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婚活中の貧乏子爵家令嬢ですが、小料理屋を開業したら幼馴染みが溺愛してきます  作者: 穴澤 空@ドアマットヒロイン1巻発売中!


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38/49

38 プロポーズ

 劇場内は暗く、他のボックス席の様子は見えない。

 逆に、ここから他の座席はよく見えるのだ。なるほど、お偉い人たちはこうやって観察をしているのだな、なんて知りたくもないことを、知ってしまった。


 オーケストラピットに明かりが灯る。

 重厚な音楽が一曲かかり、ゆっくりと幕が上がっていった。


「お嬢」

「ふぁっ?」

「ちょっと、もう少し色っぽい声出してもらえませんか?」

「それは、無理な申し出では……」


 ディアスの手が、私の髪に触れたのだ。

 声も、なんだかやっぱりまた──甘く聞こえる。


 いや待って。

 耳の横に流している髪の毛にキス……キス?! ちょっとこういうの、本当にちょっと──ドキドキしてしまう。


「お嬢──アニタ様」

「ん……うん」


 髪にキスをした姿勢のまま、ディアスが私を見る。

 舞台から漏れるほのかな明かりが、彼の表情を照らす。

 あれ、ディアスの瞳ってこんな色だっけ。

 これって……私のドレスの色では?


 ──それに気付いた途端、私の頬は一気に熱くなった。


 私は今、ディアスの瞳の色の服を纏っているんだ。

 え、それって。

 いや、私が決めたわけじゃないけど、でも。


 だけど。

 それが妙に嬉しいと感じてしまった。

 つまりそれは、そういうことであるわけで。


「私、ディアスのこと好きなのかも」

「……お嬢?」


 思わず口をついて出た言葉に、ディアスが固まる。

 あ、やばい。

 これは、言ってはいけなかった? 嫌がられるかな。


 今日この場で言う必要は、なかったのかもしれない。

 どうしよう。

 せっかくの時間を楽しんでから、言えば良かったのかもしれない。


 でも、さっきまでのディアスは、私のこと嫌っているような感じではなかった。

 だけどもしかして、こういう場所では、ああするのが、一般的なマナーだっただけ?

 もしもそうだとしたら、私はディアスと今まで通り話をするのも難しくなるのだろうか。


 どうしよう……!

 焦って、不安になって、目を何度も瞬かせてしまう。

 そんな私に、ディアスはゆっくりと瞳を細めた。

 そうして。


「アニタ様」


 私の体が、ディアスの腕の中に引き込まれる。


「わわっ」

「だから、もっと色っぽい声を、と言ってるじゃないですか」

「ディアスの声が……色っぽいから無理ぃ」

「俺の声を色っぽいと感じてくれているなら、重畳です」


 ディアスに抱きしめられた私は、彼の胸板をがっつりと感じてしまう。

 彼の心臓の音が聞こえる。

 ディアスの心臓の音、初めて聞くけど、結構早い。


 ――早い?


 それはつまりもしかして?

 そういうことで良いの?

 ねぇ、ディアス。そういうことなの?


「お嬢。お嬢。アニタ様」


 小さな声で、私を呼ぶ。

 ただそれだけのことなのに、なんだかとても嬉しい。


 彼の体がゆっくりと離れていく。

 体温が遠くなることが寂しく感じるなんて、ほんの数分前の自分では、思いもしなかっただろう。

 ゆっくりと、彼の体が動く。

 そうして、ディアスが私の前に、跪いた。


 あ、これって。

 そう思ったのと、同じタイミングで。


「アニタ・モルニカ様。俺はあなたを恋慕っております。どうか、俺をあなたの伴侶として、お選びいただけませんか?」


 私の手を取り、まるで懇願するような瞳で──いや、これは懇願しているのだろう──私を見た。

 舞台上では、お芝居が進む。


 音楽が鳴り、まるで私たちを祝福しているかのような、軽やかなメロディが聞こえてきた。

 私の答えなんて、決まっている。


「一緒に我が子爵領に、骨を埋めてください」


 ディアスの手を取り、私から彼の手に口付けをした。


「……っ! ディア……!」


 意趣返しをしたつもりだったのに、ディアスに再び抱きしめられてしまう。


「愛しています、アニタ様」


 私がそれに返事をしようとしたところで、ディアスの続ける言葉に、固まってしまった。

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