14 うちのお嬢様
「……ディアスって、結構がっしりしてるのね」
お嬢様が口にした言葉を思い出す。
アニタ・モルニカ子爵令嬢。オヤジが仕えるモルニカ子爵家の、第一子だ。
小さい頃は子守役として、よく一緒に遊んでいた。
そのせいか。
「どうにも、男として認識されてないんだよなぁ」
邸までお嬢様を送った後の、帰り道。
夜道でぼそりと口にしたその言葉が、宙に舞う。
モルニカ子爵家は、他の貴族家と比べて随分と貧しい。
ただそれは、領民からあがってくる税金から、国に納める分を入れ、残りを優先的に領地のために使っているから。だから、子爵領自体は、貧しいというわけではない。
領土が狭いため、国に出す分とのバランスが悪いのだ。
お嬢様は前に「ルイシンカゼイにして欲しい」と言っていたが、『ルイシンカゼイ』が良くわからなかった。
うちのお嬢様は、幼い頃から領地経営を学び、税の何たるかをご先祖や先代、ご当主からしっかりと受け継いでいる。学園で子爵家を継ぐ夫を見つけてくる! と息巻いていたが――どうやらそれは上手くいかなかったらしい。
それでどうするかと思っていたら、まさかの平民から夫を探す、と。
貴族なのに?! と驚いたが、それでも心のどこかで、期待している自分がいた。
平民で良いなら俺にもチャンスがあるのでは、と。
「結果は、身近過ぎて意識圏内に入ってないんだけどなぁ」
ただ、店の様子をこっそり調べていると、元第三王子がお嬢様を口説いているとか、アザキニア商店の番頭がお嬢様を狙っているっぽいとか、冒険者が虎視眈々とチャンスをうかがっている、ということがわかった。
正直、元第三王子は論外だ。
婚約者を裏切り、不貞を働き、さらにその相手と別れてたいして経っていないのに、お嬢様を口説くなど、不誠実の塊のような男だ。しかも、元々置かれていた立場を理解していなかった、愚か者。そんな人間に、お嬢様も子爵家も子爵領も、お嬢様もお嬢様もお嬢様も任せられるものか。
番頭は、どうせ店が忙しいだろう。お嬢様は店頭に立つお立場でもない。まぁあの商店の番頭だ。お嬢様の正体も、わかってはいるのだろうが。だからこそ、彼の動きは要注意だ。お嬢様を愛しているならともかく、子爵家に入り込みたいという理由だとしたら、許せないからな。お嬢様を大切にできない男に、彼女を渡せるものか。
冒険者はダメだ。冒険者が良いなら俺で良いだろう。冒険者はどこかへ行くのが、冒険者だからな。さっさと次の冒険に行ってしまうが良い。
「はぁ、ダメだ。誰が相手になっても、俺は耐えられそうにないな」
貴族がお嬢様の相手になると思っていた。
だからこそ、身分の壁を考えて諦めていたのだ。
それなら使用人の息子という立場で、彼女の近くにいられれれば、と。
だが。
平民が対象となるのであれば、どうあっても俺を選んで欲しい。
万一俺が選ばれた場合、オヤジとの関係性が微妙ではあるが、そんなのは後で考えれば良いし、あの子爵家の方々は、そんなことは気にしないだろう。多分。
「まずは男として、認識してもらうところからか──」
あまり強引な事をするのは良くない。オヤジの立場もあるし、今の、近くにいられるという信頼を崩してしまうのも、得策ではないからな。
それでも、このままでは永遠に選んで貰えないことは確かだ。
「とりあえずは、お嬢様の送り迎えをどうにか毎日俺の仕事にしないと」
オヤジ含め、子爵家の皆さんも俺の気持ちには気付いていない。だからこそ、正式な使用人ではない俺は、オヤジの穴を埋めるくらいしか動けてはいないが。
「オヤジ、それから奥方様を味方に付ける方が良さそうだな」
送り迎え、店の男どもへの牽制。それに奥方様に納得していただくための貯金。
一番最初にやるべきは、オヤジへの説得だ。
小さい頃からお嬢様を見守っていたせいか、俺よりもお嬢様に対して過保護が過ぎるからな。お嬢様の伴侶として、俺を認めるかが怪しい。
「ま、元第三王子よりは誠実だし、紳士だとは思うけどな」
――比べる相手が、悪かった。




