3 婚活なんてしまくったわよ!
「アニタ、お料理についてはスタッフの方にお願いしておこう」
おっと。卒業パーティの最中だったわ。
親友のソマイアが、困った様な顔をしている。
そうよね、普通貴族令嬢がこんなことしないものね。とは言え、私が学園のパーティの度に残り物をいただいて帰っているのは、彼女も知るところ。
あ、もちろんちゃんと学園にも話は通しているわよ。黙って持って帰るのは泥棒みたいなものだからね。
「そ、そうよね。さすがに今日は主役だもんね」
「そうそう。私たちの卒業パーティなんだから、スタッフにとりまとめて貰った方がいいわ」
ソマイアの言うことも、もっともだと思い、近くにいた配膳係の方にお願いをする。
彼は少し驚いた顔をしたけど、この料理が余ったら捨てられることを知っているので、快く引き受けてくれた。
「それにしても、あの聖女は本当に碌なことをしないまま、今日を迎えたわね」
「本当に……。私の婚活をぶっ潰したのは、あの聖女だもの」
思い出すだけでも腹が立つ。
そもそもこの学園は、貴族と特別に許可された平民だけが通う場所だ。
特別に許可とは、例えば豪商の子息子女であったり、例の聖女のような存在だったりと、王侯貴族にコネがある立場と言えばわかりやすいだろう。
因みに聖女といっても、よくある世界を救う唯一! みたいなものではない。この世界では数百人に一人くらいの割合で現れる、癒やし魔法の使い手を聖女と呼ぶ。魔獣が出るこの世界では、癒やし魔法が使えるとわかった子どもは、すぐさま教会に保護されるのだ。
保護、と言っても無理矢理ではないので、教育のために教会に通うみたいな形らしい。それで、本人が望めば学園にも通える。
まぁ、通学費はお国が出してくれるらしいので、良いご身分よねぇ。
貴族がメインのこの学園は、ご多分に漏れずお金がかかる。
めちゃくちゃかかる。
王族とかも、通っちゃうところだからね。
日本で言えば、あの、象徴となるご一家がご幼少のみぎりから通う、幼稚舎からあるあの学校を思い浮かべていただければ良いと思う。
あそこはそれでも、一般人も中学高校とあがっていけば入れるような感じだけど、ここは違う。
遠慮なくお金がかかるのだ。何故なら、この世界の貴族はエグいくらいお金を持っている。
……ところが多いから。
つまりうちは別、お金なんて持ってない、ということなんだけど。
それでよく私が入れたって? そりゃ……
「せっかくアニタが奨学生として入れるように、勉強頑張ったのにねぇ」
「そう! そうなのよソマイアぁ」
ソマイアと私は、母親同士が仲良しだったので、幼少の頃からの知り合いだ。所謂幼なじみ。だから彼女は、我が家の状況もよく知っている。
「高位貴族のご子息なんて、私は希望していないし、だからと言って、中級下級貴族の方々も婚約者がいるのが普通。第一、私は入り婿を探さないといけないから、次男三男じゃないとダメ」
「それで学内の夜会に出まくってたものね」
「学内の夜会なら、ドレスもいらないもの!」
この学園は、貴族同士の人脈を広げる場でもある。
そのため、学内で夜会が頻繁に開かれていた。
この世界ではアルコールの制限は特にないが、学内ということでアルコール度数の軽いものか、ジュースで割ったものが提供される。そして、誰でも参加しやすいようにと、ドレスではなく制服がドレスコードとなっていた。
貧乏子爵家、通常の夜会はドレスが用意できないけれど、制服であればお母様が使っていたお下がりが複数着あるから、バッチコイなのだ。
ちなみにこの学園の制服は、ここ三十年以上変わっていない。
ありがたや……。
「なのに、夜会でよさげな方に声をかけていると、すぐに聖女が近付いてくる」
「そして次の夜会では、何故かその殿方は、いないのよね」
「そう……。調べてクラスに行ってみれば、急に領地での縁談が決まって、退学していったと」
縁談が決まることはめでたい。
だけど、それでどうして学園を途中で辞めてまでして、領地に帰るのか不思議で仕方がなかった。
だってこの学園を卒業した経歴がある方が、貴族の次男三男としては、就職しやすくなるからだ。
所謂、今は体面上なくなっている(らしい。本当か?)「ええ大学出た学生のエントリーシートは、優遇しちゃろ」系ってこと。
「この件については、ソマイアにお世話になりました」
「いえいえ、私もビックリしたわよ」
そんな夜会があまりにも続き、めぼしいと思っていた男子学生がいなくなったことに衝撃を受けた私が、ソマイアに泣きついたのだ。
そうしたら彼女は、「ちょっと調べて貰うわ」なんて言い出した。
調べて『貰う』。
まさにその言葉の通り、彼女の婚約者は、お国の諜報的な事を密かに受け持つ家系なのだ。もちろんそれは、他家に堂々と言っているわけではないんだけどね。
『聖恋』に出てきたのよねぇ。彼女の婚約者が。
例の聖女の攻略対象だった、ネルツァ・エル・ロクツォーネ侯爵子息。
ソマイアが彼の婚約者になったと聞かされたときには、意地でもネルツァをソマイアにめろめろにしてみせる! と誓ったものだ。
結果、本当にめろめろになってくれたので良かった。実は『聖恋』の情報で、彼がそういった立場の家系であることを知っていたのが、二人の仲をうまくいかせたポイントだったんだよね。
いやそれは今は深く触れる必要はなかったわ。
つまりまぁ、そんなわけで、ネルツァが調べてくれたのだ。なぜゆえ、私が狙った男どもが、ことごとくすぐに領地に戻って結婚してしまったのかを。
「まさか、聖女が親しくなろうとしていた男性を、片端から学園から追い出すために、第三王子が、それぞれの領地のそこそこの平民と婚約させて、退学まで指示していたとはねぇ」
「ほんっっっとに! 何をしでかしてくれんのよ、あの聖女とアンポンタンは!」
本当はKUSO王子(スタイリッシュな表現をしてみたわ)と言いたいところだけど、KUSOに王子なんて単語を追加してしまったら、誰かに聞かれたときにちょっとね。
「どうせ婚約者を斡旋するなら、私を斡旋しなさいよ! だったら即座に一緒に学園を辞めて、子爵領に帰ったものを!」
何回も何十回も参加した夜会で、あの聖女はガンガンつっこんできた。そんなに大事なら、首輪でもして隣に並べておけよKUSO王子。あ、これは心の中なので言ってもOK。
「結局学園内に残ったのは、婚約者のいる男子生徒か、いくら入り婿が必要だと言っても、コイツと結婚するなら冒険者の方がいいんじゃない? という、激ヤバ案件だけ……」
「本当にね……。私から見ても、それは止めなよってのばっかりよ。とてもじゃないけど、贅沢を言ってるんじゃないの? なんて言えない案件」
「でっしょ! なのにお母様なんて、贅沢はダメよ、選んでるんでしょなんて」
「おばさま……」
「ん……? あれ?」
「どうしたの、アニタ」
気付いてしまった。
そもそも、我が子爵家は入り婿が必要なので、別に相手の爵位は必要ない。
そして、妙に金を使うことを覚えている、つまり贅沢を知っている貴族の息子は、貧乏子爵家を忌避する。
でも、考えたら贅沢を知っているヤツなんてこっちから願い下げだ。
それはつまり――。
「私の結婚相手、貴族である必要なくない?!」