26 王命の重み
「ランディオ。お前がお嬢を信じるかどうかは、本来関係ないんだ」
「ディアス?」
「お嬢、口を挟んでしまい申し訳ありません。でも、ランディオの今の言いように、黙ってはいられなくて」
ディアスが私のことを、心配してくれていることがわかる。
「ありがとう。あなたの気持ちが嬉しいわ」
私の言葉に、ディアスはこくりと頷く。そうして再びランディオさんに向き、口を開いた。
「この女は、王命に逆らい我が領に逃げ込んできた。そして、お嬢は──モルニカ子爵令嬢は、それを知った。だから捕らえ、すぐに王城に送り返す必要がある。それだけのことだ。ランディオに説明をしているのは、お嬢の優しさと心得て欲しい。本来、お前の理解など不要なのだから」
「……おう、めい」
普通に生活をしていれば、『王命』などという言葉とは、縁がない。
ランディオさんは、改めて言われたその単語の重さに、顔を青くしていく。
「ランディオ。俺は王命で平民となった。家名を名乗ることは、許されていない。先ほど彼女に言ったのも、名乗りではなく、知っているかと確認するためだったからだ。それでも、相当の勇気が必要だった。それが、王命という重さだ」
ゆっくりと、ランディオさんは聖女を見る。
縄で縛られて不満そうにしている彼女は、ここまでのやりとりで、ついに媚を売ることも諦めたようだ。
そこにはもう、彼が森で見た、守ってあげたくなるような愛らしい女の姿はない。
「あーあ。せっかく逃げられると思ったのに。こんなところで、学園の人間二人に会っちゃうなんてねぇ」
「え。私のことも認識してたの?」
「さっき思い出したわ。学園の下級貴族の男に声かけてたでしょ、あなた。面白いから横からかっさらってやろうと思って、割って入ったのよ。私が声をかけたらすぐに、あなたなんて見向きもされなくなって、面白かったわぁ」
は?
あぁ?
お前、あれをわざとやっていただけでなく、明らかに私をターゲットにしていたって言ったか?
「ひぎぃっ」
文句の一つも言おうと思った瞬間。
聖女の情けない、痛みであげた声が響く。
ディアスが床に転がされている聖女を、足で蹴ったのだ。
「貴様、お嬢に対して何を言った? 何をしたという。我らが主家の姫に対する無礼、この場で首を斬られても文句を言えないと、理解してのことだろうな?」
私まで震えそうになる殺気を、聖女に対して吐き出すディアスに、クリアノも何も言わない。いや、静かに見えるあの瞳に、同じように殺気が宿っている。
え、やだ、私ったら愛されてる。
なんて言えたら良いんだけどねぇ。これはディアスやクリアノの、我がモルニカ子爵家への忠誠心。ありがたいことだ。
「ディアス、ありがとう。でもここで斬ったら、問題が大きくなるわ」
「しかし……」
「ディアス殿。落ち着いてくれ。ここできみがこの娘を斬ったら、王命を無視したことになってしまう」
「……チッ。お嬢に不利益になることはできない。命拾いしたな、女」
ディアス、三ヶ月間限定冒険者モードが出てきてない?
普段そんな言葉遣いを、私にしたことないから、ちょっとビックリ。
――というか、ギャップ萌えしそうだわ。アブナイ。
「ランディオさん。申し訳ないけれど、彼女は王都に護送します。陛下の差配次第となりますが、少なくとも、今後自由になることはないでしょう。それで……あなたはどうしますか?」
「どう……とは」
「ここで挨拶をして別れるか、教会で神職となるか、一緒に……護送されるか、です」
最後の単語に、彼は目を見開く。
「彼女が再び教会で聖女を続けられるかは、わかりません。ただ、神職になれば、再会の可能性は僅かながらあります。護送は……本来、あなたも一緒に王城に行く必要はあるんです。知らなかったとはいえ、逃亡を幇助してしまったので。ただ、そうなるとあなたの身を保証はできません。だから……」
ここで別れ、彼女のことを知らないままという設定でいて欲しいと思っている。
聖女の証言でランディオさんのことを、こちらに問われるかもしれない。けれど、シラを切り通すことは、可能だ。
少なくとも、ランディオさんは彼女の事情を知らずに親切心で助け、恋をしてしまったのだから。
「アニタさん、ありがとう……。俺は」
私の目を見て、ランディオさんはゆっくりと、自らが下した決断を口にした。
***
護送車が、動き出す。
先触れとしてその間に、早馬が王城に到着することだろう。
私は護送車の前を駆ける馬車に乗っている。お父さまが現在、仕事で他領にいっているので、私が名代として王城に向かう。一応跡取りだからね。
「ディアスは、付いてこなくても良かったのよ?」
「護衛ですよ。お嬢一人で、行かせるわけにはいかないでしょう」
「学園のときは、一人だったわよ」
「あのときは、乗合馬車だったじゃないですか。一定ランクの乗合馬車の御者は、元冒険者がやってますからね」
「それで乗合馬車はケチるな、あの御者に頼めって言ってたの」
「あれ、知らなかったんですか」
知らなかった。ディアスがやたらと、私が乗る馬車のことを口にしていたのは、そういう理由があったのね。
しかし、なるほど。ジャンジャックは、一番安い乗合馬車に乗ったから、御者が冒険者じゃなくて、あんなことになったのか。
やはりケチってはいけないお金というものは、あるのね。
「それに」
言葉が留まったので、ディアスを見る。
思いがけず、優しい顔でこちらを見ているから、ドキドキしてしまった。
ん? ドキドキ?
「行き先は、王城でしょう? やっぱりお一人でなんか、行かせられません」
うわー、甘い。
甘い顔だ。
なに、ディアスこんな顔できるんだ。やだカッコイイ。
見たことがないような、とろけるプリンくらい甘くてやわらかい表情を浮かべる、ディアス。
心拍数があがってしまう!
そういえば聖女が、ディアスを良い男って言ってたけど……。
女子会三人組もイケメンって言ってたけど……。
え、まさかこの甘い顔、私以外にはいつも見せてたの? いや、そんなことないわよね。聖女にはゴミを見るような目を、向けていたし。
「お嬢?」
「ううん。なんでもないの。そうよね、エスコート、エスコートが必要だものね」
ディアスは平民だけど、一応我が領で、騎士の位を受けている。
王国の騎士ではないので、簡単に言うと地方公務員みたいなものね。でも、地方公務員だったとしても、騎士は騎士。王城の途中までは、入ることができるのだ。
さすがに謁見の間までは、無理だけどさ。
お城の中であれば、危険は基本的にはないはず。松の廊下でもない限り。
だからきっと、私のエスコートをするために、付いて来てくれている面もあるのだろう。
「それにしても、ランディオには驚いた」
「ええ。まさかねぇ」




