41 オトコノヒトってわからない
「ディアス、ねぇ」
「お嬢?」
こちらを見るディアスの唇に、私の唇を重ねた。
「……! アニタ様!」
「キスをしても、やっぱり様はまだつくのね」
「当たり前です! というか、あなたはもう、どうしてこちらの我慢を」
「我慢しなくても良いんじゃない? ここでは二人きりよ」
ぎゅう、と彼に抱きつけば、彼の手が背中に回った。
「知りませんよ。俺かなり我慢しているので、どこまで抑えられるか」
「あら、それは抑えてもらわないと」
「……っ? はぁっ?」
「お父さまとお母さまに了承をもらうまでは、でしょ?」
にんまりと笑って、彼を見上げる。
苦笑いを浮かべるディアスの顔が近付き、そのまま口付けをされた。
「……っ、んんっ!」
ちょっと! ちょっと待っ……!
……!
「っ、ふ……」
「アニタ様」
ようやく離れた唇を、思わず目で追ってしまう。
色気がダダ漏れしているディアスに、こちらの目のやり場がない。
「き……聞いてないわよ、こんなの……」
「だから言ったでしょう? どこまで抑えられるかわからないって。このくらいで済んで、良かったですよ」
「こ、これ以上なの?」
「さぁ」
ディアスのその言葉に、私は呆然とするしかなかった。
オトコノヒトッテワカラナイ。
***
グルレンの森を越え、我がモルニカ子爵領に入る。
見慣れた街並みに、安堵の気持ちが強くなった。
「ようやく着きましたね」
「うん。ほんの一週間程度だったのに、なんだかものすごく離れていたような気がするわ」
一週間も経っていないけれど。
馬車が我が家に到着すると、すぐに皆が出迎えに出てきてくれた。
「お帰りなさい、アニタ」
「お姉様無事で良かった」
「姉さま疲れてない?」
「おかえりなさぁい」
「ご無事のご帰還安堵しました」
「お嬢さまの好物を作ってありますからね」
皆それぞれに声をかけてくれるのが、嬉しい。
「お父さまもお戻りでしたのね」
「ああ。ちょうど昨日、帰ってきたところだよ。名代ありがとう」
「いいえ、お役に立てて嬉しいです!」
「さぁ、二人とも家の中にお入りなさい」
ディアスが、いつもよりも私の近くにいることに気付いたのか、お母さまはにっこりと笑って私たちに声をかけてくれる。
これはいつ言い出すべきか、と逡巡していると──。
「旦那様、奥方様。お許しいただきたい儀がございます」
「ディアス。その話もまた、家の中でしよう」
お父さまは彼が何を言うのかわかっているようだった。
うぅん。さすが領主なのかしら? 今の言葉でわかっちゃうもの?
家族がお茶をする部屋に、皆で入る。
家族が、といっても、この家はあまり多くの部屋を稼働させていないので、何かあればたいていここに集まるというだけだ。
「ディアスは、アニタの隣に座りなさい」
「……はい」
お父さま直々に指示され、さすがのディアスも少し緊張しているみたいね。
彼の父親にあたるクリアノも、部屋の隅に立っている。
サラベルが紅茶を出してくれたのをきっかけに、お父さまが口を開いた。
「陛下からの書状は、先にこちらに届いている。ご苦労だった。聖女に関しても、冒険者に関しても、そして元第三王子に関しても、だ」
私のあのときの判断が間違っていなかったということを、お父さまが認めてくれた。
ランディオさんに関しては、お父さまから直接冒険者ギルドに話を通したらしく、妙な噂や誤解が広まることもなさそう。
「さて。ここからは、アニタたちのことだ」
お父さまの言葉を受け、ディアスはすっと立ち上がる。あわせて私も、立ち上がった。
「旦那様、奥方様。私は、お嬢──アニタ様と人生をともに歩みたいと、願っております。そして昨日、お嬢にそのお許しをいただきました」
「お父さま、お母さま。ディアスを、子爵配として迎え入れたく思っております」
心臓がバクバクして、口から飛び出してしまいそう。
二人の返事を待つ間が、まるで一時間にも二時間にも感じてしまった。
すると、突然ぎゅうっと体を抱きしめられる。
「やっとかぁ」
「よかったわね、アニタ」
お父さまとお母さまが、私とディアスを、まとめて抱きしめてくれたのだ。
「だ、旦那様っ!」
「お母さま?」
二人が離れると、私たちに座るように促す。
「クリアノとサラベルもおかけなさい」
部屋には妹たちもいるので、これでモルニカ子爵家のメンバーは全員揃ったといえよう。
「いやぁ。一時はどうなることかと、思ったが。ディアスがちゃんと、アニタに告白できて良かったよ」
「アニタも、ディアスのことを気付けて良かったわ。これで安心してディアスに、アニタを預けられるわ」
ん?
んん?
「お父さま、お母さま? それってどういう?」
「だーって、ディアスがアニタのことを好きなのなんて、この家の大人は全員知っていたわよ」
は?
思わず目を見開く。
隣のディアスを見ると、苦笑していた。
「お──私も、つい最近知ったんです。絶対バレてないと思っていたのに」
「ということは、私だけが気付いていなかった、ということなの?」
「そうよ。でもこういうことって、第三者が告げることじゃないでしょ? それに、最初は本当に貴族の適当な婿を取ってくるなら、それでも良いかなって思ってたのよ。もちろん、子爵領とアニタを大切にする男っていうのが、基本だったけど」
そういえば、お母さまは終始それを、私に告げていた。
「正直、アニタの相手は、貴族だろうと平民だろうと関係ないんだよ。子爵家を継ぐのはアニタだからね。我が家は上級貴族でもないし、裕福でもない。でも、私たちは誇り高き、モルニカ子爵家の人間だ。その誇りは、家系にあるのではない。この子爵領とその領民にあるものだ」
お父さまの言葉に、涙が出そうになる。
そう。私たちの誇りは、この領地と領民だ。
それを大切にできないのであれば、貴族であろうと平民であろうと、そしてたとえ王族であろうと不要。
「アニタがきちんとディアスを見つけて、ディアスがきちんとアニタを守ってくれて、本当に良かったわ」
「君たちならば、お互いをきちんと対等に扱い、そして信頼して、この領地を運営してくれると信じているよ」
お父さま、お母さまの言葉に、私たちは強く頷き返事をした。
***
私は今、ディアスとともに、アザキニア商店の応接室に座っている。
オドライさんが番頭をしている店だ。
「お久しぶりです」
応接室に入ってきたオドライさんと、ジャンジャックに挨拶をする。
二人も神妙な顔つきで、それに返してくれた。
「今日は、アニタ・モルニカとしてのご報告と、小料理屋アニタの店主としてのご相談の、両方で伺いました」
「……なるほど? ではまず、モルニカ子爵令嬢の、アニタ様にお話を伺いたいです」
オドライさんはきっと、最初から私の素性を知っていたのだろう。
アザキニア商店は、モルニカ子爵領一のお店だ。私も家族も、何度も使ったことがある。
──つまりまぁ、我が家の経済状況も知っているだろう、ということなんだけれど。
なんて。
我が家の経済状況は、この領地の領民なら皆、知ってるか。
「ジャンジャックさん。あなたの手紙は、陛下がお預かりになりました」
「そう……そうですか。ありがとうございます」
ジャンジャックも、あのとき私の素性を知った。
同じ学園にいたなんて、当時は知りもしなかっただろうけれど。
「ランディオさんについては、おそらく二人ももう会っていると思うけれど、特段のお咎めはなし。強いていえば、我が領に一年は滞在していないとならないくらいでしょう」
私の言葉にジャンジャックは静かに頷き、少しだけ、安堵の表情を浮かべた。
「聖女──については、オドライさんは詳細をご存じないですね。あの日、ランディオさんが連れていた女性です」
「聖女……だったんですね」
「ええ。彼女は前科があり、王命での囚役先から逃げてきたのですが、その途中で出会ったランディオさんを欺して、ここに辿り着きました」
「お、王命から?」
うん、そうよね。
普通はそう考えるよね。
やっぱりあのセイジョサマは、おかしいわ。
「そう。なので私は彼女と、そして彼女を連れてきたランディオさんを、王城に届ける必要があった」
オドライさんが頷いたのを確認し、私は言葉を続ける。
「陛下には私、そしてランディオさんの友人を代表して、ジャンジャックさんに、手紙を書いてもらいました。ジャンジャックさんは、以前聖女との面識があったこともあって、ランディオさんは悪くないということを、どうにか伝えたかったんだと思います」
ジャンジャックの素性については、私の口から話すべきではない。
それは彼が彼の判断で、周りの人に告げることだものね。
私の説明に、オドライさんも特に疑問は感じていないようなので、安心する。
「というわけで、ここまでがあの日あったことの報告です。さて、ここからは小料理屋アニタの店主としてなんですが」




