29 女子会
「アニタ! 久しぶりねぇ」
「ソマイア、元気だった?」
ネルツァ様のお屋敷に到着するとすぐに、ソマイアが部屋に来てくれた。
すっかり侯爵婦人のオーラを身につけた彼女は、それでも学生時代と変わらない親しさで、安心する。
本当なら子爵家と侯爵家では、家格が違いすぎて、親しくすることも難しい。
ネルツァ様とソマイアの優しさに、感謝だ。
「アニタが来るって聞いたから、ドレス用意したの。せっかくだから、コーディネートさせて」
「へ? 私予算ないよ」
「まかせて! これは私の接待費として、使って良いお金だから」
「いやいやいやいや、ロクツォーネ侯爵領の税金じゃないの?!」
「だからよ! ロクツォーネ侯爵領は絹が特産なんだから、ドレスを私たちが購入することは、領内のお金を巡らせることになるわ」
なるほど。
……って納得してしまった!
「うんうん、わかってくれて嬉しいわ。さぁ、こっちの部屋へ」
そうこうしているうちに、ドレスショップのスタッフを呼んでいる部屋に、連れ込まれてしまった。
ドレス用意した、って……こういうことなの?!
思ってたのと違うんだけど!
「彼女に似合うドレスを、三着ほど選びたいの」
「えっ、三着って」
「それとあわせて、私のも三着」
有無を言わせぬ勢いで差配するソマイアに、私はおとなしく従うことにした。
レースをふんだんにつかったドレスは、私が今着ているドレスと比べて、随分と華やかだ。
既製品のドレスを試着して、その場でサイズ直し。
幸いそこまで規格外の体型ではないので、それで問題がない。
というか、そもそも前世も今世も、基本的に既製品が基本ですしね。オーダーメイドなんてどれだけお金がかかるか。
そう思っていたら、私の試着姿を見て、ソマイアがにっこりと笑っった。
「本当は、オーダーメイドしたいんだけどねぇ」
「何言ってんのよ。この既製品だって、どれだけの金額がすると」
「今度は、オーダーメイドさせてね」
「うっ。反論を許さない口調!」
「言ったでしょ。我が領の特産は絹。モデルは多いに越したことはないわ」
そう言われてしまうと、それ以上拒否はできない。
シンプルな若草色のドレスに、レースとシフォン生地が縫い付けられていく。
あっという間に、ふわふわのドレスが仕上がっていった。
「か、かわいい……」
ドレスのあまりのかわいさに、溜め息が出る。
こんなふわふわのドレス、着たことがなかった。
「似合うわぁ。あ、こっちのタイプもいってみようか」
今度は、ちょっとシュッとしたタイプ。
いわゆるマーメイドドレスというやつだ。
水色をベースにして、後ろでつまみ、ドレープを作っていく。
こんな大人っぽいデザイン、似合うのだろうか。
「あら、いいじゃない! ほら、鏡見て!」
目の前に出された鏡に映る自分に、びっくりする。
馬子にも衣装、とはこのことか。
スタイルの良い女性じゃないと似合わないかと思ってたけど、バランスの良い仕立てだと、地味な私にも似合うらしい。
――正直に言おう。
めっちゃかわいいんじゃない? 私!
「じゃあ最後は、もう少しシンプルで普段使いできるやつね」
「まって。これを、普段使い?」
着せられたドレスは、確かに丈こそくるぶし丈のワンピース風だけど、袖がフリフリで、しかも刺繍ががっちり入っている。
どう考えても、高級ドレスのジャンルだ。
「いいのいいの。あとは、この三つそれぞれに合うアクセサリーを」
「アクセサリーは、特産じゃないでしょ?!」
「うちの実家の石を使ってるから、大丈夫」
一体なにが大丈夫なのだろうか。
でも、こうなったソマイアは、止まらない。
それは長い付き合いなので、良く知っているのだ。
私のことを想って、考えてくれる。
優しい、友人だ。
すっかりソマイアと店員さんによって飾り付けられた私は、そのまま侯爵家のお庭でのお茶会──とはいっても、ソマイアと二人だけど──に参加することに。
「で?」
「で、とは──ああ! 聖女は無事に、お縄になったわよ」
「そうだけどそうじゃない」
「そうなら良いんじゃない?」
あ、紅茶美味しい。さすが侯爵家。扱っている紅茶も高級だわ。
袖口のひらひらレースが、ちょっと邪魔ね。可愛いけど。
「婚活よ、婚活。今日一緒に来た彼が、お相手?」
「へぁっ?!」
あっぶない。
危うくカップを落とすところだった。
このカップだって高級品よね。どう見ても。割ったらいくら弁償しないといけなくなることやら。
「彼は、ソマイアも良く知ってる人よ」
「私が? ん? え、もしかして」
私とソマイアは幼なじみ。つまりディアスにも、直接会ったことがある。
ディアスは、影ながら見守ってくれてたから、ソマイアのことは良く知ってるけどね。
「ディアスよ」
「えっ。格好良くなったわね?!」
ディアスを褒められると、嬉しい。
「って、なんでアニタが照れてるのよ」
「いやなんか、なんとなく?」
身内を褒められると嬉しい感覚かな。
うん。ディアスは家族みたいなものだしね!
「でもそうかぁ。卒業式の日は、ディアスは違うとか言ってたけど」
「いやあの、ほんと、そういうのじゃないから」
「なんでよ。二人並んでると、すごく良い感じだったじゃない。アニタは、彼が好きなんじゃないの?」
え。
私が?
ディアスを?
「やだ、無自覚? ウソデショ。やだ……かわいそうに」
「私もしかして、かわいそうな子?!」
「アニタじゃないわよ」
「私じゃないの? 何どういうこと」
「あぁもう、良いわ。アニタ、今日はじっくり話すわよ。彼のことをどう思ってるのか、一緒に見つめ直す必要があるわ」
両手をがっちりと握られる。
確かにディアスを、格好良いとは思い始めてたけど。
それはそれとして、っていうか。
ただ、今の私はソマイアの勢いに、首を縦に振るしかなかった。




