16 ディアスとの帰り道
今日も今日とて、ディアスと帰る。
女子会三人組に言われたということもあって、妙に緊張してしまう。
「お嬢? どうしたんですか、そんなに離れて」
「う、ううん。ちょっとね」
「護衛し難いから、こちらに」
彼の短く切られた黒髪が、僅かに風に揺れた。一重のスッとした瞳が、更に細くなる。
「それにしてもお嬢のお店は、安定して人が入るようになりましたね」
「でしょ? これで妹たちが学園に通うことができそうな貯金が、できてきたわ」
「領民からの税を、もっとご自分たちに使っても良いのに」
「まさか! そりゃもっと収入のある領だったら、それもできるかと思うけど……。うちの収入じゃ、国に納めた残りを領民に使ったら、ほとんど残らないわ。税は納めた人のために使うのが、富の再分配ってことよ」
「トミノサイブンパイ」
ディアスは良くわからない単語だな、なんて顔をしているけれど、それ以上は聞いてこなかった。
前世でも散々聞いてきたこの言葉。
でも、税金を散々自分たちのお仲間のためだけに使っている政治家を、見せつけられてきたからね。私はああはなりたくない、って思っている。
もちろん物事を動かすために、必要な余剰金やマージンはある。でも、それって加減なのよね。それありきで動くと、どんどんその金額ばかりが、膨れ上がっていくのだから。
夜の領地を歩く。
我が領地は、実に平和だ。
日本でも夜一人で歩くことはできた。生まれ変わったときに、この領地も夜歩くことができたので、流石は乙女ゲームの世界。日本基準の平和さなんだな、なんて思ってた。
でも、王都に行って、それは勘違いだと知ったのよね。
王都には貴族のタウンハウスもあるけれど、スラム街もある。
夜道を一人で歩けば、強盗に襲われることだって、普通にあるようだった。
衣食住足りて、人の心潤う。
つまりは、そういうことなんだ。
それに気付いた私は、改めて領民のお金は領民のために使うべきだと感じたのよね。
お父さまやお母さま、お祖父さまやお祖母さま、そしてそれよりも前の、歴代の領主夫婦の『領民第一の領政』という信念を、しっかり受け継がないと!
「お嬢、危ない」
「うわっ」
「足元、気を付けてください」
うっかり、石につまずきそうになる。ディアスが引き寄せてくれなかったら、危なく顔面から地面とキスすることになってたわ。
「考え事をしながら夜道を歩くのは、良くないですよ」
「そうね。治安が良いのと、転んでしまうのは、因果関係がないわ」
「さすがに、夜道で転ぶのは個人の責任ですね」
「……ディアスって、結構がっしりしてるのね」
「え? そうですか? 護衛なんてこんなもんでしょ」
今まで気にしたことがなかったけれど、あの三人に妙なことを言われたせいか、妙にドキドキする。
「これでも、良い年の男ですからね」
「そうだったわ。頼りにしているから!」
「頼りにしてもらわないと、困りますよ」
夜道に、月が作った二人の影が伸びる。
まるでデートみたいだな、なんてふと思い、自分で笑ってしまった。
ディアスは幼馴染みで、家族のような存在だ。彼にとってみれば、私は自分が仕える家の娘であり、きっと妹みたいな存在だろう。
身近な良い物件、だなんて一瞬でも思ってしまったことを、密かに反省した。
帰宅すると、お母さまとお茶をする。
これが最近の習慣だ。お母さまは店の様子や私の婚活の状況を聞いては、ニコニコしている。さすがにジャンジャックが登場した初日は、慌てていたけれど。彼らの実際の処遇などの情報を急いで取り寄せて、うちの領にいても問題ないと判断した。
「今日はどうだった?」
から始まるお母さまとの会話は、私にとっても、穏やかに一日を終えるための儀式のようなものだ。
「そう言えば、ジャンジャックはまだ私を口説くのよ。しかも軽い感じで。どこまで本気なんだかわからないけど、信用できない人はねぇ」
「案外本気かもしれないわよ。でも……セイジョサマはどうしたのかしら」
「そうなの。婚約者だったルルレリア様の前で、さんざんイチャイチャしたり、腕にぶら下げていたりしたのに、もうどうでも良いの? って思っちゃう」
「魅了薬を使っていたと言っても、もともとセイジョサマのことを良く思ってないと、効果はでないだろうし。ま、自分が平民になってそれどころじゃなくなったら、記憶の彼方にでも飛んでいったのかもしれないわね」
「こうなったのは聖女のせいって言わないだけマシ、なのかなぁ」
思っているかもしれないけどね。口に出す、出さないは大きいわ。いや、思ってないかもしれないけどさ。どちらにしろ――
「婚約者に対して、不誠実だった事実は消えないわ。もし本当に私を口説こうとしているとしても、信用できないもの」
私の言葉に、お母さまも頷く。
「ええ、そうね。私もそんな不誠実な男に、アニタもこの領地も任せる気にはなれない。ただね、アニタ」
手にしていた紅茶を置き、私の両手を握る。
「人間は変わるものよ。失った信頼を取り戻すのは大変だし、無理に信頼をする必要はないわ。でも、変わろうと思っている人間を、否定してはだめ。それだけは覚えていてね」
「お母さま」
「私はジャンジャックよりも、もっと他の男性の方が良いとは思うけどね」
うん。
それは本当に、そう。




