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16 新商品デビュー

「さぁさぁ! 歩きながら食べられる、ランチはどうですか?」

「甘いものを食べたい? そんなあなたには、こちらのスイーツ!」

「デートにだって、ぴったりですよ!」


 言葉を重ねて売り込んでいくと、店の前にはあっという間に、人だかりができた。

 クレープ屋さんのようにまとめて皮を焼いておき、オーダーが入ったら、温めながら具材をのせてくるりと巻く。


 ディアスの提案はまさに、お食事ガレットもデザートガレットも、くるりと巻いて持ち帰り用にして売るというものだった。

 店内で食べる場合は、ナイフとフォークで、少しだけランクアップ。具材も半生の卵を入れたりして、特別感を出す。

 う、うちのディアスは、天才では……っ!


 って、ディアスは子爵家の使用人というわけじゃないから、「うちの」は間違いなんだけどね。

 まぁ、そこはそれ。身内みたいなものじゃない? だからオールオッケー。


「アニタ嬢、俺にもそれを」

「あらジャンジャックさん、ようこそ。はい、どっちが良いかしら」

「あなたのお勧めを」

「手を握ろうとしないでくださいね。そうね。ランチにこのキノコクリームのガレット巻、そしてさらにデザート用として、リンゴのコンポートガレット巻でどうかしら」

「うん。そしたらそれを」

「ありがとうございます!」


 くるくるっと巻いて二つを手渡す。え? 二個もいらない? そんなことはないわ。私のお勧めを、聞いてきたんだもの。そしてそれを買うと決めたのは、ジャンジャック。まいど!


 ジャンジャックの後ろには、ランディオさんとオドライさんも並んでいた。ランチタイムって、皆同じくらいなのね。


「オドライさん。ジャンジャックさんの働き具合は、どうですか?」


 ガレットを作りながら聞けば、オドライさんは良い笑顔を返してくれる。


「それが凄いんだ。一通りの算術はできるし、あの顔だろ? マダムたちはすっかり、彼からたくさん買い物をしてくれるようになった」

「それは良かった! これでジャンジャックさんも、立派な大人になれそうですね」

「立派な大人になれるかは、別問題かなぁ」


 苦笑いを浮かべながらも、満足そうに彼の仕事ぶりを話すオドライさんに、私まで嬉しくなる。

 ジャンジャックの凄いところは、王族であったにも関わらず、きちんと平民として立ち直ったところだ。話を聞いていると、馬車追いにあうまでは、ダメダメ王族って感じだったけど。


 でも、彼がここでこうして生きていくと決めてくれたことは、領主の娘として、純粋に嬉しい。

 彼が変わろうとしているのだから、私も人となりについては、受け入れても良いかなと思い始めている。


「あ、そうそう。ランディオさん、明日ここを発つんですって?」


 オドライさんのあとに登場した彼は、キノコクリームを何故か三個もオーダーした。足りないのかな?


「ああ。グルレンの森の、魔獣退治の手伝いに呼ばれたんだ」

「セイジョサマが来るっていう?」


 ジャンジャックが近くにいるかもしれないと思い、少しだけ声を落とし聞く。ランディオさんは、何故私が声を落としたのか不思議そうな顔をしつつ、うなずいた。


「あの森で凶悪な魔物が増えたら、ここの領地にも懸念が出るだろう? だから倒しておこうと思って」

「ランディオさん! そんなにこの領地のことを、心配してくださっているなんて! ありがたいです」


 お礼を言葉の他にもしたいくらい。

 このランチのお代は、きちんといただくけど。

 それにしても、グルレンの森の魔獣は、お父様も情報交換を他領と積極的にされていたし、気になるわね。あと、セイジョサマとジャンジャックの、邂逅があるのかどうかも。


 ジャンジャックの心に、彼女がまだいるのかどうかはわからない。ただ、話を聞いた限りでは、きちんとお別れをしていなさそうだしね。彼女の方は、どう思っているのだろう。


 ……これじゃ、出歯亀ね。


 ま、私には一切、きれいさっぱり、まったく関係ないんだけど、気にはなるのよ。

 卒業パーティーで、あんなの見せられた立場としてはさぁ。


「今夜、また挨拶にくるよ」

「ええ。皆で盛大に、送り出しましょう」

「それは勘弁してくれ。いつも通りが良い」

「わかりました。いつもと同じ、とびきりのゴルゴ酒を用意しておきます」

「ああ」


 やがて、用意しておいたランチ分が完売した。

 あっという間だ。


「これは良い商品が、できたものね」


 チャリンチャリンと増えていくコインに、思わずにやけそうになる。

 いけないけない。

 とりあえず店内に戻り、お金をきちんと金庫にしまう。そうして、夜の支度に移る。


「家に入れるお金は増えていってるけど、旦那がまだ見つからない……」


 小上がりを拭き掃除し、思わずごろりと横になった。

 毎日が楽しくて、うっかり目的を忘れそうになるのも良くないのよねぇ。

 とはいえ。


「はぁ。難しいものねぇ、出会いって」


 小料理屋をすれば、バンバン男性客が来て出会えるかと、思ったけれども。

 平民も結構早いうちに結婚とかしてて、お客さんの男性は、既婚者や夫婦のことも多い。

 くそう。

 学園で見つけられなかったのが、やはり痛手だ。


「よく考えたら、あのセイジョも大概だけど、嫉妬で男子生徒をバンバン婚約させたジャンジャックも、大概私に迷惑をかけているってことじゃないの……」


 くっ。

 あのとき、助けなければ良かったか?!


「さすがに、それはないけどね」


 ジャンジャックだとわからず助けた。でも、彼だとわかっていても、あの状況で、死にそうな人を助けないという選択肢はないもの。


「せめて彼が、貴族にまだコネなりパイプがあれば、良かったんだけどなぁ」


 身分剥奪の上、放り出されているのだ。無理に決まっている。


「ま、もう少し頑張りますかぁ」


 手元のぞうきんを改めて握りしめ、掃除を再開した。

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