表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/43

8 俺はジャンジャック 元王子

 俺の名前はジャンジャック。

 家名をもたない、ただの平民だ。

 だが、元はこのオルレオ王国の、第三王子だった。

 その時の名前は、ジャンジャック・フィオ・オルレオ。


 何不自由なく暮らし、将来は婚約者だったルルレリア・リオ・カールレイ公爵令嬢と共に、新しく伯爵家を興す筈だった。

 公爵家ではなく伯爵家というのは不満があったが、気楽に暮らすにはちょうど良いのかもしれないと、思っていた。


 それが、何故今平民になっているかって?

 正直、俺にも良くわかっていない。


 ルルレリアとは、幼い頃から婚約をしていた。

 彼女はとても美しく、そして優秀で、俺と二人でいると一枚の絵の様だと称えられたものだ。ただ、彼女は優秀なだけに冷たく、俺にも指摘ばかりしてきた。

 こちらは王家の人間だというのに、随分と失礼なものだ。


 俺たちが十六歳になった時、王国立魔法学園に入学した。その入学式で出会った、可憐な少女。それこそが、聖女マーシュ。

 彼女の清楚で可憐なさまは、まさに守らなければならないと思わせてくれた。

 そう。一人でも立っていられるルルレリアよりも、私が守るべきはマーシュなのだと、直感したのだ。


 彼女の可憐さは、多くの男子生徒を惑わせてしまう。だから俺は、彼女と夜会で話した男子生徒には、すぐさま婚約者を用意した。

 マーシュはいずれ、俺の婚約者となるのだ。そう、ルルレリアに代わり。だから男どもが、いらぬ期待を持ってしまうと、彼らが哀れだ。どうせ平民となるような次男三男坊どもだ。彼らの領地での婚約を、こちらで取り持ってやったのだ。


 婚約者がいる男子生徒は、どうせその婚約者と結婚するしかないだろう。だから見逃してやった。俺の側近たちも、やがては婚約者と家をもり立て、我が王家を盛り立てる必要があるのだ。


 そうして迎えた卒業式。

 俺はルルレリアが、嫉妬からマーシュにしたと言う罪を元に、卒業式のあとのパーティで婚約を破棄する予定だった。

 ――断罪はできなかったが、婚約は破棄できたので良しとしよう。


 これで、俺とマーシュは幸せになれる。

 俺が賜る予定の伯爵家で、二人で愛の巣を築こうではないか!


 そう思っていた。

 なのに、どうして。


 卒業パーティの途中で、近衛騎士団に連れられ、父上、つまり国王陛下の御前に出させられる。

 国王の前ということもあり、先頭に俺、そしてその少し後ろに側近たち、一番後ろにマーシュという並びとなる。彼女は不安そうだったが、こればかりは仕方がない。

 本当は、手を繋いでいてあげたいのに。


「ジャンジャック。随分と派手にやらかしたようだな」

「父上、すでにお聞き及びですか! はい。俺はルルレリアではなく、ここにいる聖女マーシュと共に、伯爵領を盛り上げて」

「どこのだ」

「……え?」

「その伯爵領とやらは、どこの伯爵領だと聞いている」

「それは……俺が興す予定の」


 父上の目が、細くなった。


「お前がルルレリア嬢と共に臣下に下る先は、彼女の実家。つまりカールレイ公爵家が持つ、伯爵領だったのだが。はて、彼女と別れた後、どうするつもりか」

「え? は? いやそんな?! カールレイ公爵家の? そんな」

「何度も説明したはずだぞ。そして、彼女を大切にしろ、とも」


 確かに父上には何度も、ルルレリアを大切にしろと言われた。だが、そんなの婚約者だからっていう意味だと思うじゃないか。

 つまり、婚約者じゃなくなるなら、大切にしなくても良いと思ったんだ。


「聖女マーシュ」

「は、はい!」


 マーシュの声が後ろから聞こえる。少しだけ震える声が、愛おしい。守ってあげないと。

 聖女といえど平民のため、父上からではなく、父上の側近ダウグス・チョールエからの声かけになった。


「先ほどそなたの持ち物を検めたところ、所持していた食べ物から、ココラシオが検出された。どういうことかな?」

「ココラシオ……?」

「ジャンジャック殿下。王子教育で、ココラシオはやった筈ですが?」


 やばい。

 全然覚えていない。


「あ、あぁ。俺は覚えている。もちろんだ。だが、俺の後ろにいてくれている彼らには、わからないかもしれない。ダウグス殿から、教えてやってくれないか」


 ダウグスが頷く。

 よし! うまくごまかせたぞ!


「そういうことにしておきましょう。さて、殿下の後ろにいる、役立たずの側近ども。ココラシオとは何かを、教えてあげましょう」

「おい、役立たずとはなんだ!」

「お前は、宰相の四番目の息子ですね。殿下を諫めるどころか、一緒になって女に狂うとは。そんな側近、役立たずでしかないでしょう。他の者も同様だ」


 俺が悪いことをしたみたいに言うが、あいつらがマーシュに夢中になっていたことに関しては、確かに役立たずだな。俺とマーシュを守るのが、側近の仕事だ。


「ココラシオとは、魅了薬の一種です。もちろん万能ではありませんし、食べ物にいれる程度では、心酔などできません。節度のある心を、相手に持っていれば」


 そう言うと、ダウグスが何かを合図する。途端、端に控えていた騎士が近付き、俺たちに何かを無理矢理飲ませてきた。


「毒ではないので、安心して飲みなさい。これは陛下からのご命令です」


 王命だと言われれば、素直に飲むしかない。味はとくにしないが、少しだけどろりと粘度があった。

 そこから数分。

 部屋には、沈黙が流れる。


「はい、そろそろ良いでしょうか。さて殿下。聖女マーシュを、どう思いますか?」

「え? 可愛いなと思う。あの可憐さは見ていて、手を差し出したくなるな」

「ご結婚なさりたいのですよね」

「結婚できるならしたい! でも、どうしてもか、って言われると……あれ?」

「そういうことです」


 ダウグスの言うことが、わからない。


「飲んでいただいたのは、ココラシオの解毒薬です。ココラシオ自体、完全なる魅了薬ではないので、好意があれば、それを増幅させる。最初からきちんと線引きをしていれば、ココラシオを摂取しても、問題はなかったのです」


 俺のあの感情は、魅了薬のせいだというのか!


「だとしたら、俺たちは無罪放免ではないのか?!」

「線引きをしていれば、と言っただろう、馬鹿者が」


 それまで黙っていた父上が、口を開く。

 その低い声に、怒っているのだな、と伝わってきた。

 父上、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。


「第一、殿下は外で貰った食べ物を食べてはならないと、教育されませんでしたか。そして、側近たちは貰った食べ物を、誰からかわかるようにして、王城に提出するよう、指示されていませんでしたか。少なくとも、私が陛下とともに学園に在った時には、そうしておりましたが?」


 そう言えば、そんなことを言われていたな、なんて思い出す。


「でも、同じ学園に学ぶ生徒じゃないか。学園では、身分差もなく平等なんだろ?」

「……誰がそんなことを言いましたか?」

「え?」

「あの学園の中でも、身分の差はあります。無論、能力のある者であれば、たとえ身分が低くともチャンスは与えますよ。しかし、学園は王国の縮図。身分制度は、歴として存在しています」


 そう言われれば、そんなこともルルレリアに言われた気がする。あの時は、マーシュが言うことが気に入らないのかと思っていたが。

 あれ?


「あぁ、話の途中でしたね。聖女マーシュ。ココラシオは禁忌の薬草です。どうしてそれを、そなたが持っているのですか」

「え……いえその……。森で素敵なハーブを見つけたから、クッキーにいれただけで」

「へぇ。どんな効能があるのか、毒かもしれないものを、わざわざ殿下に差し上げるクッキーに?」

「ひど……酷いわっ! 私を疑うんですか?」

「疑う? とんでもない。確認ですよ。疑いなんて甘いものではありません」


 確かに、毒かどうかわからないものを、俺に食べさせていたと聞くと、良い気分ではないな。

 ん? しかし。


「なぁダウグス殿。俺たちが魅了薬にやられてると、疑ったりしなかったのか?」

「そもそも、勝手に外で食べ物を食べているとは思いませんし、事前にカールレイ公爵令嬢から、殿下方の不貞は、報告を受けておりましたが、魅了【魔法】の気配は感じませんでした。そして、魅了魔法以外の魅了薬には、強制力はないのですよ。わかりますか? つまり、殿下方は皆さん、ご自身の意志で、彼女を侍らせていたのです」


 俺も側近たちも、何も言うことができなかった。

 いや、本当は不貞じゃないと言いたかったが、反論できる状況でもなかったのだ。

 ダウグスの目が、怖すぎて……。


「ジャンジャックは、身分剥奪の上、王城からの放逐。それとそなたらの息子は──あぁ同じで良いか。では側近の者も、身分剥奪と家門からの放逐で。領地で匿うことも、まかりならぬ。情けとして多少の路銀と、剣一振りは持たせてやろう。聖女マーシュは、王国教会にて奉仕だ。魔獣退治などで癒やし魔法が必要な場合は、女騎士と修道女とともに、移動するが良い。教会内部でも、外でも男性との接触は一切禁じる。親兄弟であってもだ」


 側近たちの父親も同じ部屋にいたが、父上の目線にすぐに同意したらしい。

 めでたくも何もないが、俺と同じ処分となった。


 その場にいた俺たちは、全員別々の部屋に連れられた。そして、そのまま再び会うこともなく、別々に城から出されてしまった。

 ――僅かな路銀と、身を守る剣一つで。



 それから俺は、考えることをやめた。

 どうせ質問しても、教えて貰えないんだ。

 だったら答えなんて気にせずに、とにかくその日過ごせる場所を見つけるべきだろう。そして、これからどうするかを、考えないといけない。


 どうしてこうなったのかはわからないけど、国王が決めたことだ。城から出されてしまった以上、もうどうにもならない。


 そう思って街を歩く。

 だが、どの宿屋もとても高く、手持ちの金だけでは、何日も泊ることはできない。しばらく歩いて行くと、街外れに小さな宿屋があった。

 そこはそれまでの宿と比べても格段に安かったので、とりあえず、その日の夜の露をしのいだ。


「もしかしたら、地方に行けば、宿はもっと安くなるのでは」


 それを思いついた俺は、天才だと思う。

 翌朝、宿のサービスだと言う食事を食べ、外へ出た。朝食は貧相なものだったが、食べられないよりはいい。


 とりあえず地方に行くか、と馬車乗り場に向かう。

 その馬車乗り場で一番遠い領地が、モルニカ子爵領だった。


「乗合荷馬車なんて、初めて乗るな」


 乗合荷馬車は、荷馬車と、人が乗る馬車をあわせたものらしい。

 人が乗る荷馬車の大きなものに、遠方へ送る荷物を同乗させて、人も荷物も安く運ぶというシステムだそうだ。

 いくつかランクにより種類があるらしい。その中でも、一番安いものを選ぶ。


 初めて乗る馬車にワクワクしていたが──なんだこれは。

 ガタガタと大きく揺れるし、尻は痛くなる。しかも、モルニカ子爵領までは、四時間もかかるというではないか。

 どうしてそんな場所に、行こうとしたんだろう。


 だが、先に馬車の代金を払ってしまったのだ。モルニカ子爵領に行くしかないだろう。

 同じ馬車に乗っているのは、老婆と小さな子連れの母親、それに目つきの悪い大柄の男だった。


 子連れの母親は三十分もすると、降りていく。

 残ったのは、俺と老婆と大柄の男。


 最初の頃は外が面白いと見ていたが、それもすぐに飽きた。だいたい同じ景色だからな。

 だが、突然馬車が止る。


「えっ。おい、どうした?」

「お客さん方! 馬車狩りです! すぐに逃げて」


 馭者が慌てて、中に声をかける。

 馬車狩り?! どういうことだ。


「おお、ようやくか。なかなか来ねぇから、待ちくたびれたぜ」

「へっ?! お、おっさん何を」

「おっと。動くんじゃないよ、坊や」

「お婆さん?!」


 目つきの悪い男が立ち上がり、馭者を捕まえる。

 俺はすぐ横に座っていた老婆に、短剣を突きつけられていた。


「ハ。婆だと思って、舐めないほうが良いよ。アタシャ短剣の使い方は、うまいんだ」


 隙のない動きに、その言葉が本当だと悟る。

 馭者は、積んでいる荷物の暗証鍵を開けさせられた後、その場で切り捨てられた。

 人が倒れる音が、あんなにも大きいなんて、初めて知った。


「アンタ、金持ってるだろう? その服は随分ときれいなもんだ。あぁ、あんたもきれいだねぇ。高く売れるんじゃないか」


 その言葉にぞっとする。

 だが、今はどうにもならない。隙をついて逃げられるときを、探すんだ。

 俺は剣と金、そして着ていた上着を脱がされて、馬車の後ろに移動させられそうになった。

 馬車を降りる瞬間。


 ほんの僅かな隙をついて、必死で馬車から逃げた。

 けれどすぐに捕まり、でかい男に殴られる。何度も何度も顔も体も殴られ、体からだんだんと力が抜けていった。

 男はそれで満足したのか、手を緩める。その緩めた手から体を捻らせ、相手の急所を蹴り上げた。


 反応なんて見ずに、すぐに近くの森に逃げ込む。

 必死で走っていると、やがて後ろから追いかけてくる音も、聞こえなくなった。

 おそらく諦めたのだろう。


 森の中をとにかく前に進み、流れる沢の水を飲み、食べられるのかわからない草を食べた。

 そうして何日も歩いているうちに、人の声が聞こえてきたんだ。

 明るい光。

 森を抜け、どこかの領地に辿り着いたのだと、わかった。

 俺の意識は、そこで途切れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] ここで「廃嫡」という言葉が多用されてますが、「嫡子(跡継ぎ)」を廃するというのが「廃嫡」の意味なので、この場合「廃籍」(家の籍を廃する)もしくは「除籍」がいいのではないでしょうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ