10 俺はジャンジャック、元王子01(ジャンジャックside)
俺の名前はジャンジャック。
家名をもたない、ただの平民だ。
だが、元はこのオルレオ王国の、第三王子だった。
そのときの名前は、ジャンジャック・フィオ・オルレオ。
何不自由なく暮らし、将来は婚約者だったルルレリア・リオ・カールレイ公爵令嬢とともに、新しく伯爵家を興すはずだった。
公爵家ではなく伯爵家だというのには不満があったが、気楽に暮らすにはちょうど良いのかもしれないと、思っていた。
それが、何故今平民になっているかって?
正直、俺にもよくわかっていない。
ルルレリアとは、幼い頃から婚約をしていた。
彼女はとても美しく、そして優秀で、俺と二人でいると一枚の絵のようだと称えられたものだ。ただ、彼女は優秀なだけに冷たく、俺にも指摘ばかりしてきた。
こちらは王家の人間だというのに、随分と失礼なものだ。
俺たちが十六歳になったとき、王国立魔法学園に入学した。その入学式で出会った、可憐な少女。それこそが、聖女マーシュ。
彼女の清楚で可憐なさまは、まさに守らなければならないと思わせてくれた。
そう。一人でも立っていられるルルレリアよりも、私が守るべきはマーシュなのだと、直感したのだ。
彼女の可憐さは、多くの男子生徒を惑わせてしまう。だから俺は、彼女と夜会で話した男子生徒には、すぐさま婚約者を用意した。
マーシュはいずれ、俺の婚約者となるのだ。そう、ルルレリアに代わり。だから男どもが、いらぬ期待を持ってしまうと、彼らが哀れだ。どうせ平民となるような次男三男坊どもだ。彼らの領地での婚約を、こちらで取り持ってやったのだ。
婚約者がいる男子生徒は、その婚約者と結婚するしかないだろう。だから見逃してやった。俺の側近たちも、やがては婚約者とともに、我が王家を盛り立てる必要があるのだ。
そうして迎えた卒業式。
俺はルルレリアが、嫉妬からマーシュにしたと言う罪を元に、卒業式のあとのパーティで婚約を破棄し、断罪までする予定だった。
――断罪はできなかったが、婚約は破棄できたので良しとしよう。
これで、俺とマーシュは幸せになれる。
俺が賜る予定の伯爵家で、二人で愛の巣を築こうではないか!
そう思っていた。
なのに、どうして。
卒業パーティの途中で、近衛騎士団に連れられ、父上、つまり国王陛下の御前に出させられる。
国王の前ということもあり、先頭に俺、そしてその少し後ろに側近たち、一番後ろにマーシュという並びとなる。彼女は不安そうだったが、こればかりは仕方がない。
本当は、手を繋いでいてあげたいのに。
「ジャンジャック。随分と派手にやらかしたようだな」
「父上、すでにお聞き及びですか! はい。俺はルルレリアではなく、ここにいる聖女マーシュとともに、伯爵領を盛り上げて」
「どこのだ」
「……え?」
「その伯爵領とやらは、どこの伯爵領だと聞いている」
「それは……俺が興す予定の」
父上の目が、細くなった。
「お前がルルレリア嬢とともに臣下に下る先は、彼女の実家。つまりカールレイ公爵家が持つ、伯爵領だったのだが。はて、彼女と別れたあと、どうするつもりか」
「え? は? いやそんな! カールレイ公爵家の? そんな」
「何度も説明したはずだぞ。そして、彼女を大切にしろ、とも」
確かに父上には何度も、ルルレリアを大切にしろと言われた。だが、そんなの婚約者だからっていう意味だと思うじゃないか。
つまり、婚約者じゃなくなるなら、大切にしなくても良いと思ったんだ。
「聖女マーシュ」
「は、はい!」
マーシュの声が後ろから聞こえる。少しだけ震える声が、愛おしい。守ってあげないと。
聖女といえど平民のため、父上からではなく、父上の側近ダウグス・チョールエからの声かけになった。
「先ほどそなたの持ち物を検めたところ、所持していた食べ物から、ココラシオが検出された。どういうことかな?」
「ココラシオ……?」
「ジャンジャック殿下。王子教育で、ココラシオはやったはずですが?」
やばい。
全然覚えていない。
「あ、あぁ。俺は覚えている。もちろんだ。だが、俺の後ろにいてくれている彼らには、わからないかもしれない。ダウグス殿から、教えてやってくれないか」
ダウグスが頷く。
よし! うまくごまかせたぞ!
「そういうことにしておきましょう。さて、殿下の後ろにいる、役立たずの側近たちよ。ココラシオとは何かを、教えてあげましょう」
「おい、役立たずとはなんだ!」
「お前は、宰相の四番目の息子ですね。殿下を諫めるどころか、一緒になって女に狂うとは。そんな側近、役立たずでしかないでしょう。他の者も同様だ」
俺が悪いことをしたみたいに言うが、あいつらがマーシュに夢中になっていたことに関しては、確かに役立たずだな。俺とマーシュを守るのが、側近の仕事だ。
「ココラシオとは、魅了薬の一種です。もちろん万能ではありませんし、食べ物にいれる程度では、心酔などできません。節度のある心を、相手に持っていれば」
そう言うと、ダウグスが何かを合図する。途端、端に控えていた騎士が近付き、俺たちに何かを無理矢理飲ませてきた。
「毒ではないので、安心して飲みなさい。これは陛下からのご命令です」
王命だと言われれば、素直に飲むしかない。味はとくにしないが、少しだけどろりと粘度があった。
そこから数分。
部屋には、沈黙が流れる。
「はい、そろそろ良いでしょうか。さて殿下。聖女マーシュを、どう思いますか?」
「え? 可愛いなと思う。あの可憐さは見ていて、手を差し出したくなるな」
「ご結婚なさりたいのですよね」
「結婚できるならしたい! でも、どうしてもか、って言われると……あれ?」
「そういうことです」
ダウグスの言うことが、わからない。
「飲んでいただいたのは、ココラシオの解毒薬です。ココラシオ自体、完全なる魅了薬ではないので、好意があれば、それを増幅させる。最初からきちんと線引きをしていれば、ココラシオを摂取しても、問題はなかったのです」
俺のあの感情は、魅了薬のせいだというのか!
「だとしたら、俺たちは無罪放免ではないのか?!」
「線引きをしていれば、と言っただろう、馬鹿者が」
それまで黙っていた父上が、口を開く。
その低い声に、怒っているのがわかる。
父上、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。
「第一、殿下は外でもらった食べ物を食べてはならないと、教育されませんでしたか。そして、側近たちは誰からもらったかをわかるようにして、それらを王城に提出するよう、指示されていませんでしたか。少なくとも、私が陛下とともに学園に在ったときには、そうしておりましたが?」
そう言えば、そんなことを言われていたな、なんて思い出す。
「でも、同じ学園に学ぶ生徒じゃないか。学園では、身分差もなく平等なんだろ?」
「……誰がそんなことを言いましたか?」




