13 小料理屋の日々
ランディオさんがお土産を持ってきてくれたという。
「あら、なぁに?」
「カウンターに置くのはちょっとアレだから、そっち側に行ってもいいかな?」
「え? ええ構わないわ」
ランディオさんがカウンターを回り、厨房側に入ってくる。
一瞬ディアスが止めようと動くけれど、問題ないと目線を送れば、ランディオさんの動きを確認する方にシフトしたらしい。僅かに体をずらし、剣に手を置く。
店内よりも調理側を少し高くしているので、並ぶといつもよりランディオさんが大きく見えた。この大きさの差が、正解なんだけどね。
「これ」
「ええっ! マウマウじゃない!」
ドン! と調理台に載せてくれたのは、マウマウ魔獣の肉だった。
「それもこんなきれいなお肉。どうしたの?」
「今日、ちょっとひと狩りしてきたんだ。たくさん狩れたから、解体したあと、少しだけ手元に残して持ってきた」
ひと狩りしようぜ! ってどこかで聞いた単語だけど……。
いや、それはともかく。
「い、いいの? マウマウなんて、ちょっとお高いのに」
「なぁに。いつも世話になってるからな。その代わり、その肉の美味しい料理を作ってくれよ」
「もちろんよ! 今日はお酒も、全部好きなだけ飲んでいって!」
「おいおい。そんなこと言ったら、際限なくなるぞ」
「それは困るわね。修正! 適度に飲んでいって」
「ははっ。それなら、気分が良くなるくらいで、止めておくか」
マウマウ魔獣は、日本で言うところの馬肉だ。馬肉よりも味が濃くて、魔獣にしては珍しく、臭みもほぼない。
これだけ鮮度が良ければ、タタキにだってできそうだ。
臭みが少ない魔獣ということで人気があり、かつ生きている間は少々凶暴なので、狩ってこれる絶対数が少ない。
そんなわけで、常に高値で取引がされている肉の一つだ。
「せっかく鮮度が良いので、まずは下ごしらえしちゃいましょうかね」
適量に切り分け、保冷の魔法をかける。
この世界には冷蔵庫なんてものはないので、魔法が使える人は魔法で、そうじゃない人は保冷の魔法がかかった布で、包んで保管している。
その布は使用回数制限があるし、少々お高いので、結局鮮度の良いものを長く保管することはできないのだ。
もちろんムロのような、温度も湿度も低い部屋を用意している店や家もあるけどね。
一般家庭では、なかなか。
「さて、それではさっそくランディオさんのために調理しましょうか」
「俺のためだなんて、嬉しいこと言ってくれるねぇ。あ、ゴルゴ酒も頼む」
「はぁい」
ゴルゴ酒はディアスが用意してくれているので、私はその間に薄く塩を振った。
しばらく置いてドリップが出てきたら拭き取ってお酒で洗い流し、もう一度拭き取る。スパイスをぬりこみ、全ての面をささっと焼いたら、調味料を入れて蓋をして、さらに放置。
本当はこのあとホイルにでも包めれば良いんだけど、もちろんそんな便利なものはないので、布で包む。ここで粗熱が取れたら、今度は冷却魔法で冷やす。
「冷蔵庫で冷やすよりさっさとできるし、魔法って便利よねぇ」
呟きつつ、冷えたタタキを薄くスライスし、ターマタマネギやらなんやら、薬味を添えて完成。
「はい、どうぞ」
「これは……生?」
「タタキっていう調理方法。普通の魔獣は、中までしっかり火入れしないと食べられないけど、今日〆たばかりのこれだけ新鮮な、しかも臭みのないマウマウなら、半生で食べられるのよ」
どうぞ、と勧める。彼はおそるおそる口に運んでいった。そりゃそうよね。
なかなか生で食べることなんて、ないものねぇ。
「これは旨いな!」
「やったぁ! お口にあって何よりです」
「ディアスもどうぞ」
「では失礼して」
いつもは遠慮するディアスも、興味があるのかすぐにフォークを受け取った。
せっかくなので、他にも何品かマウマウ料理を振る舞う。
味がしっかりしているし、ワイン煮込みとかも美味しそうだけど、ちょっと時間がかかりそう。明日のメニューにしようかな。
「よっ、やってる?」
「オドライさん、いらっしゃい」
「おう、来たか」
オドライさんは、この領地イチの商店である、アザキニア商店の番頭さん。
彼も、毎日のように立ち寄ってくれている常連さんだ。ありがたい。常連さん同士が仲良くなるのも、いいものよね。
「アニタちゃん、ドラコン酒の水割りと、おすすめで」
「今日はねぇ。ランディオさん狩りたての、マウマウ魔獣肉があるのでーす」
「えっ、すげえ。いやぁ来て良かったなぁ」
「マウマウなくなっても、来てくださいね」
「当たり前だよ。アニタちゃんに、会いに来るよ」
「そう言ってもらえて嬉しいわぁ」
「すーぐ、軽く流すんだもんな」
「そこがお嬢のいいところだ。ほらドラコン酒の水割り」
気付けばディアスも、常連さんたちとそれなりに仲良くなっている。
ランディオさんの隣に座ったオドライさんは、美味しそうにお酒を飲む。
その間に、いくつかのおつまみとお惣菜を用意して、順番に手元に出していった。
夫になってくれそうな、好意を表してくれる人はなかなかいないけど、お店の売上げが我が家の家計を多少なりとも楽にしているので、まぁアリかなぁ、なんて今の生活を思う。
うん、悪くはないんだよね。
この穏やかな日々。
それに毎日の帰り道。
ディアスと並んで歩く日々も、悪くない。
――周りが静かな中、二人の影が長く伸びる。
前世と違って、街灯なんてない世界だ。ディアスが手にする魔法ランプが、私たちの足元を照らしてくれる。
もしかして江戸時代って、こんな感じだったのかな。
「ディアスって、私よりランディオさんやオドライさんたちと仲良くなってるよね」
「お嬢があの二人と仲良くなる必要はないんですが……。まぁ、これでも諜報の仕事もしてますからね」
「えっ」
「え?」
知らなかった。
「それって、我が家の?」
「それ以外ありますか。とはいっても、領内のいざこざなどの調査くらいなので、王家の諜報部みたいなことはできないですよ」
つまり、ソマイアの婚約者であるネルツァ様みたいな、本格的な諜報員ではないってことね。
びっくりした。
「俺のメインはお嬢の護衛なんで」
「我が家の、でしょ」
「ほぼ同義ですよ」
「そうなのかな」
「そうです」
確かに、ディアスのお父上である我が家の執事クリアノは、元凄腕の冒険者だから、彼がいれば家にいる限りは安心だしね。
そう考えると、店で働いている私の護衛というのは正しいのか。
「……お嬢、絶対勘違いしてますよね」
ディアスが小さくそう言ったけど、意味は良くわからなかった。




