42 小料理屋の後継者
「あ、待って。新しいお茶を用意させます」
オドライさんは、私の手元のお茶が冷めていることに気付いたようで、スタッフに声をかけてくれた。
ここの商店のお茶、美味しいので嬉しい。
お茶と、なんと追加でお茶菓子を出していただく。
「さ、アニタちゃん。話をどうぞ」
砕けた雰囲気を纏い、そう口にするオドライさんは、間違いなく領内イチの店の番頭だと思う。
相手によって、こうも雰囲気を変えるだなんて……!
「はい。そんなわけで、私は王都に行ってきたのですが、そこで、ずっとお会いしたかった方と出会えました」
「えっ、もしかして結婚相手に?」
「あ、オドライさん。それはそれで別の話として、決まったのですが」
「決まった? アニタ嬢の結婚が?」
「ジャンうるさい。静かにしろ」
まるでコントのような、やり取りだ。思わず笑ってしまう。
私の隣にいるディアスは、自分のことでもあるのに、素知らぬ顔でお茶を飲んでいる。
「ええ。つい昨日、領主である父の了承も得ました。が、それはまぁおいといて」
「おいとくの?! 気になるんだけど」
「だからジャンは、黙っていろ」
前のめりになっていたジャンジャックの体を、オドライさんがぐいーっと押さえ込む。
うんうん。それで頼む。
「お会いしたかった方というのは、植物博士なのですが」
「もしかして、モジュネール博士?」
「えっ。もしかしてオドライさんも、興味が?」
「モジュネール博士の植物学の本を読んだことがあって、それが素晴らしくて」
「じゃじゃーん! なんと! そのモジュネール博士が、我が領に一年の間ご滞在されまっす」
「それはっ!」
オドライさんの口は、あんぐりと空いている。わかる。わかるわよ、その気持ち……。
「それでね。私が、この領地に増やしたいと思っている植物を、一緒に育てることになったの。相談というのは、それにも関わるんだけど……」
「うん。アニタちゃんのお願いなら、だいたいのことは叶えちゃう」
「またそんなこと言って」
私の素性がわかっても、そしてきちんとそれを表明しても、同じように、変わらず軽口をたたいてくれるオドライさんの優しさが、心に染みる。
「これからしばらくの間、私はその植物の研究で、忙しくなると思うの。そして、私の本分としてはそれが正しい。でもせっかく育てたあの店を、そのまま閉めてしまうのも、もったいないなぁと思って」
「なるほど」
お。皆まで言わずとも、わかってくれるということ? さっすが。
「あの店は、我がアザキニア商店が、代理運営いたしましょう」
「え、代理……?」
買い取ってもらおうと、思ってたんだけど。
「そう。あくまでもオーナーは、アニタちゃん。我が商店は、アニタちゃんに店の賃借料と売り上げの……そうですね。十パーセントをお渡しします」
それはなんとも美味しい……! でも相手は領民だ。あまり無茶なことはしたくない。
「あの、それはとても嬉しいのだけれど、申し訳ないような」
「いえいえ! これはお互いのためにも、良いかと」
「ではこうしましょう! 売り上げが増えたら、そのマージンを減らしていく。一定のパーセントのレンジを作るの」
「それは良いですね!」
フランチャイズのロイヤリティが、こういう形よね、確か。
私の提案に、手元のノートにオドライさんが、さらさらと何かを書いていく。
「ではこの料率で、いかがでしょう」
「……ええ、構わないわ」
これで、一定の賃借料とロイヤリティが、安定して入ってくることになった。
私が働かないでも、こうしてお金が入ってくるのは、ありがたい。
その分私は、領民にしっかりお金が回るように、していかないとね。
「うん。そうしたらあの店は、ジャンが仕切ってくれ」
「へ? 俺?」
「ああ。お前の顔で、女性客をがっちりつかむんだ」
「あらそれは良いわね。レシピはお渡しするわ。ジャンジャックさん、料理ができるかはわからないけど、頑張って!」
「俺、料理なんて、ほとんどできないぞ!」
「これから猛特訓だ」
「料理ができる男性は、モテるわよ」
「アニタ嬢にモテないんじゃ、意味ない」
「ふふっ。大丈夫。それでも私はあなたのことを、友人だと思っているから」
「……アニタ嬢」
横でオドライさんとディアスが「なかなか酷だな」なんて言っているけれど、仕方がないじゃない。絶対に配偶者には無理なんだし。
いろんな意味で。
「ま、頑張ってみるよ」
少しだけ情けない顔をしながらも、ジャンジャックはそう言って笑った。




