12 ディアスと私
毎日店が終ると、家に帰っている。
売上金を持ち帰るため、執事兼庭師のクリアノが迎えに来てくれるのだ。
というわけで、最近ではクリアノの肩書きは『執事兼庭師兼護衛』となった。
彼が忙しい時には、息子のディアスが来てくれる。ディアスは冒険者兼領地騎士団の団員だ。
ちなみに、何故兼ねているかというと、我が領地は領地騎士団を養える余力がないので、冒険者の人でやっても良いよという人に、登録をして貰っている。いざという時に助けて貰い、報酬をお支払いする形だ。
「お嬢様、お迎えにあがりました」
「今日はディアスなのね。クリアノは忙しい?」
「ええ。なんでも、庭の畑の植え替えが途中らしく」
「それは大切ね! 私も明日の午前中は、手伝う様にするわ」
人懐っこい笑顔を返してくれる。
「それにしてもお嬢様のお店は、随分と繁盛していますね」
「でしょ? これで妹たちも、学園に通うことができそうな貯金が、できてきたわ」
「領民からの税を、もっとご自分たちに使っても良いのに」
「まさか! そりゃもっと収入のある領だったら、それもできるかと思うけど……。うちの収入じゃ、国に納めた残りを領民に使ったら、ほとんど残らないわ。税は納めた人のために使うのが、富の再分配ってことよ」
「トミノサイブンパイ」
ディアスは良くわからない単語だな、なんて顔をしているけど、それ以上は聞いてこなかった。
前世でも散々きいていたこの言葉。
でも、税金を散々自分たちのお仲間のためだけに使っている政治家を、見せつけられてきたからね。私はああはなりたくない、って思っている。
もちろん物事を動かすために、必要な余剰金やマージンはある。でも、それって加減なのよね。それありきで動くと、どんどんその金額ばかりが、膨れ上がっていくのだから。
夜の領地を歩く。
我が領地は、実に平和だ。
日本でも夜一人で歩くことはできた。生まれ変わった時に、この領地も夜歩くことができたので、流石は乙女ゲームの世界。日本基準の平和さなんだな、なんて思ってた。
でも、王都に行って、それは勘違いだと知ったのよね。
王都には貴族のタウンハウスもあるけど、スラム街もある。
夜道を一人で歩けば、強盗に襲われることだって、普通にあるようだった。
衣食住足りて、人の心潤う。
つまりは、そういうことなんだ。
それに気付いた私は、改めて領民のお金は領民のために使うべきだと感じたのよね。
お父様やお母様、お祖父さまやお祖母様、そしてそれよりも前の、歴代の領主夫婦の『領民第一の領政』という信念を、しっかりと受け継がないと!
「お嬢様、危ない」
「うわっ」
「足下、気を付けてください」
うっかり、石につまずきそうになる。ディアスが引き寄せてくれなかったら、危なく顔面から地面とキスする事になってたわ。
「考え事しながら夜道を歩くのは、良くないですよ」
「そうね。治安が良いのと、転んでしまうのは因果関係がないわ」
「さすがに、夜道で転ぶのは個人の責任ですね」
「……ディアスって結構がっしりしてるのね」
「え? そうですか? 冒険者なんて、皆こんなもんでしょう」
「いやなんか、もっと細いイメージだったから」
「そりゃあ、お嬢様と一緒に遊んでいたのは、俺が小さいときだから」
「ああそうか。昔の印象が残っていたのね」
ディアスと私は五歳違いだ。私が小さいときには、彼が子守として一緒に遊んでくれていた。確かに小学生くらいの男の子は、まだひょろひょろだもんねぇ。
「これでも、良い年の男ですからね」
「そうだったわ。頼りにしているから!」
「ははっ。頼ってくださいね」
夜道に、月が作った二人の影が伸びる。
まるでデートみたいだな、なんてふと思い、自分で笑ってしまった。
ディアスは確か、彼女がいたはずだ。
身近な良い物件、だなんて思ってしまったことを、密かに反省した。
帰宅し、お母様とお茶をする。
これが最近の習慣だ。お母様は店の様子や私の婚活の様子を聞いては、ニコニコしている。
さすがに、ジャンジャックが登場した初日は、慌てていたけれど。
彼らの実際の処遇などの情報を急いで取り寄せて、うちの領にいても問題ないと判断した。
「今日はどうだった?」
から始まるお母様との会話は、私にとっても、穏やかに一日を終えるための儀式のようなものだ。
「そう言えば、ジャンジャックはまだ私を口説くのよ。しかも軽い感じで。どこまで本気なんだかわからないけど、信用できない人はねぇ」
「案外本気かもしれないわよ。でも……セイジョサマはどうしたのかしら」
「そうなのよ。婚約者だったルルレリア様の前で、さんざんイチャイチャしたり、腕にぶら下げていたりしたのに、もうどうでも良いの? って思っちゃう」
「魅了薬を使っていたと言っても、もともとセイジョサマのことを良く思ってないと、効果はでないだろうし。ま、自分が平民になってそれどころじゃなくなったら、記憶の彼方にでも飛んでいったのかもしれないわね」
「まぁ、こうなったのは聖女のせいって言わないだけマシ、なのかなぁ」
思っているかもしれないけどね。口に出す、出さないは大きいわ。いや、思ってないかもしれないけどさ。どちらにしろ――
「婚約者に対して、不誠実だった事実は消えないわ。もし本当に私を口説こうとしているとしても、信用できないもの」
私の言葉に、お母様も頷く。
「ええ、そうね。私もそんな不誠実な男に、アニタもこの領地も任せる気にはなれない。ただね、アニタ」
手にしていた紅茶を置き、私の両手を握る。
「人間は変わるものよ。失った信頼を取り戻すのは大変だし、無理に信頼をする必要はないわ。でも、変わろうと思っている人間を、否定してはだめ。それだけは覚えていてね」
「お母様」
「でもまぁ。私はジャンジャックという男よりも、もっと他の男性の方が良いと思うけどね」
うん。
それは本当に、そう。




