27 謁見 4
「ありがとう」
陛下の指先が、私の手を包んだ。
わっ、あたたかい。陛下の手ってあったかいんだ。
こんなこと、まさか知ることになるとは、思わなかったけど……。
「そろそろお茶を、替えて貰いましょうかね」
チョールエ様のその言葉に、部屋の空気が軽くなる。
ふぁー、よかった。
「アニタ嬢も、大分慣れてきたみたいだしな」
ネルツァ様が、からかうように笑う。
笑い事ではないのだが?
「え、いえ、その。それよりネルツァ様は、陛下と良くお会いに?」
「まぁねぇ。ジャンの学内の様子を、報告したりしてたから」
あ、そうだった。
この方のお家は諜報とかまぁ、そういうののご担当でした。
陛下とその家の嫡男が、良くお会いしてもおかしくはないか。
「そういえば、ソマイア嬢とアニタ嬢は、仲良しだとか?」
「ええ、チョールエ様。母親同士がもともと仲が良くて、その縁で幼きときより」
「なるほど。と言うことは、ゆくゆくはロクツォーネ侯爵夫人となる、ソマイア嬢と一緒に社交にも来て貰えるのかな」
陛下が言葉を継ぐ。
これはあれか。社交に来て、ジャンジャックの話を聞かせろってことよね。
「畏れながら陛下。我が家はお恥ずかしくも、非常にその……貧しくて、社交界に出ることはなかなか」
「あれ、そうだっけ。領地は問題なく、運営されていると」
陛下のその返しに、私のセンサーがピコリと働く。
これは!
今がチャンスなのでは?
「陛下。ここでの言葉は、無礼となれども不問としていただける、との先のお言葉は、まことでしょうか」
「……うん? うん。いいよ、何でも言って」
今、ニヤって笑ったわね。
陛下、さすが王様やってるだけあって、やっぱり怖い人だわ。
「我が領地は、あまり広くありません。対しまして、例えばカールレイ公爵領は、いかがでしょう。我が領の、何倍もの広さを誇っておられます」
「うん、そうだねぇ」
「そこで現在の、国税でございます。現在の国税は、領地の広さにかかわらず、一律にございます。無論、不作の時などは考慮いただけますが、広さに対する考慮がございません」
「確かに」
チョールエ様は、手元にメモを用意している。
あとで不敬だなんだと言われたらどうしようと思いつつ、我が領地のためには、ここが踏ん張り時だ。
「ここで私は、累進課税制度をご検討いただきたく、提案いたします」
「へえ、累進課税制度。どんな制度なの?」
陛下は、私の言葉に怒ることなく、先を促してくれる。
「一言で言ってしまいますと、その領地の収穫量に応じた、または領地の広さに応じた税率です。一律の金額ではなく、各領の負担感を、同程度にするのです」
ネルツァ様が、身を乗り出してきた。
「収穫量や広さに対して、一律に比重をかけるということ? 例えば今、百ソロンド納めよと言っているものを、領地に対して十五パーセント納めよ、のように」
良し! 陛下が乗ってきた!
「それも良いのですが、それだと結局総量の大小に対しての負担感が、変わってしまいます。そこで、広さ、または総量を段階別に分けて、担税を等しくするのです」
もちろん、累進課税制度だけでは、公平性を担保することはできない。
ただ、個人の収入に対する累進課税制度と違い、領地であれば、もともと分け与えられている領土に基づくところがあるので、ある程度は理解がされると思う。
「アニタ嬢。それはなかなかに、興味深い。あとで資料を作って、ダウグスに提出して欲しい」
「ありがたき幸せ……! 耳を傾けていただき、本当にありがとうございます」
「僕はもう少し、こういう話を聞ける場を、設けた方が良いのかもしれないね」
陛下が柔らかく笑う。
それはまるで、畑の収穫を終えた、農民の笑みと同じようだった。
「──さ、そろそろ戻らないと。アニタ嬢、良かったらたまに、手紙を出してくれないかな。君からの手紙は、僕に届くようにしておくから。ね、ダウグス」
「まったく、親馬鹿なんですから」
あ、親馬鹿は、周知だったんだ。
「そんなことは……ちょっとしかないよ」
「自覚がおありなら、結構」
笑いながら、陛下とチョールエ様は、お部屋を後にされた。
「……つ、疲れた……」
「はは。お疲れ様。でも、途中から絶好調だったじゃないか」
「いやぁ。税制については、今を逃してはならない、って思っちゃって」
おっと、口調がいつものようになってしまった。
「あれ。王城だから、堅苦しい言葉遣いにしてたんじゃないの?」
「謁見が終ったから、もう良いのよ」
そう。
私とネルツァ様は実は、普段はこのくらい砕けた会話をしている。ソマイアと三人でお茶なんかをしていたら、そりゃこうなるよねぇ。
でも、うっかり陛下の前で砕けた状態にならないように、今日は最初から、堅苦しい話し方をしていたのだ。
「さ。君の護衛くんがお待ちだよ。私のこと、めちゃくちゃ睨んでたよ、彼」
「なんで?」
「さぁ、なんでだろうねぇ」
手を差し出されたので、のせる。
エスコートをしてもらい、ディアスの待つ部屋に向かう。
なんだか、足が軽い。
これは税制のことを伝えられたからか、やるべき事を終えたからか。
税制について話をできた、って、早くディアスに報告しなきゃ。
馬車の中では、話すことがたくさんある。
あぁ、なんだかワクワクしてきた。
ディアス、私のこと、褒めてくれるかな?




