7 不審者拾いました
「こんばんは! 今日も来ちゃったよ」
「あら、ランディオさんいらっしゃい。今日は何にする?」
「ゴルゴ酒と、今日のおすすめ盛り合わせで」
「はいはーい」
あれから三ヶ月。
小料理屋アニタは、ほどよい混み具合で営業を続けている。
「はい、ゴルゴ酒。今日のお勧めはチッキンチッキンのポテトサラダと、バイバイキノコのマリネ、シロアカ魚のヨーググルト漬けよ」
名前は違っても、割と日本と似たような食材が多いので、過去の自分が作っていたものをベースにアレンジして、メニューも増やせたの。
ただまあ、最初のうちはいっぱいメニュー用意してたけど、手間を考えて、おすすめの盛り合わせをメインにするようにしてみたら、これが大ヒット!
選択するのは面倒っていう人、思ったより多いのねぇ。
ちなみにシロアカ魚はサーモンのこと。白身魚なのに赤く見えるというわかりやすい理由らしい。確かに、私も子どもの頃は、鮭を赤魚だと思ってたもんねぇ。
今日はまだランディオさんしか来ていないので、カウンターに座る彼と、のんびりと会話を楽しむ。
ランディオさんは、最近この領地に来てくれた冒険者だ。
魔獣が出たら狩りに行ってくれる、心強い人。そんな職業柄、がっちりとした筋肉に、大きな体が安心感があっていい! しかも独身だという。
まだこの店に通い始めてくれて一週間だけど、気さくに話しもしてくれる。
あぁ、ちゃんと会話が成立する独身男性って最高!
ランディオさんの事をもう少し知ることができたら、お婿さんに来てくれないかなぁ。
……なんて思っていると。
「アニタちゃん! 大変」
大きな音を立てて扉が開いたと思えば、近所に住むセレクおばさんが駆け込んできた。
「セレクさん、どうしたの? 何が大変なの?! とりあえずお水飲む?」
「あぁありがとう。ちょっと水を貰って……って、そうじゃない」
「そうじゃないのかー」
ノリツッコミができるなんて、セレクおばさんやるな。
いや、そうじゃないのよね。
「この店の目の前に、人が倒れてるんだよ」
「えっ、人が?! それは大変!」
「そうでしょ! あぁ、あんた。冒険者だろ? ちょっとその腕力を貸しておくれ」
「もちろん」
あぁ、お客さんなのにスミマセンね。でも確かに倒れている人間を運ぶことになったら、私の力じゃ無理。良いところにいてくれたものだわ。
とりあえず店の前に出てみると、確かに人がいる。
それも男性だ。
「ずいぶんとボロボロの姿だなぁ」
「本当ですね。お顔も、殴られたのか、腫れ上がって人相もおぼつきません」
「どうする? 店の前に放置しておく訳にはいかないだろうし、かと言って店に入れるのも……」
「うぅん、でもこのままほっとくのは、ちょっと」
私の立場上、領地内で倒れている人間を見て、何もしないわけにはいかない。
「あの、ランディオさん申し訳ないのですが、この方を店の小上がり席まで、運んでいただけますか?」
「ああ任せておけ。なにか、タオルなどを敷いておくと、あとで掃除しやすいと思うぞ」
「確かに!」
この店を作ったときに、畳はないものの小上がり席は作っておいた。
私が疲れたときに、ちょっと横になれたらいいな、なんて気持ちと「小料理屋と言えば小上がりでしょ」という思い込みからなんだけどね。
それが役に立つときがきたわけだ!
大きめのタオルを、何枚か並べる。そこに、行き倒れていた人を寝かせて貰った。
「特に武器とかは持っていなさそうだな。──金も」
「追い剥ぎにでも遭ったのかしら」
着ている服は薄物一枚だけど、これは多分下着だもんなぁ。
こんな服で出歩く人はいない。
ランディオさんが、彼の体を検分してくれて助かった。
とりあえず武器を持っていないのであれば、行き倒れの人に襲われる事はないだろうし。
小さな布に水を含ませ、唇に運ぶ。カサカサに乾燥した唇がうっすらと濡れて、口の中に流れていった。
「水を飲んでくれたから、ひとまずは安心ね」
「そうだな。しばらく様子を見ておけば良いだろう。今日は俺も、長居させてもらうとするよ」
「良いのですか? 助かります……。じゃあこれはサービス」
カウンターに戻ったランディオさんに、揚げたてコロッケを二枚をお出しした。
「おっ、これ本当にうまいんだよなぁ。何の肉だかわからないけど、めちゃくちゃジューシーで、しかもちょっとだけ噛み応えがあるのがいい。ポテトとの相性も最高だ」
ヒョーク魔獣のあばら骨近くのお肉です。
ちなみにヒョーク魔獣とは、豹みたいな見た目の魔獣。わかりやすい名前かよ……。
「ランディオさんは、うちの領地に来る前はどこにいたんですか?」
「俺はカールレイ公爵領にいたんだ」
「へぇ! 公爵領だったら、さぞや栄えてたでしょう」
「ああ、王都よりもヘタしたら栄えてるんじゃないか、と思うくらいだ。なんでも公爵家のお嬢様のご婚約が、第三王子側の勝手で破棄されたらしく」
カールレイ公爵令嬢とは、我が国の第三王子の元婚約者ルルレリア様のことだろう。
まさか婚約がなくなる瞬間の現場にいました、とは言えない。
「ご令嬢はその後、新しいご婚約を?」
「そうなんだ。ザルツファイア大公様のご子息と、ご縁があったそうなんだ。それで、俺がいた時には、領をあげての祭を、していたんだ」
ザルツファイア大公閣下と言えば、先の王様の十歳年下の弟君だ。閣下のお子様は四人いて一番上はもう三十だけど、一番下が確か十六歳。きっとその方とのご婚約だろう。
「あれ、でも良くそのご子息に、婚約者がいませんでしたね」
「なんでも、ずっとカールレイ公爵令嬢のことを、好いていたらしい」
「えっ! なんて素敵なの!」
つまり、ルルレリア様は第三王子の婚約者だから、成就することのない恋だとわかっていたのに、忘れられなかった、ということよね。
ピュアッピュアな素敵な恋!
乙女ゲーム、こっちをメインにしておけよ。あんな尻軽聖女じゃなくてさぁ。
「そう言えば、そのご令嬢の元婚約者の方は、どうなったんでしょうね。第三とは言え王子殿下ですし、勝手に婚約破棄なんてしたら」
「俺が領で聞いた限りだと、その時に寵愛していた女性は教会預かりになり、仕事以外は外出できないようになったらしいよ。その仕事も、常に女性聖職者と一緒だとか。王子と、王子を止められなかった側近たちは、揃って身分剥奪の上、家から出される処分になったらしい」
でしょうねぇ。
だって、あの女──いえ、あの聖女、あっちこっちに粉かけ過ぎてたもの。
きっと調査の結果、王子妃には相応しくないとなったんだろうな。平民だったとしても、清く正しい聖女であれば、貴族のお家に養子として入って嫁ぐことは可能な筈。
さすがに王太子妃には無理だったとしても、第三王子くらいだったらね。
でも、彼女は清く正しい聖女では、なかったからなぁ。
あ、清く正しい聖女は、そもそも他人の婚約者に手を出したりしないか。
「妥当な結果ね。王命で結ばれた政略結婚の意味もわからないボンクラじゃ、いたところで国のためになるどころか、足を引っ張るだけだもの」
身分を剥奪されたと聞き、もう口に出す言葉に配慮する必要もない。ボンクラと言っても不敬罪にならないのだ。
「まさにその通りだな。俺たちが支払っている税金を、そんなのの生活費に使われたんじゃ、釈然としない」
「完全同意だわ」
税金を納めるのは構わないけど、それは正しく使って貰える前提なのよね。
前世でド庶民の私は、散々ニュースで見る情報に、煮え湯を飲まされた気分だった。
だからこそ、今この子爵領で領民からの税金は、できる限り領民のために使うようにしている。もともと、我が子爵家はそういう考えの家系だったんだけどね。
ほんと、悪徳貴族に生まれなくて良かったわ。メンタルやられちゃうわよ。
「う……うぅ」
「あっ、気付いたのかしら」
倒れていた人の声が、聞こえる。
急いで小上がりに向かい、顔を覗きこむ。
ほんと、随分と殴られたものね。顔が、ぐっちゃぐっちゃに腫れ上がっているわ。
目の上も腫れてるけど、見えるかな。ちょっと心配。
「もしもーし。意識、戻った? 私の顔、見えるかしら?」
ゆっくりと開いた瞳が、私の顔に焦点を合わせようとする。
慌てて彼の目の前に、指を差し出す。
「これ、見えますか? 何本に見えるかな」
「あ……あなた……は……てん、し?」
は?
いや、そんなこと聞いてないし、私は天使でもない。
まあそう言われたら、まんざらでもないけどね。
「意識は戻ってきたのかな。数、数えられる?」
「さんほ……ん」
「はい、大丈夫そうね。良かった。体を起こせると、いいんだけど」
「手を貸そう」
ランディオさんが彼の背中に腕を入れる。こちらの意図がわかったのか、倒れてた人がゆっくりと体を起こした。
「あぁ、良かった。今、お白湯お持ちしますからね。ランディオさん、申し訳ないけど、彼を壁際に寄せてあげて貰える?」
「任せてくれ」
あの上腕二頭筋、頼れるわぁ。
筋肉は裏切らないって、本当かしらね。
「筋肉は鍛え続けないと、裏切るぞ」
「えっ、私口に出してた?」
「頼れる上腕二頭筋ってところから」
「嘘、全部じゃない」
くすくすと笑いながら、彼らの元に向かう。
「はい、お白湯。ゆっくりと飲んでね。まずは体に、水分を入れてあげて」
私の声に、こくりと頷く。
ゆっくりと湯飲み一杯分を呑み込んだ彼は、少しだけ生気を取り戻したようだ。
「少し休んでいて。胃に何か入れないと。ねぇあなた。随分とガリガリだし、殴られたあとあるし。ご飯は食べれていたの?」
「いや──もう何日も、口にしていない」
「そう。じゃあ、胃の負担にならないようなものに、するわね」
こんな時、お米があれば、重湯でも作ってあげられるんだけどなぁ。
まだ稲をこの世界では見ていないけど、絶対にある筈。だってあの乙女ゲームで、お米を使った料理が出てきてたんだもん。
ないはずがない!
とりあえず、消化の良さそうなスープを渡して食べさせる。
その間に、常備薬のウッスウスポーションを出してきた。
このウッスウスポーション(商品名だ)は、どの家庭にも一本は常備薬として置いてある、廉価版のポーションで、体力を回復させてくれる。胃が食べ物を受け付ける様になってくれていれば、この廉価版のポーションも活用できそうだ。
「はい、これも飲んで」
「これは……ポーションですか」
「ウッスウスポーションよ。安いやつだからすぐ治ったりはしないけど、体力は回復するわ。そうすれば、どこかで日を過ごすこともできるでしょう」
さすがに、男性をこの店に泊らせる訳にはいかない。かと言って、素性のわからない人間を、妹たちのいる家に連れ帰る訳にも、いかないしね。
うちの領には、労働で支払いするタイプの宿屋もあるから、そこを案内すれば良いだろう。
「何から何まで……。あの、あなたのお名前は」
「私はアニタ。この店の主よ」
「おお、アニタ嬢。なんと神々しい名前」
「え、えぇ……?」
ヤバイ。
この人、殴られすぎて、頭がおかしくなっちゃったのかな。
ちらりとランディオさんを見れば、笑いを堪えている。ちょっとやめてよ。私もそっち側に行きたい。
「アニタ嬢、あなたは俺の救いの女神だ。天使だ」
「あ、いえその、あなたを見つけたのはセレクさんだし、ここに運んでくださったのは、あちらにいるランディオさんですし……」
目を合わせてこようとする。
やめて、今のあなたのお顔は腫れ上がっていて、ちょっと怖いのよ。
あと、別の意味で怖い。手を握ろうとするな。
必死で目線をそらしても、顔を動かして目を合わせようとする。
体力、戻ってきてるじゃないの。
「と、とりあえず、落ち着いて。えぇと――」
「あっ。これは名乗りもせずに、失礼いたしました。俺の名前はジャンジャック。今は家名を持たない、ただの男です」
ジャン……ジャック……?
どこかで聞いたことがある様な。
しかも、わざわざ今は家名を持たないとか言う? 成り上がり精神でもあるというの? そういうヤツは、我が家には不要なタイプね。
「ん?」
いや、待って。
この人の髪の毛の色。薄汚れているけど、よく見たら黄緑色。瞳の色は――いや、あの目をじっと見るのは勘違いされそうだ。さっきちらっと見た限りでは深緑だった。
私は、そういう色合いを持つジャンジャックって男を、一人知っている。
「あなた……」
そこまで言って、口をつぐむ。
ランディオさんに知らせる必要は、ないものね。
彼が、元第三王子だと言うことを。
――たぶん、だけど。
十中八九、本人だ。




