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婚活中の貧乏子爵家令嬢ですが、小料理屋を開業したら幼馴染みが溺愛してきます  作者: 穴澤 空@ドアマットヒロイン1巻発売中!


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28 お嬢と俺(ディアスside)

 あの夜、オヤジは俺を呼び出した。

 いや、正式には、奥方様のいる執務室に、呼ばれたのだ。

 ちなみに、旦那様は他領に出掛けておられる。


「ディアス。お前、お嬢さまへは、今後どう接するつもりなんだ」

「へ? どう、って……」


 あのときの俺は、そうとう間抜けな顔をしていただろう。


「お前はお嬢さまのことを、好いているんだろう。今、お嬢さまは平民でも、受け入れてくださる」


 オヤジの言葉に、俺は動きが止まる。


「あらあら。もしかしてディアスは、私たちには知られていないと、思っていたのかしら」


 続けざまに届いた言葉は、奥方様のものだった。

 つまり、バレていないと思っていた俺のお嬢への想いは、実はばっちり、オヤジどころか子爵家の皆さまにバレていたらしい。

 気付いていないのはお嬢だけってのが、良いのか悪いのか、だけど。


「も、申し訳ありません。ですが、けして手を出したりとかは、しておらず」

「当たり前だ、阿呆が」

「クリアノったら、そんな言い方するもんじゃないわよ」

「しかし、奥方様」

「ディアスは、これまでしっかりと、立場を踏まえて接してくれたわ。ただ、ねぇ」


 少しだけ首を傾げた奥方様の表情は、お嬢と似ている。


「あの子、ニブいでしょう? ちょっとどころか、しっかりと頑張らないと、難しいんじゃないかしら」

「失礼ですが、奥方様。その、これはお嬢を想うことを、許されていると考えて宜しいのでしょうか」

「ふふふ。許すとか許さないとかは、今更でしょう。私たち、皆知ってるというのに」

「その……。い、いつから……」

「んー。あの子が小さいときから?」


 それは相当昔から、というか、ほぼほぼ俺が、お嬢を意識し始めた最初から、という話ではなかろうか。


「あの子への思いを断つために冒険者になったのに、やっぱり無理で三ヶ月で戻ってきたことも知ってるわよ」

「あ……まさかそこまで……」


 俺の言葉に、奥方様が笑った。


「むしろ、我が家はあなたを応援しているわ」

「応援?!」

「そ。あの子が、貴族相手じゃなくて良いと言い出してから、私たちもそれに気付いてね。そうなると、一番良い相手は、あなたなのよ」


 最後は奥方様の目だけが笑っていない状態で、そう言われた。

 嬉しい話ではあるが、ヘラヘラ笑うような内容ではない。


「ディアス。あなたなら、アニタとともに歩くことができると思うわ。アニタがあなたを認めたなら、私たちに否やはない。というよりも、むしろ大歓迎よ!」


 え、これつまり、奥方様が、歓迎してくれているとか。マジか……。

 奥方様の目はやっぱり、笑ってないけど。


「ただ、第一はあの子の気持ちよ? あの子の気持ちを踏みにじることだけは、だめ」

「それは当然です! この気持ちは、もとより墓場まで持って行くつもりで、これまでは生きてきました」


 お嬢が平民を結婚相手として、視野に入れるということになったので、少々話は変わってきたが。

 今までどれだけお嬢に対して、衝動的な気持ちを抑え込んできたか。

 この気持ちとともに、思春期を乗り越えた俺は、正直偉いと思う。


「よろしい。で、あれば、チャンスはあげましょうね」

「チャンス?」

「ええ。アニタがあの女と、冒険者の彼を王都まで連れて行くでしょう?」

「はい」


 例の聖女と、ランディオのことだ。


「護衛が必要、だと思わない?」

「――っ! 奥方様! どうか、お……私を、お嬢の、アニタ様の護衛として、王都までお供させていただけないでしょうか」


 俺の言葉に、奥方様はようやく、目の奥に笑みを浮かべた。


「ええ。良いでしょう」

「ありがとうございます」

「王城への往復と、王都での時間をアニタとともに過ごし、あの子を守ってあげてちょうだい。それから――そうね。アニタを口説き落として、いらっしゃい」 


 女神か……!


   ***


 あの自称セイジョとかいう女が、俺へ媚びた目を向けてきたときは、その目を潰してやりたくなった。

 が、彼女が俺のことを『良い男』と言い出して、色目を使ってきたときのお嬢の対応は、可愛かった。


 ──聖女さん? あなたが愛しているのはこっちの二人の男性のどちらかでしょう? うちのディアスに媚を売らないでいただける?


 うちの!

 うちのディアス!


 これを聞いたとき、俺は口元が緩むのを、必死で堪えていた。乗り切った俺は偉い。

 お嬢がどういうお気持ちで言ったかはわからないが、もしかしてちょっとは、意識してくれてるのかもしれない? なんて淡い期待が生まれてきた。


 そして今。

 お嬢が隣に。馬車の隣に座っている。しかも。寝ているのだ。

 いや、最初は向かい合わせで、座っていたんだ。


 でもお嬢が、うとうとと眠りかけていたからその──頭をぶつけたらいけないと思って、隣に座って頭を支えることにした。

 これは! これは一応護衛としての職務であり、断じて! 断じて下心など──いや、下心しかないんだけどな。


「行き先は、王城でしょう? やっぱりお一人でなんか、行かせられません」


 お嬢にそう言ったときには、できるだけドキドキしてもらいたくて笑顔を作ったけど、どうやらそれが良かったらしい。

 赤い顔をして、「ううん。なんでもないの。そうよね、エスコート、エスコートが必要だものね」なんて呟いていた。


 心の中でガッツポーズをしたのは、言うまでもない。

 王城では、俺の立場では途中までしか行けない。

 騎士とは言え、あくまでも立場は平民だからな。


 王城では、お嬢のご親友のソマイア嬢の婚約者、ネルツァ・エル・ロクツォーネ侯爵子息が、陛下への執り成しをしてくれるという。他の男にお嬢を預けるのは釈然としないが、侯爵子息という立場には、かなわない。

 まぁソマイア嬢と子息は、仲睦まじいと聞いているから、大丈夫だろう。


「ん……ディア……ス」


 んんっ? 今! 今、お嬢は寝言で、俺の名前を呼ばなかったか?

 呼んだ。

 確かに呼んだ。

 お嬢は俺の夢を見ているのか?


 いや、落ち着け。これはたいしたことがないパターンというのも考えられる。小さい頃から、一緒に過ごしているからな。

 過去の思い出が夢に出てきている場合も、あり得るんだ。

 でも──。


 お嬢が、夢でも俺を思ってくれている。そう考えただけで、嬉しい。

 正直、ものすごく嬉しい。

 はぁ……。

 なんて単純なんだ、俺は。

 思わず見上げた馬車の天井は、とても低かった。


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