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26 謁見 3

 ウソデショ……。

 私、アニタ・モルニカは今日、息を引き取るのかもしれない。

 緊張で、身動きがとれない。


 今。

 私は。

 謁見の間の隣にある、陛下の休息室、の、ソファ、に、座って、いる。


 ダメだ。

 気が遠くなりそう。


「アニタ嬢、大丈夫?」

「へ、陛下。問題ございません!」

「緊張するよね。陛下とこうして話をするなんてこと、ないでしょう」

「チョールエ様の、お、仰る通りに……」

「そうかぁ。これは新鮮で、良いね」

「陛下、あなたは気楽で良いですけどね。私は、アニタ嬢のお気持ちが良くわかるよ」


 そう仰る、チョールエ様。

 あなた様に対しても、私は緊張しておりますよ。


「ま、ここで何か失敗しても不問にするから、安心して。お茶でも飲んで落ち着いてよ」


 気安く話してくださる陛下は、さらに「僕のお気に入りの紅茶なんだ」、なんて付け加えられる。


「陛下の……お気に入り……」


 ダメだ。手が震える。

 左手首を右手で支えそうになる。

 いかん。礼儀作法で褒められた私を、呼び起こせ!

 がんばれ私!


 どうにか震えを耐え、一口飲んだ紅茶があまりにも美味しくて──。

 現金なもので、緊張はほぐれた。

 すごい。王室御用達の紅茶の力、すごすぎる。


「ジャンジャックの手紙、ありがとう」


 陛下が私の瞳を見て、仰った。

 ああ。この話をするために、私をお茶に誘ったのね。

 少しだけ、ほっとする。

 ただ。

 ジャンジャックのことを、この場でなんて呼べば良いのだ。とりあえず彼、とでも言っておくか。


「いえ──あの手紙は彼が、自ら書くと言ったのです。今の自分では、陛下に謁見する事もできなければ、手紙を直接届けることも叶わないけれど、ランディオさんのためにできることをしたい、と言って」

「──ああ、そうなんだ」


 私の言葉に、陛下は天を仰ぎ見る。

 すごいわ。所作の一つ一つが神々しい。

 本物の王族とは、こうも素晴らしいものなのね。

 ジャンジャック。あなたはやはり、いろいろなものが足りていなかったのよ。

 学園で見たときに、神々しさなんて一つもなかったもの。「まぁイケメンね」くらいよ、感じたのは!


「アニタ嬢。率直に聞くけど、ジャンとはどんな関係?」

「え?! ──あ、し、失礼いたしました。あの……友人です」


 正確には友人とも呼べないけど、まさか店の常連さんとも言えないしなぁ。


「友人? 恋人とか婚約者とか、その──」

「あ、そういうものでは、一切ないです」


 きっぱりと言い切ると、左右から笑い声がする。

 チョールエ様と、ネルツァ様だ。


「陛下。アニタ嬢は、私と同じく、学園で彼と一緒でした」

「そうですよ、陛下。同じ学園で過ごしていて、あの状況をご覧になっているまっとうな貴族令嬢に、彼との恋愛感情が、生まれましょうか?」


 うおおお。

 私へのフォローだけどジャンジャックにしてみれば、めちゃくちゃ二次被害のような状況。ま、事実だから仕方ないか。


「そうか。そうだよなぁ。僕もアレはないなって思ったもんねぇ」

「畏れながら陛下。確かに私は、彼に対して一片の恋愛感情も、持ってございません」

「息子に対してそこまで言い切られると、辛いね。まぁでも、あれはやりすぎたからな」

「ですが……」


 私はお母様の言葉を思い出す。

 言われたときは私も半信半疑だった。けれど、今なら胸を張って言うことができる。


「陛下、人は変わることができるのです。そして、ジャンジャックさんは、確実に変わってきています。もちろん、良い方に」


 信頼は一朝一夕で取り戻すことはできない。

 こと婚姻に関しては、私は前世の庶民とは違う。貧乏ではあるけれど、領民の命を預かる子爵家の跡取りだ。信用、信頼を心からできる相手じゃないと、婚姻は結べない。

 でも。

 私一人との人間関係に於いては、違う。

 友人としてならば。彼をこれから信頼していくことは、きっとできるようになる。

 今回の件で、それを強く感じた。


「アニタ嬢……」


 陛下は、じっと私を見る。

 そして嬉しそうに、笑った。


「僕は彼の教育を間違った。しかるべきときに、もっと線を引かせるべきだったのだ。王族のあるべき姿を、自ら指導すべきだったんだと思う。彼がしてしまったことは、王族として許されないことだったからね」


 ネルツァ様も私も、小さく頷く。


「彼がモルニカ子爵領に、辿り着いて良かった。あなた方の領地の治め方は、よく知っている。領民を想う領主一家と出会ったことは、ジャンにとっては幸運としか言いようがない。そこで知り合った人たちと、きちんと人間関係を構築し、人としてまっとうに生きてくれれば……僕はそれでもう、十分なんだ」


 謁見の間では絶対に聞くことのできない、そして話すことのできない言葉。

 陛下は今、きっと初めて吐露したのだろう。

 あの親馬鹿としか思えない、ジャンジャックに渡した書状からも、陛下が親として彼を想っていることが良くわかったけれど、本当に大切な子どもなんだ。


 ──だったら、早いうちに教育しておけよ、とは思うけどね。


 陛下が全てを教育することはできないだろうけど、教育係は選別することはできるよね。

 いや、それも他の者の仕事なのかな。

 お金持ち、良くわからない。


「あなたは、モルニカ子爵領を受け継ぐという、責務をお持ちだ。そうなれば、ジャンを婿にとることは、もちろんできないだろう。だが、これは僕からの──そう。僕個人からのお願いであって、王命ではないんだが」


 やばい。

 陛下から個人的に婿にしろって言われたら、断れない。王命じゃないって言われても断れないよ?!


「これからもジャンを、友人として見守っていてくれないだろうか」


 陛下が私の両手を、そっと手に乗せた。

 え? え? え? 今何が起きてるの?!

 冷静に! 私、落ち着いて!!

 今日何度目かわからない、必死の猫を、引っ張り出して自分にかぶせ、息を吐く。


「はい、陛下。彼が人と人の繋がりの意味を、日々の積み重ねの意味を、生活の喜びを知っていくさまを、僭越ながら見守らせていただきます」

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