31 おデート 01
「……っ、できた!」
累進課税についての資料をとりまとめると、念のためネルツァ様にも査読していただく。
特に、前世の記憶がある私にとっては当然のことも、この世界だと当然ではないことが多い。
なので、それを無意識にスキップして説明していないかが、気になる。
資料として問題がなければ、このまま王城に届ける手はずだ。
「うん、問題ない。素晴らしい提案だね。この資料ならば、チョールエ殿の裁決で進められそうだ」
この国は専制君主制なので、議会が特にあるわけではない。
というわけで、国王陛下が先日興味を持ってくれた以上、資料で説得できれば、運用も始められるのだろう。まぁ、各お大臣自体は存在するので、反発がでる可能性はあるけどね。
この制度では、領土の大きな貴族ほど、負担が高くなるのだ。そこで、ノブレス・オブリージュ。つまり、持てる者の義務、高貴なる者の責務、財産や地位に伴う行うべき負担の説明もたっぷり入れ込み、公侯爵家などの、特に上級貴族のプライドをつつくことで、納得をさせるようにしてみた。
うまくいくかは、わからないけど。
「特にこの、ノブレス・オブリージュについての記載は、よく入れたね。ここがあると、カールレイ公爵家が味方についてくれるだろう」
「やった! 変な軋轢は、できれば少ない方が良いな、って思って」
ネルツァ様も、うんうんと頷く。よし。これは手応えがありそうだ。
これをネルツァ様から、ネルツァ様のお父様であるロクツォーネ侯爵経由で、チョールエ様にあげていただく。
私は、あとはのんびりと待つだけだ。というか、それ以外にできることはない。
***
そして今、私は侯爵家のメイドさんたちに、ペッカペカに磨かれている。
隣ではソマイアも、ペッカペカに磨かれている。前世ではお試し価格でしか、エステを受けたことないけど、あれの上位互換だわ。すっごく、気持ち良い。
「ところで、なんで私は今、ペッカペカにされてるの?」
「ふふ。私とお出かけよ」
「ソマイアと?! 久しぶりじゃない」
あっという間に剥かれて磨かれたので、何がなんだかわからなかったけど、なるほど理解。
髪の毛をくるりんと巻かれる。
それをアップにしたら、妙に華やかになった。ほほう、技術……!
化粧もして貰い、なんだか少しだけ美人に、なれたような気がした。
「あっ、この間のドレス!」
「そう。私と色違いの、おそろいよ」
お出かけのために、おそろいだったのか。なんだか嬉しい。
ソマイアのドレスはライトブルー。ネルツァ様の瞳の色だ。これは貴族ではよくあるやつね。婚約者の瞳の色。
対して私は若草色。婚約者がいないから、自分の目の色かと思ったけど、そうではない。
ちなみに私の瞳の色は紫。さすがはファンタジーよねぇ。
「さ、支度はできたわ。ホールで二人が待っているから行きましょう」
「二人?」
ん? ソマイアと二人での、お出かけじゃないのかな。誰か一緒に行くのかしら。
美しい深緑の絨毯の敷き詰められた階段を降りると、そこにはシックな衣装を身にまとったネルツァ様と、ディアスが待っていた。
え、待って。
ディアスの、そんな服装初めて見た。
深い紫色のジャケットは、角度によって、黒にも見える。これも、侯爵家の仕立てなのかもしれない。
いやそれは、あとで確認しよう。
だって、なんといっても、ディアスが――めちゃくちゃ、格好良い。
思わず動きが止まった私に、ディアスが笑う。
「お嬢様、とてもお似合いです」
「その──ディアスもその服、すごくその……格好……良いわ」
本当に、どこの貴族かと思うくらい似合っていて──。
私はちょっと、どうして良いのかわからなくなってしまった。
「お嬢様? なんで俺の方見ないんですか?」
「え、いや、その……」
「ねぇ。俺を見てくださいよ」
ちょおおおおお。
なんでそんな、私が聞いたことないような声だすのよ。
もう、これ本当に前世なら「待って、CV誰?!」ってパッケージ確認しちゃうくらい。
「ディ、ディアス? なんでそんな声出すの」
「声? 俺の声はいつも通りですよ」
「嘘よぉ。そんな甘い声……」
「甘く聞こえますか?」
ちらりと見たら、顔まで甘い。
え、どういうこと?
昨日、ソマイアに言われたことを、思い出してしまう。
ディアスのことを、私が好きかもしれないというアレよ。
これ、もしかして私がディアスのことを好きだから、いつもの声や顔が、甘くみえてしまうのだろうか。
うう……。
「お嬢様、馬車へ行きましょう。お二人がお待ちですよ」
「あ、うん。そうね」
ディアスのエスコートで、馬車に向かう。
いつもと同じようなのに、妙に緊張してしまうじゃない。
「そのドレス、とてもお似合いです。それに髪もメイクも、お嬢様の可愛らしさを、引き出してる」
「さ、さすがよね。侯爵家のメイドさん」
「お嬢様の素が良いからですよ」
「ディアス。今までそんなこと言ったこと、ないじゃないの」
「遠慮するの、やめたんです」
「……は?」
「いえ。お嬢様にはちゃんと言わないと、伝わらないって思いましてね」
ディアスは、何を言っているのか。
それはまるで、今までも思ってた、みたいな言い方じゃないの。
「ほら、馬車ですよ。乗れますか」
「乗れるわよ」
「残念。抱き上げようと思ったのに」
「さすがにそれはないわね」
「俺もちょっと、やり過ぎだと思いました」
くすりと笑うディアスは、いつも通り。
さっきのはもしかしたら、私の格好がいつもより盛ってるから、あわせてくれたのかもしれない。
「違いますよ」
「ん?」
「盛ってるから、あわせたわけじゃないです」
「……私、口から出てた?」
「出てたわよーう」
「ソマイアまで」
向かいに座るソマイアが、からからと笑う。
四人を乗せた馬車は、私の知らない目的地に向かって走り出していった。




