41 収穫
豊かに実ったスイラの穂は、風になびいて、それはそれは美しかった。
遠くの山と空の青さを背景に、深く頭を下ろす稲穂が、ピンと伸びる黄緑色の葉の間で揺れる。
風が吹くと、しゃらしゃらと音がして、それがどこまでも広がっていく。
「美しい景色ね」
お母様が、ぽつりと口にした。
その言葉に、皆が黙ったままゆっくりと頷く。
モジュネール博士も、ディアスも、お父様もお母様も妹たちも。
そして、稲刈り──スイラ刈りかしらね──の手伝いをお願いした、農民のみなさんも。
誰もがその黄金色にたなびく稲穂に、心を奪われていた。
もちろん、すんなりといったわけではない。
前世の私はしがないOL。
稲作の知識は、小学校の授業で作った小さな水田での稲作と、農業バラエティ番組の福島県での稲作からのもの。
それに加えて、スイラ特有の育ち方とかもあったので、モジュネール博士と試行錯誤しながら、こうして収穫の日を迎えたのだ。
皆で収穫をしたときには、多くの領民が駆けつけてくれた。
稲刈りは人力なので、皆で力を合わせてやっていく。
カマのサイズも大中小用意しておいたので、子どもたちも挑戦することができた。未来の農業従事者を増やす作戦だ。
将来、スイラを育ててくれたら、嬉しい。
稲作と同じように稲架掛けで、二週間ほど天日で乾燥してから、細い木製の脱穀機で主導で脱穀し、臼で籾摺り。
これも、農家さんが是非やらせてくれと言ってくれたので、お願いした。
彼らは今後、スイラ作りに従事してくれる予定。
そして精米。これは水車小屋をディアスに作って貰って、精米機を作成しました!
ここまでが、少し前までのこと。
結婚式を二週間後に控えた、今日。
いよいよ、スイラがライスになるときが来た。
「さ! 皆。これが精米したスイラの実、ライスよ」
炊く前のものを少し手にのせて見せる。
精米を担当していた人たちはわかっているけど、担当以外の人は初めて見るから、ビックリしていた。
「こんな真っ白に、なるんですか?」
「最初と全然違う!」
「白いのって、なんだか贅沢な感じがするわ」
大人から子どもまで、皆が目を丸くしていた。
「ええ。これを火にかけて炊いたものを、今から皆に食べて貰うわ」
ディアスが、竈から鍋を持ってきてくれる。
合図とともに蓋を開けると、ふわっとお米の甘い香りがした。
私が前世で、物心ついたときから愛していた香り。
日本人でお米が炊けた香りが嫌いな人は、そうそういないだろう。
民族の記憶。それがお米の炊ける匂いだ。
――昔は玄米を食べていたとかは、おいといて。
そして、今目の前で炊けているものは、お米そのもの。
スイラはまさに、ライスなのだ。
ちなみに、スイラの実をライスと名付けたのは、私。
稲がお米になるように、食べる段階で名前を変えると良いかな、と思ってね。
「うわぁ! 良い香り!」
「これがこんなにふっくらに?!」
今回は味見だから一口ずつだけど、皆に行き渡るように、渡していく。
誰もが顔をほころばせて、笑顔になっていった。
「ディアス、どう?」
「……すごく旨いです。なんですか、これ」
「ふふふ。これがライスよ。私がずっと、探し求めていたもの」
ディアスは、まさに噛み締めるように、ライスを味わっている。
お米と同じように、噛めば噛むほど甘みが出てくるのも、このスイラの特徴だ。
いつかは、品種改良とかも視野に入ってくるのかもしれないけど、最初から割と、ハイレベルなライスができていると思う。
「アニタさん、大成功ですね」
モジュネール博士が、トトト、と私の近くに寄ってきた。
「全てあなたのおかげだわ、ネールさん」
私とモジュネール博士はすっかり仲良くなり、愛称で呼ぶようになった。
私は愛称というか、名前呼びなだけだけど。アニタって、愛称だと『アニー』とかになるけど、どうも歌が脳内を巡ってしまうから……。
このライスは、結婚式でおにぎりにして、参加者に振る舞う予定だ。
おにぎりなら冷めても、美味しいからね。
中身は、この領でとれる鮭のような魚、ケシャの塩焼きと、梅のようなメウメウの実の、二種類。やっぱりまずは王道からよね。
ちなみにサーモンと鮭が違うように、シロアカ魚とケシャも名前が別である。面白いものね。
これが皆に知れ渡ったら、少なくとも領地の食料の種類が増える。
他にも、ここでしか食べられない料理にして、観光客が来るようになれば、さらに良い。
「? なあに?」
ディアスが、私をじっと見ている。
「いえ、幸せそうだなと思って」
「幸せよ。このスイラを、領でもっと作って特産物になれば、他領に負けない特色ができるんだもの。そうして領に人が増えて、もっと収入が増えて、皆の生活が豊かになれば良いわ」
そっと手を繋いでくる。
ディアスの手は、ゴツゴツしていて大きい。剣を振る人間の手だ。
その手を私も握り返す。
彼の手に私の手は回りきらないけれど。
目の前には、美味しい美味しいと口々に言う領民の姿。
関わってくれた人たちが、笑顔を浮かべる。
「あなたと一緒に、この景色を見られていること。それが一番幸せなのかもしれないわね」
「……今すぐ抱きしめたい」
「それはダメね」
「残念」
顔を見合わせ、二人で笑った。




