25 信じてもらえないのかぁ
「ジャン? お前なにを!」
ワオ。
ジャンジャックったら、大胆にも事実をぶつけることにしたのね。
一方のランディオさんは、ジャンジャックの言葉に、反射的に距離を縮める。
でも、小上がりと椅子では、距離があった。
良かった。念のため距離をとっておいて。
「嘘じゃないさ。なぁ、聖女マーシュ」
ジャンジャックは、聖女の方を挑戦的な瞳で見る。
「ジャンジャック・フィオ・オルレオを知らないなんて、言わせない」
「え……ジャック?」
そういえばジャンジャックは、彼女にジャックって呼ばせていたわね。
ここで新しく知り合った友人たちに、ジャンと呼んでくれと言っていたのは、過去との決別でもあったのかもしれない。
それにしても、どうやらセイジョサマは、そこまで頭が良くはないようだ。
いや、それはわかっていたけれど。
ここでジャンジャックを知っていることを認めたらどうなるのかなんて、想像できなかったのだろうか。
昔の知り合いに出会うとは、思っていなかったのかもしれないけれど。
「そうさ、マーシュ。君への気持ちを愛だと思っていた俺は、今や平民になった。そして、君はここにいてはいけない立場だろう?」
「し、知らないわ。私はあなたのことなんて知らない」
「あら。今彼のことを、ジャックって呼ばなかった?」
「ジャ、ジャンジャックさんって名前なら、愛称はジャックじゃない。だから」
「残念ね。彼の愛称はジャンよ。ランディオさんも、そう呼んでいたでしょう」
苦しい言い訳をする聖女を、今度は私が援護射撃のように、追い詰めていく。
悪いけど、彼女に私が個人的な恨みを持っていることとは別として。別として、よ?
この領地に逃げ込んできた人間が、王命に反しているとわかったなら、子爵家の人間として捕らえないといけない。
ランディオさんには申し訳ないけれど、これは絶対なのだ。
「マーシュ。ジャンと昔何かあったのかい? でも大丈夫。それでも俺は、君を愛しているよ」
わぁお。
グルレンの森で出会って、今日まで大して日も経っていないはず。それなのに、こんなにも愛を渡せるなんて、愛ってすごいのね。
人を好きになるのに、時間なんて必要ないって、聞いたことはあるけど──なるほど、こういうことなのねぇ。
おっと。そうじゃない。
「わ……私は……。その……、違うの……。ランディだけが全て。私はあなたのことを、愛しているわ。ここは怖いから、早く出ましょう? あなたと一緒に、冒険をするわ。この領を、出ていきましょうよ」
すごいな。
この流れで、こんなことを平気で、言えちゃうんだ。
ジャンジャックは、これをどう見てるんだろう。
そう思って、彼の方を見る。ジャンジャックは、呆れたような顔をしているけれど、その目に悲しみはない。
なんというか――思い出補正すらできなくなる、そんな展開よね。
「良くわからないけど、マーシュがそう言うなら、そうなんだろうね。わかった。今日はもう遅い。明日にでも出よう」
ランディオさんって、こんなに頭悪かった? と再び思ってしまう。
夜のお商売の女性に入れあげる男性って、こんな感じなのだろうか。
「……悪いけどジャン、アニタさん。そういうことだから」
どういうことだっての。
窓の外に、気配を感じる。
どうやらディアスが、さらに用意をしてくれたらしい。
一方の聖女は、ランディオさんの言葉に、少し焦っている。
「いいえ、ランディ。私は、明日まで待てないわ。今日、今すぐに、出ま」
「そうね。明日まで待つ必要はないわ」
彼女の言葉を遮り、私が大きな声を出す。
その声を合図に、執事のクリアノとディアスが、店内に入ってきた。
「あら良い男……じゃない。な、何よあなた」
本音が出てるわよ、聖女。
まぁ良い男……良い男──? そうね。ディアスって良い男ね。
うん、そうじゃない。
「二人とも、お願い」
「はい、お嬢さま」
私の言葉に、クリアノがランディオさんの間合いをとり、彼の動きを封じる。その間に、ディアスは素早い動きで聖女の腕を掴み、その手を後ろに回させた。
「くっ……。あなたは……」
「冒険者としては、まだまだ動きが甘いな」
ランディオさんが動けないでいる。
クリアノはおっとりオジサンに見えるけど、元凄腕の冒険者だ。
戸惑っているランディオさんに対して、私は口を開いた。
「ランディオさん、ごめんなさいね。でも、私は。アニタ・モルニカは、モルニカ子爵家の継嗣として、聖女マーシュを捕らえる必要があるの」
私の言葉に、ランディオさんは驚いた顔をしている。
そりゃそうよね。
愛した女は、ついこの間まで一緒に会話をしていた男に後ろ手にされているし、行きつけの店の女将は、子爵令嬢だったりしてるんだもの。
「え、えぇと。聞きたいことは、たくさんあるけど──いや、ありますが」
「言葉遣いはそのままで、大丈夫。私が身分のことを、言ってなかっただけだから」
「いや、そういう訳には……」
「それで文句は言わないから、安心して。第一、これじゃ話もしづらいし」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
ランディオさんは、少しだけほっとした顔を見せる。
「アニタさんは、領主様のご令嬢だったんだね」
「言わないでいて、ごめんなさい」
「こんなふうに、店をやっているんだ。言ったら危険が伴うかもしれない。黙ってるのはおかしくないさ」
そう言うと、ランディオさんはジャンジャックの方へ、顔を向けた。
「――それで」
ジャンジャックも、覚悟を決めた表情を浮かべる。
「その。聞き間違いじゃなかったら、ジャン……君は」
ジャンジャック・フィオ・オルレオと、彼は名乗った。
第三王子は王太子と違って、そんなに国民に顔を知られているわけではない。
特にこのジャンジャックは、学生時代そこの聖女に首ったけで、禄に公務すらしていなかったからね。
王都から遠い、ランディオさん始めこの領の人たちが、その顔を知らないのは、無理もない。
ただ、名前を聞いてしまったら、話は変わる。
オルレオ、とはこの国の名前だからだ。
その国名を名乗ることができる人間なんて、王族しかいない。
まぁ、ジャンジャックは今はもう、王族ではないんだけどね。
「黙っていて申し訳ない。俺は──元、第三王子だ」
「元?」
「そこの女性……聖女マーシュを愛してしまい、彼女との婚姻を望んだんだ。それで、王族を追われた」
ひゅ、と息をのむ音がする。
ランディオさんだ。
肝心の聖女は、どんな表情をしているのかと思って見れば……。
ちょっと! なにディアスに色目使ってるのよ!
「聖女さん? あなたが愛しているのはこっちの二人の男性のどちらかでしょう? うちのディアスに媚を売らないでいただける?」
「え~? マーシュわからないわぁ」
「お嬢。この女、さっさと護送車に乗せておきたいんですが」
先ほど窓の外にあった気配は、その護送車だ。
さすがクリアノとディアスは判断が的確でありがたい。
「ちょっとだけ我慢して。あと聖女さまのことは、縛り上げて良いわよ」
後ろ手で押さえつけているディアスは、心底嫌だという表情で、聖女を自分の体からできるだけ遠ざけようとしていた。
縛ってしまえば、その辺に転がしておける。
そう告げると、あっという間に縛り上げてしまった。
よほど嫌だったのね。申し訳なかったわ。
「やだっ! やめて! 助けてよぉランディ、ジャックぅ」
――こっちは、語るに落ちたわね。
「ランディオさん。この聖女には、王命が出ているの。前にあなたが話していた、カールレイ公爵令嬢を陥れた聖女が、彼女よ」
私の言葉に、ランディオさんは表情をかたくする。
「マーシュ……。君は聖女で……。国王騎士団とともにいた教会から、逃げてきたということなのか?」
「違うわ! そんな女の言うことを、信じないで! 私を信じて」
縛り付けられたまま、聖女はびたびたと体を跳ねさせて、得意技のウルウル瞳でランディオさんを見つめる。
その瞳にやられたのか。
「アニタさん。すまない。俺は、あなたを信じて良いのかわからない」
……これは結構クるわね。
少なくとも、ポッと出の聖女よりは、信頼してもらえると思ってたんだけど。
やっぱり、常連といえど客は客。信頼をいただけていたと思っていたのは、独りよがりだったのかなぁ。




