11 俺はジャンジャック、元王子02(ジャンジャックside)
「え?」
「あの学園の中でも、身分の差はあります。無論、能力のある者であれば、たとえ身分が低くともチャンスは与えますよ。しかし、学園は王国の縮図。身分制度は、歴として存在しています」
そう言われれば、そんなこともルルレリアに言われた気がする。あのときは、マーシュのことが気に入らないのかと思っていたが。
あれ?
「あぁ、話の途中でしたね。聖女マーシュ。ココラシオは禁忌の薬草です。どうしてそれを、そなたが持っているのですか」
「え……いえその……。森で素敵なハーブを見つけたから、クッキーにいれただけで」
「へぇ。どんな効能があるのかわからず、毒かもしれないものを、わざわざ殿下に差し上げるクッキーに?」
「ひど……酷いわっ! 私を疑うんですか?」
「疑う? とんでもない。確認ですよ。疑いなんて甘いものではありません」
確かに、毒かどうかわからないものを、俺に食べさせていたと聞くと、良い気分ではないな。
ん? しかし。
「なぁダウグス殿。俺たちが魅了薬にやられてると、疑ったりしなかったのか?」
「そもそも、勝手に外で食べ物を食べているとは思いませんし、事前にカールレイ公爵令嬢から、殿下方の不貞は報告を受けておりましたが、魅了魔法の気配は感じませんでした。そして、魅了魔法以外の魅了薬には、強制力はないのですよ。わかりますか? つまり、殿下方は皆さん、ご自身の意志で、彼女を侍らせていたのです」
俺も側近たちも、何も言うことができなかった。
いや、本当は不貞じゃないと言いたかったが、反論できる状況でもなかったのだ。
ダウグスの目が、怖すぎて……。
「ジャンジャックは、身分剥奪の上、王城からの放逐。それとそなたらの息子は──あぁ同じで良いか。では側近の者も、身分剥奪と家門からの放逐で。領地で匿うことも、まかりならぬ。情けとして多少の路銀と、剣一振りは持たせてやろう。聖女マーシュは、王国教会にて奉仕だ。魔獣退治などで癒やし魔法が必要な場合は、女騎士と修道女とともに、移動するように。教会内部でも、外でも男性との接触は一切禁じる。親兄弟であってもだ」
側近たちの父親も同じ部屋にいたが、父上の目線にすぐに同意したらしい。
めでたくも何もないが、俺と同じ処分となった。
その場にいた俺たちは、全員別々の部屋に連れられた。そして、そのまま再び会うこともなく、別々に城から出されてしまった。
――僅かな路銀と、身を守る剣一つで。
それから俺は、考えることをやめた。
どうせ質問しても、教えてもらえないんだ。
だったら答えなんて気にせずに、とにかくその日過ごせる場所を見つけるべきだろう。そして、これからどうするかは、そのときに決めよう。
どうしてこうなったのかはわからないけど、国王が決めたことだ。城から出されてしまった以上、もうどうにもならない。
そう思って街を歩く。
だが、どの宿屋もとても高く、手持ちの金だけでは、何日も泊まることはできない。しばらく歩いて行くと、街外れに小さな宿屋があった。
そこはそれまでの宿と比べても格段に安かったので、とりあえず、その日の夜の露をしのいだ。
「もしかしたら、地方に行けば宿はもっと安くなるのでは」
それを思いついた俺は、天才だと思う。
翌朝、宿のサービスだと言う食事を食べ、外へ出た。朝食は貧相なものだったが、食べられないよりはいい。
とりあえず地方に行くか、と馬車乗り場に向かう。
その馬車乗り場で一番遠い領地が、モルニカ子爵領だった。
「乗合荷馬車なんて、初めて乗るな」
乗合荷馬車は、荷馬車と、人が乗る馬車をあわせたものらしい。
人が乗る荷馬車の大きなものに、遠方へ送る荷物を同乗させて、人も荷物も安く運ぶというシステムだそうだ。
ランクによりいくつか種類があるらしい。その中でも、一番安いものを選ぶ。
初めて乗る乗合馬車にワクワクしていたが──なんだこれは。
ガタガタと大きく揺れるし、尻は痛くなる。しかも、モルニカ子爵領までは、四時間もかかるというではないか。
どうしてそんな場所に、行こうとしたんだろう。
だが、先に馬車の代金を払ってしまったのだ。モルニカ子爵領に行くしかないだろう。
同じ馬車に乗っているのは、老婆と小さな子連れの母親、それに目つきの悪い大柄の男だった。
子連れの母親は三十分もすると、降りていく。
残ったのは、俺と老婆と大柄の男。
最初の頃は外が面白いと見ていたが、それもすぐに飽きた。だいたい同じ景色だからな。
だが、突然馬車が止まる。
「えっ。おい、どうした?」
「お客さん方! 馬車狩りです! すぐに逃げて」
御者が慌てて、中に声をかける。
馬車狩り?! どういうことだ。
「おお、ようやくか。なかなか来ねぇから、待ちくたびれたぜ」
「へっ?! お、おっさん何を」
「おっと。動くんじゃないよ、坊や」
「お婆さん?!」
目つきの悪い男が立ち上がり、御者を捕まえる。
俺はすぐ横に座っていた老婆に、短剣を突きつけられていた。
「ハ。婆だと思って、舐めないほうが良いよ。アタシャ短剣の使い方は、うまいんだ」
隙のない動きに、その言葉が本当だと悟る。
御者は、積んでいる荷物の暗証鍵を開けさせられたあと、その場で切り捨てられた。
人が倒れる音が、あんなにも大きいだなんて、初めて知った。
「アンタ、金持ってるだろう? その服は随分ときれいなもんだ。あぁ、あんたもきれいだねぇ。高く売れるんじゃないか」
その言葉にぞっとする。
だが、今はどうにもならない。隙をついて逃げられるときを、探すんだ。
俺は剣と金、そして着ていた上着までをも脱がされて、別の馬車に移動させられる。
移動するために、馬車を降りる瞬間。
ほんの僅かな隙をついて、必死でそこから逃げた。
けれどすぐに捕まり、でかい男に殴られる。何度も何度も顔も体も殴られ、体からだんだんと力が抜けていった。
男はそれで満足したのか、手を緩める。その緩めた手から体を捻らせ、相手の急所を蹴り上げた。
反応なんて見ずに、すぐに近くの森に逃げ込む。
必死で走っていると、やがて後ろから追いかけてくる声も音も、聞こえなくなった。
おそらく諦めたのだろう。
森の中をとにかく前に進み、流れる沢の水を飲み、食べられるのかわからない草や木の実を食べた。
そうして何日も歩いているうちに、人の声が聞こえてきたんだ。
明るい光。
森を抜け、どこかの領地に辿り着いたのだと、わかった。
俺の意識は、そこで途切れた。




