2 我が家は貧乏子爵家
ここが乙女ゲームの世界だと気付いたのは、四歳のころ。
我が家は子爵家とは名ばかりの、貧乏一家。そのため、なかなか婿に来たいと思ってくれる人がいない。
由緒は正しく、古い家系ではあるのだけれど、領地が少ないので、お国に税を納めたら手残りが少ない。その少ないお金を領民のために使うので、我が家が使える分なんて、たかがしれているのだ。
「くっ……! ここでも税金か……!」
我が家の現状を知ったときに、思わず口から出た言葉がそれだった。齢六歳の娘が口にすることではないだろうが、それは許して欲しい。
何故なら私は、前世の記憶を有する、所謂『転生者』というヤツなのだから――。
前世の私は、小さな会社で事務をする貧乏OLだった。年末調整を確認すると、
「おい! 国はこんなに税金持ってってたのか!」
と、毎年文句を言う、ありきたりな人間。
楽しみはスマホでやるソーシャルゲームで、特に乙女ゲームが好きだった。
え? 恋人?
既婚者ばかりの小さな会社に勤めていて、出会いなんてあるわけがない。
マッチングアプリは変なのに絡まれることが多くてやめたし、結婚相談所はお金がかかりすぎて、私の給料じゃ、とてもじゃないけど無理だった。
自分が死んだときのことは、覚えてる。
数年ぶりの大寒波で、夜中に氷点下まで気温が下がった翌朝のことだ。
在宅ワークなんてどこ吹く風の弊社。出勤のためにアパートのカンカン音がする凍った鉄の階段で、するりと足を滑らせて、哀れ一気に一階まで転落。階段下のコンクリートに頭を打ったところまでで、記憶は消えている。
多分、というよりも、確実にあれが死因。
そして次に目が覚めたら、ファンタジーの世界だったというわけ。
どうしてファンタジーの世界だとわかったかって? 両親の髪色がぶっ飛んでいたからよ。目を開けて入ってきた大人の髪色が黄緑だったりピンクだったりしたら、パンクな両親かファンタジーかのどっちかだ。パンクな両親じゃなくて良かったよ。自分がそのノリについていける自信がなかったからねぇ。何故この二人から私のような地味な髪色が生まれたのかは謎だ。
赤ん坊の頃から日本人としての記憶があったけれど、慎重に赤ん坊のフリをし続けていた。この世界がどんな世界かわからなかったから、変なことに巻き込まれないための自衛策というやつだ。
母親に連れられて、だんだんと周りの貴族と交流を持つようになった四歳の頃に、ここが『平民聖女は恋をします!』略して『聖恋』だということに気が付いた。ちなみに死ぬ前夜にやっていた乙女ゲームだったりする。死ぬ直前にやってたから、この世界に転生しちゃったのだろうか。
でもアニタ・モルニカなんて名前に覚えはないし、私の顔は、そりゃ日本人だった頃の自分に比べたら美少女だけど、この世界基準で考えたらモブ・オブ・モブの顔。ヒロインでもなければ、相対する令嬢方でもない。
ということは、世界観は『聖恋』だけど、私の人生に『聖恋』が関わることは一切ないというわけ!
これには安堵したわ~。変に巻き込まれたら、せっかくの新しい人生が台無しだものね。それに、貴族のお嬢さまに生まれ変わるなんて最高じゃない!
……と、思っていたのは六歳になるまで。
六歳のときに、うっかり見てしまった我が家の帳簿。いやぁ衝撃でしたわ。
確かにね。
前世と比べて大きな家に住んでいるから気付かなかったけど、貴族というわりには使用人が少なかったり、豪奢なドレスなんてものもなかった。
食事も、貴族が食べるイメージに比べてこう……、少ない印象はあったけれど、それは私が子どもだからかと思っていたのだ。
親の食卓を見たら、私とほとんど変わらない品数だったよね。
貴族なので多少の体面を保たねばならない、というところも悩ましい。
これはもう、なにか一発逆転を狙いつつ、できる貧乏脱却努力をせねばならない。
幼心にそう決意したものだった。
貧乏OL、転生しても貧乏でしたわ……。
そんな私も、貴族令嬢としては結婚をしないといけない。
とはいえ、歴史はあってもお金はない貧乏子爵家に、好んで婿入りしてくれる人はなかなかいないのだ。
「せっかく猛勉強して、奨学金で学園に入学したのにねぇ」
「そうなんですよ、お母さま。学園で開催される夜会という夜会にも参加したのに、あの……っ聖女が!」
私が通っていた学園は貴族と、特別に許可された平民だけが通う場所だ。特別に許可とは、例えば豪商の子息子女であったり、聖女のような存在だったりと、王侯貴族にコネがある立場と表現すれば、わかりやすいだろう。
「ねぇねぇ姉さま。せーじょって何?」
「初めて聞くかしらね。聖女というのは、数百人に一人くらいの割合で生まれる、癒やし魔法の使い手のことよ」
この世界での聖女は、よくある『世界を救う唯一の存在』のようなものではない。魔獣が出るここでは、癒やし魔法が使えるとわかったら、すぐさま教会に保護されるのだ。
「癒し魔法が使えるとわかると、教育のために教会に通って、本人が望めば学園にも通えるの。しかも通学費はお国が出してくれるのよ」
「え~っ。姉さまはたくさんお勉強して、お金を出してもらったのに?」
「そうよ。聖女になれば、国が出してくれるんだから、いいご身分よねぇ」
「あたし聖女になろうかなぁ」
「なろうって思って、なれるわけないじゃなぁい」
妹たちはそう言って、きゃいきゃいとはしゃいでいる。
「それで、聖女に何をされたの」
お母さまの言葉に、視界の端に見えるディアスも、興味津々といった顔でこちらを見ていた。
もう! 分かりましたよ!
あの学園で起きたことを、しっかりお話しします!




