7 小料理屋アニタ開店です!
ついに今日、私の店である小料理屋アニタが開店する。
時刻を確認すれば、まもなく夕刻。
初日なので、料理は軌道に乗ったときに出したいと思っている分量の、三分の二くらいを用意してみた。
ドキドキしながら、引き戸の前に立つ。
ちなみに、引き戸にしたのは私のこだわりだ。
小料理屋という響きから、なんとなく引き戸の方がいいかなって、思っただけなんだけどね。
私が子爵令嬢であることは、黙っていることにした。お客である領民たちも、まさか領主の娘がこんなところで働いているだなんて、思いもしないだろうしね。
店の前の様子を確認してきたディアスが、裏口から戻ってくる。
「お嬢、人がたくさん並んでます」
「よし!」
その言葉に力をもらい、ゆっくりと扉を開ける。ガラガラという音が耳に心地良い。
暖簾をかけて──これもこだわりですよ。えぇ、何か文句ありまして? おっと、突然のツンデレ悪役令嬢ムーブを出してしまった。
「こんにちは、ようこそ。小料理屋アニタの開店です」
店の前で待っていてくれた、お客様方を招き入れる。
「へぇ。どんな感じかと思ったけど、きれいな店内ねぇ」
「好きな席に座って良いのかい?」
「良い匂いがする。お腹空いた!」
口々に言いながら、テーブルに座っていく。席に置いてあるメニューを確認して、選んで欲しいと伝えると、皆驚いた顔をした。
「絵がついているのは、わかりやすくていいねぇ」
「追加料金で量が増やせるとは、気が利いてる」
この世界では大盛という概念がなかったらしく、足りないなら他のものを頼めという店がほとんどだった。なので、日本らしく大盛を用意したり、メニューに絵を入れて、わかりやすくしたりしてみた。
特にうちの店で出すものは、元ネタが前世の料理だからね。もちろん乙女ゲームの世界だからか、被っているものもあるけれど、そうじゃないものもたくさんあるのだ。
字面だけじゃわからないだろうから、イラストをいれておいた。写真がないって、こういうときに不便だわ。
「んじゃ、俺はこのメンチカツとかいうのと、ヤンチャリ酒」
「私はこの、トンカツとモーリー酒。あ、あとポテトサラダってのも」
そのあとも続々と、オーダーが入る。
正確に言うと、牛でも豚でも鶏でもない魔獣肉を使っているので、商品の名称は変わるはずだけど、マジュウカツってちょっとゴロ悪いじゃない? それに、魔獣肉の普段食べない部位だってわかると、食べるときのハードルが上がると思ったの。
なので、まずは食べてもらうことを優先した。
成形まで用意してあった、メンチカツやトンカツを揚げる。
じゅわ~っと良い音と油の匂いが店内に広がると、待っている人の表情が明るくなった。
うんうん。食は世界を平和にするよねぇ。
揚がったものをお皿に載せる。他にも、オーダーの入った惣菜やお酒を運んでいっては、席で他愛のない会話を二、三言交わす。
それを何度も繰り返していく。
ディアスはお皿を洗ってくれたのは、めちゃくちゃ助かった。彼に声をかける女性客がいたのが、ちょっと気になったけど。
お客さんも、数度入れ替わり……。
「お、終った!」
今日用意しておいた料理が、売り切れ。
お店の外に出て。『本日終了』の掛け札をかける。
このタイミングでやってきた人には謝り、明日来て欲しい旨を伝えれば、笑顔で頷いてくれた。
「疲れた……」
久しぶりの労働だ。しかも、ずっと立ちっぱなし。これは慣れるしかないんだけどね。
でも、何度も何度も聞こえてきた「美味しい!」「また来るね」「もっと食べたい」という言葉に、めちゃくちゃ救われた。疲れなんて、吹っ飛んでしまう。
最後のお客さんを見送り、とりあえず無事に初日を終えたことに安堵する。
「とりあえず、初日終了! お疲れ様、私──でもさ」
これ早く慣れないと、忙しすぎて、婚活どころじゃなくない?
***
「お嬢、無事に初日終了、おめでとうございます」
「ありがと。なんかディアス、女性客にやたら声かけられてたけど……」
「そうですか? いつもとあんまり変わらないと思うけど」
え、つまりディアスって、私が思ってるよりもモテてるってこと?
子爵家への帰り道。
彼の横顔を盗み見る。
鼻はスッと通っているし、目は細くてきりっとしてる。
唇は薄くて、体はガッシリしてて……。
「確かにディアスって、モテてもおかしくないか」
「は? 突然なんですか」
「そういえばディアスって、恋人いるの?」
これだけモテ要素があるのだ。
彼は私より四つ年上だから、今は二十二歳。この世界なら、結婚していてもおかしくない年齢。
「いないですよ、そんなもん」
つっけんどんに返されてしまう。
ということは、もしやこの件は、何か触れてはいけない事情があるのかもしれない。
雇用主としてうっかり踏み込んではいけない案件の一つ。
それがイロコイ問題だわ。
よく考えれば、私が下手に口を出したら、それこそセクハラになりかねないじゃない。
「危ない」
「何が危ないんですか」
「あれ、私口にだしてた?」
「はい。クハラ? とかになりかねないとか」
「あ……き、気にしないで! ちょっと色々考えちゃってね」
セは聞き取れていなかったみたいね。セーフ。
――何がセーフかはわからないけど。
「明日からも、きっとたくさんお客さん来ますよ。俺も頑張るんで、繁盛させましょう」
「ええ! これでお金が入ってきたら、家も楽になるかもしれないわ」
「そうですよ、お嬢。俺がしっかり手伝いますから」
ディアスが妙にやる気を出しているわね。
めちゃくちゃアピールされてしまったけど……もしかして。
「ねぇディアス。あなたもしかして、恋を発展させようとか思ってない?」
私の言葉に、ディアスが立ち止まる。
そうして、私をまじまじと見つめたあとに、大きな溜め息を吐いた。
「一瞬気付いたのかと思ったけど、違いますよね」
「え、何を気付くの?」
「いや。お嬢、その恋って俺が誰かとってことを指してます?」
「そうだけど……」
そう返せば、ディアスはもう一度深々と息を吐き出す。
「ちょっと! なんでそんなに溜め息を吐くのよ!」
「だって――お嬢、本来の目的は違うでしょ」
本来の目的――そうだった!
「そうよ! 私の婚活!」
思わず叫んでしまうと、ディアスは笑い出した。
「いいんですよ、お嬢。焦らず、ゆっくりと、お嬢のペースで。そうしたら気付くこともあると思いますって」
「確かに。急いだって碌なことにはならないものね」
私は学園ですっかりダメンズキラーのような状態だったもの。
「俺がちゃんと、見ててあげますから」
にやりと笑いながらそう言うディアスに手を取られ、私は子爵家の門をくぐっていった。
***
「こんばんは! 今日も来ちゃったよ」
「あら、ランディオさんいらっしゃい。今日は何にする?」
「ゴルゴ酒と、今日のおすすめ盛り合わせで」
「はいはーい」
あれから三ヶ月。小料理屋アニタは、ほどよい混み具合で営業を続けている。
「はい、ゴルゴ酒。今日のおすすめはチッキンチッキンのポテトサラダと、バイバイキノコのマリネ、シロアカ魚のヨーググルト漬けよ」
名前は違っても、割と日本と似たような食材が多いので、過去の自分が作っていたものをベースにアレンジして、メニューも増やせたの。
最初のうちはいっぱいメニュー用意していた。でも、手間を考えて、おすすめの盛り合わせをメインにするようにしてみたら、これが大ヒット!
選択するのは面倒っていう人、思ったより多いのねぇ。
ちなみにシロアカ魚はサーモンのこと。白身魚なのに赤く見えるというわかりやすい理由らしい。確かに、私も子どもの頃は、鮭を赤魚だと思ってたもんねぇ。
それにしても、食材のネーミングが安易すぎるわ、乙女ゲームスタッフ……。
今日はまだランディオさんしか来ていないので、カウンターに座る彼と、のんびりと会話を楽しむ。
「相変わらず、後ろの兄ちゃんは黙ってんだな」
「俺のことは気にしないでくれ」
お客さんがたくさんいるときは、配膳の手伝いもしてくれるディアスだけど、人がいないときにはじっと壁際に立って、存在感を消している。この店を護衛対象として、見守っててくれているんだと思う。
「気になるけど……ま、いっか。アニタちゃん、実は昨日さぁ」
ランディオさんは、最近この領地に来てくれた冒険者だ。
魔獣が出たら狩りに行ってくれる、心強い人。そんな職業柄、がっちりとした筋肉に、大きな体が安心感があっていい! しかも独身だという。
まだこの店に通い始めてくれて一週間だけど、気さくに話しもしてくれる。
あぁ、ちゃんと会話が成立する独身男性って最高!
ランディオさんのことをもう少し知ることができたら、お婿さんに来てくれないかなぁ。
……なんて思っていると。
「アニタちゃん! 大変」
大きな音を立てて扉が開いたと思えば、近所に住むセレクおばさんが駆け込んできた。
「セレクさん、どうしたの? 何が大変なの? とりあえずお水飲む?」
「あぁ、ありがとう。ちょっと水をもらって……って、そうじゃない」
「そうじゃないのかー」
ノリツッコミができるなんて、セレクおばさんやるな。
ふむ、と頷いていると、セレクおばさんが私の手を引いた。
「この店の目の前に、人が倒れてるんだよ」




