファイア大公様のご子息とご縁があったとか。俺がいたときには、それで領をあげての祭をしてたんだ」
ザルツファイア大公閣下と言えば、先の国王陛下の十歳年下の弟君だ。閣下のお子様は四人いて一番上はもう三十だけど、一番下が確か十六歳。きっとその方とのご婚約だろう。
「あれ、でも良くそのご子息に、婚約者がいませんでしたね」
「なんでも、ずっとカールレイ公爵令嬢のことを、好いていたらしい」
「えっ! なんて素敵なの!」
つまり、ルルレリア様は第三王子の婚約者だから、成就することのない恋だとわかっていたのに、忘れられなかった、ということよね。
ピュアッピュアな素敵な恋!
乙女ゲーム、こっちをメインにしておけよ。あんな尻軽聖女じゃなくてさぁ。
私もそんな風な縁があれば、婚活も楽だっただろうね。
「そういえば、そのご令嬢の元婚約者の方は、どうなったんでしょうね。第三とは言え王子殿下ですし、勝手に婚約破棄なんてしたら」
「俺が領で聞いた限りだと、そのときに寵愛していた女性は教会預かりになり、仕事以外は外出できないようになったらしいよ。その仕事も、常に女性聖職者と一緒だとか。王子と、王子を止められなかった側近たちは、揃って身分剥奪の上、家から出される処分になったらしい」
でしょうねぇ。
だって、あの女──いえ、あの聖女、あっちこっちに粉かけ過ぎてたもの。
きっと調査の結果、王子妃には相応しくないとなったんだろうな。平民だったとしても、清く正しい聖女であれば、貴族のお家に養子として入って嫁ぐことは可能なはず。
さすがに王太子妃には無理だったとしても、第三王子の妃くらいだったらね。
でも、彼女は清く正しい聖女では、なかった。
あ、清く正しい聖女は、そもそも他人の婚約者に手を出したりしないか。
「妥当な結果ね。王命で結ばれた政略結婚の意味もわからないボンクラじゃ、いたところで国のためになるどころか、足を引っ張るだけだもの」
身分を剥奪されたと聞き、もう口に出す言葉に配慮する必要もない。ボンクラと言っても不敬罪にならないのだ。
「まさにその通りだな。俺たちが支払っている税金を、そんなのの生活費に使われたんじゃ、釈然としない」
「完全同意だわ」
税金を納めるのは構わないけど、それは正しく使ってもらえる前提なのよね。
前世でド庶民の私は、散々ニュースで見る情報に、煮え湯を飲まされた気分だった。
だからこそ、今この子爵領で領民からの税金は、できる限り領民のために使うようにしている。もともと、我が子爵家はそういう考えの家系だったんだけどね。
ほんと、悪徳貴族に生まれなくて良かったわ。メンタルやられちゃうわよ。
「う……うぅ」
「あっ、気付いたのかしら」




