25 謁見 2
「面をあげよ」
側近ダウグス・チョールエ様の、お声がかかる。
私たちはゆっくりと顔をあげて、陛下を見上げた。
こういうときに、拝顔してはいけないとかって国もあるらしいけど、この国はとりあえず貴族であれば、お顔を拝見してもOKってことになってる。良かった。
「モルニカ子爵家当主名代、アニタ殿。書状は確認させてもらった。グルレンの森から聖女が逃げ出したことは、すでに教会から報告もあがっているから、貴領及び貴殿、それから──もう一人書状に預かった平民のことは、謀反を疑う由もない」
もう一人の平民、とはジャンジャックのことだろう。
委細を記載した私の手紙に、ジャンジャックのことも記載しておいたのだ。万一謀反を疑われてしまったら、我が領あわせて危険になってしまうからね。
当たり前のことだけど、陛下も随分と言葉を随分と選んでいらっしゃる。
とはいえ、とりあえず我が領への謀反の疑いは、全くないとのお達しに、肩の荷が一つ下りた。
「護送されてきた二名を、こちらへ」
ダウグス・チョールエ様のお言葉に、横の扉が開かれた。
がっちりと拘束されている聖女と、割と自由にさせてもらっているランディオさんの姿が現れる。
その様子から、ランディオさんが、痛めつけられていないことに安堵した。
拷問とかまではいかなくても、厳しい取り調べがあったらどうしようかと思ったのだ。先に早馬を出したときに、その辺をお願いしていたのも、多少は効果があったのだろうか。
二人は絨毯の外、大理石の床に、膝を突き座らされた。
膝、痛そうだな……。
「沙汰を言い渡す。聖女マーシュ。そなたは王命を自ら破り、逃亡した。これは非常に重い罪となる。よって、特別監獄にて、その魔力が枯渇するまで回復薬の生成と、労働に勤しむように。魔力枯渇後は、別途労働を課す」
「なんでっ! 私は何も悪くない!」
「悪くないと思っている時点で、罪なのだ。第一、そなたの元々の罪を、忘れたか。反省もせぬ愚か者に、酌量の余地はない!」
聖女はがっくりと、その場にうずくまってしまった。けれど、彼女の両腕は、がっちり拘束されているから、そこまでうずくまったら、自力で起き上がれないだろうな。どうするんだろう。罪人に対して、優しく引き起こしてくれそうな雰囲気でもないし。
「次いで、ランディオ。そなたの職業は、冒険者で間違いないな」
「は。モルニカ子爵領の前は、カールレイ公爵領にて、冒険者をしておりました」
「ふむ。そなたはマーシュを聖女とは知らず、彼女に騙されたまま子爵領へ連れ戻った。これに相違はないな?」
「お言葉の通りでございます。全ては、嘘を嘘と見破れなかった、不徳のいたすところ」
ダウグス・チョールエ様のお言葉に──二人とも平民なので、陛下が直接言葉を下すことはない──ランディオさんは、はっきりと応える。その回答に満足したのか、ダウグス・チョールエ様はにこりと笑った。
「冒険者ランディオ。そなたに対しては、そこのアニタ嬢、そしてそなたの友人と名乗る男からの、嘆願書が出ている。実際にそなたが行ったことも、たまたま相手が悪意ある者であったに過ぎず、行い自体は人助けと言えよう。今後は人を見る目を養い、同じ事を繰り返さぬよう誓えるか?」
「仰せの通りに、誓います」
「よし。それでは、そなたには一年間のモルニカ子爵領での、冒険者業務を申しつける。子爵領にあわや迷惑をかけるところであったことを、努々忘れず、一年間働くように。あぁ、報酬は通常通り受け取るが良い。そして、そなたへの嘆願を行った友人を、大切にして欲しい」
「ありがとうございます。モルニカ子爵領に何かがあったときには、我が身に替えても、お守りいたします。そして──友人を大切に、生きてまいります」
チョールエ様の最後のお言葉はきっと、陛下の本心だろう。
ジャンジャックが平民として、友を持つことができたことに。そしてその友の命を、大切に扱うことができることに、安堵しているに違いない。
「聖女マーシュは、咎人の門より連行せよ。冒険者ランディオは、勇者の門より市井へ戻るが良い。近衛の誘導に従い、移動せよ」
「やだ! 私は聖女よ!! 特別なの! どうしてこんな!」
泣き喚く聖女は、見苦しい。
両腕を引っ張られ、体を引きずられながら、ぎゃぁぎゃぁと叫んでいる。
まったく、どうして男どもはこんな女に、メロメロになるのか。
女から見たら、この本性が最初から丸わかりだというのに。不思議が過ぎるわ。
「……畏れながら、陛下。聖女に声をかけてもよろしいでしょうか」
「うん? 良いよ」
えっ、陛下? めっちゃ軽くない?
しかも、チョールエ様からのお返事ではなく、直接陛下からだったわ。
「ありがとうございます」
ま、とりあえずお礼を告げて、と。
私の斜め後ろにいる聖女に、振り向く。
「ねぇ。あなた本当に、自分が特別だとでも思ってるの?」
「は? 何よ。特別に決まってるじゃない。私はヒロインなのよ」
おっと、予想通りの単語が出てきた。
これはやっぱり、彼女も転生者ってことよね。
もう少し、カマかけてみるか。
「ヒロイン? あなたのどの辺が? 男性を侍らせまくった、学生時代の妄想?」
「逆ハー狙ったのに、何でか──あっ! あんたの隣にいるの、ネルツァじゃないの。ネルツァは何故か、攻略できなかったのよね。なんであんたなんかと、一緒にいるのよ」
これは――。真っ黒くろすけじゃないですか。
私は彼女に近寄る。
「アニタ嬢、あまり近付くと」
ネルツァ様が、聖女の異常性を心配して声をかけてくれる。
「ありがとうございます。ほどほどの距離を保ちますね」
「ああ」
「ちょっと! なんでネルツァが、あんたに優しく声をかけてんの?! まさか、あんたが攻略したっての?」
聖女の言葉に、ネルツァ様が氷のような冷気を出す。
いや、全然聖女は気付いてないけど。
これ陛下の御前じゃなかったら、切り捨てられてたかもなぁ、聖女。
彼女まで数歩の位置に、立つ。
「ねぇ。そろそろ気付いたら? この世界はあなたの知っている、物語じゃないの。大枠が似ていても、私たちはこの世界で生きている。そして生きているなら、学んでいかないと。あなたはそれを、全て放棄した。だから、いつまでも自分が特別だなんて妄想から抜け出せないまま、罪を重ねてしまったのよ」
最後に、せめて彼女にこの世界の人間として、生きて貰いたくて、告げる。
「はぁ?! この世界は私のためのものなのよ!」
「あなたは今から、終身刑を受けることになったの。あなたのための世界なのに」
でも。
私の言葉は、一切伝わらない。
「せめて今の自分と向き合って、いつか恩赦が出たときに受けることができるように生きたら? まあ恩赦があるかは知らないけど」
これ以上言っても、きっと無駄だろう。
でも、伝えておきたかった。彼女が少しでも前に進むために。
大嫌いな女だけど、それでも同じゲームを楽しんだであろう、日本人だったのだし。
……たぶん、ゲームの解釈違いは起こしそうだけどね。
「陛下、ありがとうございます。もう十分にございます」
「うん」
陛下のそのお言葉を合図に、聖女は引きずられるように――というよりも、本当に引きずられて、扉の向こうに消えていった。ランディオさんは、来たときとは別の扉を案内され、部屋を後にする。
「じゃぁ、二人とも隣の部屋で、お茶にしようか」
……え?
まるで友人に声をかけるように、陛下が言った。




