39 そしてそれから
私を抱きしめながら、ディアスは耳元で笑う。
「あとは――旦那様と奥方様にご了承をいただくだけ、ですね」
そうだった!
このあと、二人の了承を取るという仕事が、まだ残ってた。
「でも今は――少しだけこのまま」
ディアスの言葉に、私もそのまま彼の腕の中に、体を預けていた。
「アニタ」
気付けば演目は終わり、階下の人たちは皆、劇場をあとにしていた。
ボックス席の後ろから声をかけられて、私はぼんやりとした顔を慌てて隠す。
「別にディアスから離れなくてもいいのに」
ディアスの腕の中から出ようともがいて、結局腕の中にいる私に、声の主であるソマイアが笑う。
「これは――良い関係になったと、思っていいのかな」
「ネルツァ様、ありがとうございます。おかげさまで」
なんて、私の頭上でディアスが言った。
私は彼に抱きかかえられたままで、どうしていいのかわからない。
「そのままアニタ嬢を抱きかかえて、馬車まで行くのはどうだ?」
「それは最高ですね」
「えっ、嘘でしょ。大丈夫! 歩けるわよ!」
「アニタ、諦めた方がいいわ」
体がふわりと浮く。
いわゆるひとつのお姫様抱っこをされた私は、ディアスの顔を間近で見ることになった。
彼の腕は安定していて、落とされそうなんて不安も一切ない。
――やだ、ディアスの顔、めちゃくちゃ好み。
本当に、どうして私、今までディアスをそういう目で見ていなかったのだろうか。
というか、彼が私をそういう風に思ってくれているのに、本気で気付いていなかったのは――あまりにも鈍感少女漫画過ぎるのでは。
「お嬢。俺にくっついてて」
「だからその……甘い声は良くないって」
「だからやってますが」
「……ずるいぃ」
両手で顔を隠してしまえば、私のその指先に彼の唇が触れた。
「今はここまでです」
そう言って笑うと、ディアスは私を馬車まで抱いたまま、連れて行ったのだった。
***
その後四人で向かったのは、有名なレストランだった。
「ここ……名前だけは知ってる」
「俺も、聞いたことはあります」
馬車の中から店を見る私たちに、ソマイアは笑みを浮かべる。
「個室を予約してあるから、ディアスもマナーを気にしなくて大丈夫よ」
「ありがとうございます……」
「ソマイア、私たちその、そんなにお金が」
「私とソマイアからの、二人へのお祝いだよ」
つまり、支払いは気にするなということだ。
二度とこのレストランに入る機会なんてないだろうから、甘えておこう。
こくり、と頷けばネルツァ様が馬車の天井をステッキで突いた。
フットマンの気配が外にすると、馬車の扉が開く。
ディアスが私に手を差し出した。
「アニタ様。お手をどうぞ」
それはなんだか、とても特別な言葉に聞こえる。
彼の手に自分の手を重ねた。
つい昨日、王城に行ったときにだって、エスコートはしてもらったというのに。
なんだか初めてディアスにエスコートされるような、そんな特別な気持ち。
「ありがとう、ディアス」
口に出した途端、私の顔が赤くなるのがわかる。
「お嬢、顔が」
「う、うるさい。見なかったことにして……」
「俺の前では、どれだけ赤くなってもいいですよ」
あれ、これってディアスの独占欲的な?
それに気付くと、さらに顔が赤くなってしまった。
「ほら、早く行かないと」
ソマイアたちが先で待っている。
「アニタ! 早く」
「お嬢、また抱き上げますよ」
「それはさすがに!」
赤い顔をそのままに、少し俯いてディアスに手を預け、レストランの個室へと向かう。
その後、食事をしながら劇場でのことを報告すれば、ソマイアは大いに盛り上がった。
「なんて素敵なの! 『幼い頃から見守っていた、お嬢さまとの恋物語』! これはもう、物語にして流布すべきよ!」
「いやあの……うちの領じゃ、誰もそんな素敵な感じに、私のことを見ていないから」
「でも、平民からの領主配となるわけじゃない! ちょっとドラマティックに仕立てる必要は、あるわよ」
「……それは、そう、なのかな?」
「任せて! 私そういうの、得意だから」
腕まくりをしながら、今後の計画を立てていくソマイアを、止めることはできなかった。
とはいえ彼女なら、悪いことにはしないだろうな、と任せることにしたけれど。
ネルツァ様もニヤニヤしながら、ディアスのことを小突いたりしていたわね。
あの二人、いつの間に仲良くなったのかしら。
まぁ、今後もソマイア夫婦とのお付き合いは続くだろうし、ネルツァ様とディアスが仲良くなるのは良いことだ。
うんうん。




