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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
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墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜50

 南シナ海。


 フィリピン共和国の排他的経済水域。


 南海艦隊は、多数の脱落艦を出しながらも、その後になっても6時間を超えて艦隊と呼んでも良い団体行動を維持し続けた。


 もちろん、「国連軍」の青い旗掲げる合衆国海軍・第七艦隊を中心とする多国籍軍との追いかけっこは継続中だ。


 南海艦隊は、海上を東に向かって移動する事で時間を稼ぎながら、保有する最大の戦力である空母"福建"の飛行甲板と離発着機能の復旧を急いでいた。


 格納庫にはまだいくらかの艦載戦闘機と、空対艦ミサイルや空対空ミサイルが残されている。だが、発艦出来なければ、何の役にも立たない。


 ジェット・エンジンの排気と熱風を弱めたり誘導したりするディフューザーの再建は最初から諦めていた。


 一部欠損して、フレームが曲がってしまっているスキー・ジャンプ台の方は、完全水平出しも諦めて、多少の危険はあっても艦載機の発艦さえ出来れば良いと言う方針で修理、いや建設中だ。


 見た目が一番酷い甲板は、攻撃で大穴が開けられたり、沢山の小穴を多量に開けられて大根下ろしの擦り器の様になり果てている。それを、人力ハンマーで叩いたり、どこからか持ってきた鉄板を溶接して、塞いで成形中だ


 もちろん、この力業の修理では、艦載機が発艦出来る様になったとしても、一時的な使用に限られるだろう。繰り返し使用すれば、必ず大事故に繋がる。


 一番まずいのは、成形一辺倒の修理である事だ。熱対策や強度保持と言うダメージ・コントロールが行われなければ、劣化はものすごく急速に進行する。


 だが、短時間で復元して、一時的にであっても戦力を取り戻せなければ意味はない。そこにいる誰もが正攻法での復旧は諦めていた。もし、その方針に異を唱える者がいるとすれば、今旗艦の艦橋にはいない、たった一人だろう。


 当然、それは偉大なる党から派遣された政治将校様の事を指す。極めて意識が高過ぎる考えは、空母乗組員達との軋轢を急拡大させた。しかし、多数に呆れられた極少数は、その事の重大さを微塵も理解出来てしなかった。


 彼に言わせれば、正しく共産主義を理解して、紅い皇帝の意向に忠実であれば、どんな事でも簡単に実現化するのだろうだ。哀れにも、彼は、数億の人民と同様に、先の紅い皇帝が死去して未だに空位であると言う事実を知らされていなかった。


 飛行甲板の修理、と言うか成形作業の完成の見込みが立ったのは、攻撃を受けて穴を開けられてから約5時間後だった。


 その報告を聞かされて、南海艦隊の指令官は意図的に陽気に喜んで見せた。


「空母"福建"から電磁カタパルトを撤去して、スキージャンプ台の新設を決断した偉大なる党の判断は正しかった」


 などと、偉大なる党を褒め称えているかの様に、誰の耳にも届くように「吉報」を喧伝して見せもした。


 それは、南海艦隊に属する全員に、「なんとかなる」的な楽観的なムードを共有して欲しいと願ってのことだ。


 だが、そんな配慮に乗ってくる様な気楽な乗組員は、偉大なる党から派遣されている政治将校以外にはいなかった。


 良い知らせを聞かされたその直後に、南海艦隊の指令官は、副官から密かに、誰にも気付かれない様に素早く、耳打ちをされた。


 ーーーまるで、1980〜90年代に、インドの西ベンガル州・カルカッタのサダル・ストリートでは有り触れたインド人(※)の様に超人的に速やかに。


 表向きに出来ない情報が伝わった途端、一瞬だけだったが、南海艦隊の指令官の表情が酷く曇った。だが、直ぐに爽やかな笑みが頬に強制的に貼り付けられた。


 南海艦隊の指令官は、耳打ちして来た副官に「解った」と視線で伝えた。そして、わざわざ指示をメモ用紙に書き込んで副官に手渡した。


 ーーー今後に取るべき対策の仕込み作業の依頼だった。


 上司の意図を深く理解した副官は、司令室の外に出て、誰も周りにいない事を確認してから、追ってあったメモ用紙を拡げた。そこには、「まずは調理室へ。次に医務室へ行け」との指示が示されていた。


 副官は、南海艦隊の指令官が一体何を考えているのか。それを即座に正しく理解した。


 一方、南海艦隊の指令官は、祖父から相続したセイコー製の腕時計に視線を送る。転進してから、既に5時間半が経過していると確認した。


 南海艦隊の指令官が耳打ちされた情報とは、甲板と格納を繋ぐエレベーターの復旧に関するものだった。


 ーーーエレベーターの復旧に失敗。


 ーーー昇降機のレールが酷く(ひしゃ)げているので交換が不可欠。


 ーーーしかし、船体の構造材そのものが酷く歪んでいるらしく、交換する為に取り外しすら重機なしでは不可能。


 ーーーさらに、新品の筈の交換用のレールに深刻な不良が発見されて、仮に新たに取り付けても実用には非常な困難を伴う。


 ーーーまた、デッキの昇降動力源であるモーターには、まだ手が付けられていないと言うのだ。


 つまり、空母"福建"は、帰港して大規模修理(大改修)を受けない限りは、航空戦力の運用が完全に不可能だと言う結論が下されたのだ。


 こうなると、南海艦隊が、「国連軍」に対して勝利出来ないまでも、「せめて一矢報いたい」と願う想いすら極めて非現実的であると言う事になる。


 このまま海上を逃げ続けても、浅瀬に追い込まれるかも知れない。戦力化が不可能と言うなら、今まで行っていた時間稼ぎすらも無駄だったと言う事になる。


 そうでなくても、いつかは機関用の燃料が尽きる。いや、その前に乗組員用の水と食料が尽きるかも知れない。更に、重傷者が適当な治療を受けられず、苦しんだ末に死亡したり深刻な後遺症を負うことになるかも知れない。


 完全に詰んでいる。これから一時間以内に、「国連軍」の艦隊内でペストや天然痘の大流行でも一斉に始まらない限り、南海艦隊の進路を妨げる包囲網は弛まないし、解かれない。


 南海艦隊の指令官は、共産主義者にあるまじき事に、実は現実主義者であった。正確には、民主主義国家的な意味合いでの現実主義者であった。権威主義国家において、「現実主義」と言う言葉は、少し意味的解釈が異なっていた。


 ともなく、ここのいる現実主義者には、イデオロギーに最後まで(・・・・)殉じる事に意義を見出せず、彼岸を超えてなお無駄な足掻きを続ける事に大した(・・・)価値を見出せなかった。


 だが、その思想や哲学を表立って同僚や部下達と共有する事が難しい環境に身を置いていた。


 だから、少しでも良いから、その難しさを緩和したいと願い、それを実行に移す事にした。 限界まで膨らんではち切れそうになった不条理や非合理は、ちょっとした切っ掛けさえあれば一瞬ではち切れてしまうのからだ。


 共産主義社会ははち切れた資本主義社会からしか生じず、社会革命とか言うものははち切れた社会への不満からしか生じない。前者は、産業革命時代の英国で、クソニート生活を不満タラタラで満喫していたある妄想家(彼を信望する革命者達がは、科学的な経済学者だと主張するが)が唱えた仮説(希望)でしかない。一方、後者ならば、既に幾度も歴史を通じて状況証拠の積み重ねが完了している(あまりに事例が豊富過ぎて、積んだ山が今にも崩れだしそうなほどに高くなっている)。


 南海艦隊は、指令官より新たな進路を指示(・・)された。それは、フィリピン共和国とマレーシア連邦の海上の国境線、バラバック島(北側)とバンッギ島(南側)の間にある海峡を抜けてフィリピン海、さらに太平洋へ向かうと言うものだった。


 だが、南海艦隊の指令官は、南海艦隊がその海峡を抜ける事が出来ないと、「国連軍」の動きを読んでいた。


 南海艦隊が、バラバック島へ近付くと、想定通りに陸側から砲弾の射撃が始まった。南海艦隊の指令官は、そこにフィリピンの島嶼エリアを守る沿岸警備隊(コースト・ガード)のケープ・メルヴィル保安区の特殊警備基地がある事を承知していた。


 血気盛んな愛国艦長が、軽率にもフィリピンの海上保安庁(コースト・ガード)多目的対応船(MRRV)MELCHORA(メルチョラ) AQUINO(・アキノ)」をぶつけて退けた事を、特殊警備基地の所長が知らされていない筈がない。


 それによって、始まる前から船体に不要なダメージを負ってしまったのは大きなマイナスであった(最近の、偉大なる党に忠誠を誓う新世代の艦長達はあまりにも解放的過ぎて、最近の駆逐艦や巡洋艦が戦艦大百科に掲載された白黒写真かカラー・イラストでしか知らない大昔の"重装甲☆ロマン"な蒸気タービン艦とは違って、機動力最重視のガス・タービン艦であるが為に、紙の様に薄いペラペラの装甲しか持っていない恐ろしさを、十分に理解していない傾向が強い)。


 そして、用意周到な「国連軍」が、こんなチョーク・ポイントに防衛部隊を配備しない訳がない。


 すぐにそれらの予測が正しかった事が証明された。


 最初の一発目が南海艦隊から見て陸側に着水した。


 砲弾が海面に落下して爆発する音を聞く限り、集弾率はまったく高くない。砲の数だけの水柱が南海艦隊、または空母"福建"を取り囲めてはいない。


 また、最初の陸側からの砲撃で使用された様な長距離射程・超音速落下の特殊弾頭は使用していない。この周辺に配備された部隊がそれらの特殊装備を配備されていない可能性制が高い。或いは、少なくとも積極的に使う戦()は取っていないと推測出来た。


 南海艦隊の指令官は、一つの確信を持った。そして、顔も知らない「国連軍」の艦隊司令官の意図を推測し、信頼してみる事にした。


 ーーー戦後。


 この、革命国家の解放軍の指揮官としては、とんでもない言葉を、心の中でとは言え、出航後に初めて使用する勇気を奮い立たせた。


 ーーーここで踏ん張りを(つら)いても、戦局を左右する(覆す)事は叶わない。


 南海艦隊の指令官は、資本主義的な思想にかぶれた。人間の命を金銭的な価値に換算して測り、消費に相当する程に高い経済・社会的な効果を求められるかどうか検討してしまった。


 そして、その結論は。


 ーーーだったら、無駄に死傷者をこれ以上に増やす必要はない。


 人命は地球より重い。そんな愚かな発想は、資本主義者の戯れ言であって、社会へ命を捧げる覚悟が常識である、世界でもっとも進んだ社会=革命国家の構成員(闘士)には共感出来る筈がなかった。


 南海艦隊の指令官としても苦渋の末の判断ではあった。しかし、腹は決まった。いや、決めるしかなかった。


 これは投資の世界では避けて通れない「損切り」の実行である。共産主義国家の軍人としては、あまりにも非道徳性が過ぎたが、資本主義者に改宗すれば、とても常識的であり、穏当な判断である。


 イデオロギー的に正しいか、先人が散らした命が無駄にならないか、悪魔が神に勝利する事を許すのか、など抽象的な問など知った事か。事件と戦争は現場で、現実的に起こっているのだ。戦闘期間が一分でも長引けば長引くほど、死傷者は増える「確率」が上がるのだ。


 そして、残念な事に、これ以上無駄な死傷者を増やす事には、偉大なる党の傷付いた自尊心を慰める効果しか生まない(しかも、直したり、治したり、癒やしたりする効果は皆無だ)。そして、それは、未来永劫に渡って(・・・・・・・・)、南海艦隊へは何の利益ももたらさない。


 南海艦隊の指令官は、偉大なる党とそれが背負うイデオロギーが、近い将来に暴落する可能性が高いとの見積もりを終えた。


 そんな一大事の決断を終えるタイミングを見計らっていたかの様に、艦至近への砲撃の音と艦の動揺に肝を冷やして、さっきまで顔色が真っ青だった政治士官が、顔を真っ赤(革命色)に塗り直して司令部へ飛び込んで来た。身振り手振りを交えて、必至に何やらをがなり立てている。


 元来、南海艦隊の指令官は、陰気なピエロの様に見える男が何を言っているのか興味は持っていなかったが、今でも引き続き持っているふりをして、更にお気持ちへの共感を示した。


「幹部がそんなに取り乱しては、全艦隊の志気に影響を及ばさずには済まない」と(たしな)めた。そして、全世界で社会・経済的に抑圧されているプロレタリアートが団結して始める同時革命を開始させる為の戦略の擦り合わせをしたいと申し出て、「一時だけでも士官用多目的会議室へ共に籠もりたい」と提案してみた。


 政治士官はその提案に乗った。そして、会議室へ移動すると、南海艦隊の指令官の副官が軽食を用意して待ち構えていた。


 副官がお盆(トレイ)を片手に退室して、会議室のドアが閉じられた。


 それから5分後、一過性意識消失発作を患った政治士官が医務室へと運び込まれた。医務官の診断は、「強い精神的ショックが自律神経のバランスが狂わせ、許容量以上の血液が心臓や各所の毛細血管へと雪崩れ込んだ」と言う診断で落ち着いた。


 それから、10分後、空母"福建"を中心とする南海艦隊は、フィリピンのバラバック島沖の珊瑚礁近くに錨を一斉に落とし、機関を停止させた。


 2隻の駆逐艦が機関停止指示(・・)を無視して、公海を目指して逃走を謀る様子を冷ややかに眺めながら、南海艦隊の指令官は、「即時」の「停戦」を求める「申し出」を、背後から意図的だとしか思えない程にゆっくりと迫りつつある「国連軍」の艦隊へ向けて打診し終えた。


 すると、「国連軍」による電波妨害などの電子戦のせいで、南海艦隊内の僚艦同士でも情報ネットワークの維持が困難だと言うに関わらず、とても素早く、極めて明瞭な文言と誰にでも傍受可能な平文で、「停戦」を求める「申し出」を受諾する為に「一時的な停戦」を一方的に行うと返信して来た。


 これは、南海艦隊が怪しい動きを少しでも見せれば、即座に「一時的な停戦」を終えて、トドメを刺しに掛かると言う警告が含まれていた。南海艦隊の指令官は、瞬時にその意図を的確に理解した。そして、自身が顔も知らない誰かが書いた「シナリオ」から逸脱しないまま、開戦戦から終戦までの「役」をたった今演じ終えたらしい事に気付いた。


 少しばかり腹が立った。だが、もうこれ以上は部下の数を減らさずに済むという安堵感の方が重要であったので、そのあたりの些事はさっぱりと忘れる事に決めた。


 こうやって、人民解放軍・海軍による、長年に積もらせた巨大な冒険(盛大な背伸び)は終わった。残念な事に、「鄭和」の後継者を自認しながらも、彼等は鄭和の大航海に並ぶ程の意義を歴史に刻む事が叶わなかった。


 おそらく、遙か(Post )未来(Disaster)に大宇宙で活躍する事になる、太陽系規模の経済ヤクザ「鄭和s(テイワズ)」が登場するまで、その野望が実現される事はないだろう。


 一方、「鄭成功(ていせいこう)」の後継者を自認する、大陸側ではなく、島側に芽生えた海軍の方はどうなっている事だろうか?


※= 当時のインド人は、国外からインドを訪れる旅行者に対して、「ミスター、ガンジャ、ハッシシ、ベリーチープ。チェンジ・マネー。ウォークマン、カメラ、カシオ買うよ」と言う大量の情報を、すれ違うほんの一瞬の間だけを利用して完全に伝え切ると言う特殊技術を誇っていた。

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