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10 穏やかな日々

 あれから一週間ほど経つが、ジャンジャックはうちに来なくなった。

 まぁ多少、冷たく当たりすぎたか? と心が痛みもするが、あの手合いはハッキリ言わないと、ストーカーになることもある。

 彼自身に興味がないことは、きちんと伝えないとね。


 あと単純に、納税者として、王子をあんな風に育てるために税金を使われたと思うと、腹が立つんだな。さらに卒業パーティのときのことを思い出して、げんなりしてしまう。

 長年ともにいた婚約者に、あんな態度をとる人間だ。そもそも信用できないのよね。


「そういえば、愛しの聖女チャンに会いに行かなかったのかな。まぁ王国教会っていっても、たくさんあるし、どこに行けば会えるとかの確証はないか」


 それにしても、あれだけぶら下げて(物理)寵愛していたのに一度も会いに行かないとか、かなり不誠実な男だな。あぁ、不貞する男なんて、不誠実でしかないか。


「さっ。今日も開店しましょ」


 暖簾をかけて少しすると、ランディオさんがやってきた。彼も、すっかり常連になってくれた。ありがたい。筋肉を毎日拝めるのも、眼福ですわぁ。


「今日はアニタさんに、お土産があるんだ」

「あら、なぁに?」

「カウンターに置くのはちょっとアレだから、そっち側に行ってもいいかな?」

「? ええ構わないわ」


 ランディオさんがカウンターを回り、厨房側に入ってくる。

 店内よりもこっち側を少し高くしているので、並ぶといつもよりランディオさんが大きく見える。この大きさの差が、正解なんだけどね。


「これ」

「ええっ! マウマウじゃない!」


 ドン! と調理台に載せてくれたのは、マウマウ魔獣の肉だった。


「それもこんなきれいなお肉。どうしたの?」

「今日、ちょっとひと狩りしてきたんだ。たくさん狩れたから、解体したあと、少しだけ手元に残して持ってきた」


 ひと狩りしようぜ! ってどこかで聞いた単語だけど……。

 いや、それはともかく。


「い、いいの? マウマウなんて、ちょっとお高いのに」

「なぁに。いつも世話になってるからな。その代わり、その肉の美味しい料理を作ってくれよ」

「もちろんよ! 今日はお酒も、全部好きなだけ飲んでいって!」

「おいおい。そんなこと言ったら、際限なくなるぞ」

「それは困るわね。修正! 適度に飲んでいって」

「ははっ。それなら、気分が良くなるくらいで、止めておくか」


 マウマウ魔獣は、日本で言うところの馬肉だ。馬肉よりも味が濃くて、魔獣にしては珍しく臭みもほぼない。

 これだけ鮮度が良ければ、タタキにだってできそうだ。


 臭みが少ない魔獣ということで人気があり、かつ生きている間は少々凶暴なので、狩ってこれる絶対数が少ない。

 そんなわけで、常に高値で取引がされている肉の一つだ。


「せっかく鮮度が良いので、先ずは下ごしらえしちゃいましょうかね」


 適量に切り分け、保冷の魔法をかける。

 この世界には冷蔵庫なんてものはないので、魔法が使える人は魔法で、そうじゃない人は保冷の魔法がかかった布で、包んで保管している。

 その布は使用回数制限があるし、少々お高いので、結局鮮度の良いものを長く保管する事はできないのだ。

 もちろん、ムロのような、温度も湿度も低い部屋を用意している店や家もあるけどね。

 一般家庭では、なかなか。


「さて、それではさっそくランディオさんの為に調理しましょうか」

「俺のためだなんて、嬉しいこと言ってくれるねぇ。あ、ゴルゴ酒も頼む」

「はぁい」


 薄く塩を振り、少々置く。

 ドリップが出てきたら拭き取ってお酒で洗い流し、もう一度拭き取る。スパイスを振りかけ、全ての面をささっと焼いたら、調味料を入れて蓋をしてしばし放置。


 本当は、このあとホイルにでも包めれば良いんだけど、もちろんそんな便利なものはないので、布で包む。ここで粗熱が取れたら、今度は冷却魔法で冷やす。


「冷蔵庫で冷やすよりさっさとできるし、魔法って便利よねぇ」


 呟きつつ、冷えたタタキを薄くスライスし、タマネギやらなんやら、薬味を添えて完成。


「はい、どうぞ」

「これは……生?」

「タタキっていう調理方法。普通の魔獣は、中までしっかり火入れしないと食べられないけど、今日〆たばかりのこれだけ新鮮な、しかも臭みのないマウマウなら、半生で食べられるんだ」


 どうぞ、と勧めるとおそるおそる口に運んでいく。そりゃそうよね。

 なかなか生で食べることなんて、ないものねぇ。


「! これは旨いな!」

「やったぁ! お口にあって何よりです」


 せっかくなので、他にも何品かマウマウ料理を振る舞う。

 味がしっかりしているし、ワイン煮込みとかも美味しそうだけど、ちょっと時間がかかりそう。明日のメニューにしようかな。


「よっ、やってる?」

「オドライさん、いらっしゃい」

「おう、来たか」


 オドライさんは、この領地イチの商店である、アザキニア商店の番頭さん。

 彼も、毎日の様に立ち寄ってくれている常連さんだ。ありがたい。常連さん同士が仲良くなってくれるのも、良いものよね。


「アニタちゃん、ドラコン酒の水割りとお、勧めで」

「今日はねぇ。ランディオさん狩りたての、マウマウ魔獣肉があるのでーす」

「えっ、すげえ。いやぁ来て良かったなぁ」

「マウマウなくなっても、来てくださいね」

「当たり前だよ。アニタちゃんに、会いに来るよ」

「そう言って貰えて嬉しいわぁ」

「すーぐ、軽く流すんだもんな」

「そんなことないって。はい、ドラコン酒の水割り」


 常連さんの軽口に、いちいちしっかり応えてられないもんねぇ。

 ランディオさんの隣に座ったオドライさんは、美味しそうにお酒を飲む。

 その間に、いくつかのおつまみとお惣菜を用意して、順番に手元に出していった。


 旦那様になってくれそうな、好意を表してくれる人はなかなかいないけど、お店の売上げが我が家の家計を多少なりとも楽にしているので、まぁアリかなぁなんて今の生活を思う。


 うん、悪くはないんだよね。

 この穏やかな日々。

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