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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
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墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜49

「国連軍」に参加する合衆国海軍の、日本国・最大級の大型艦(ASEV)はるな級護衛艦と同様にSPY-7レーダー搭載する、つい最近に新造されたばかりのタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦から、超高空目標対応のSM-6系迎撃ミサイルが発射される。


 しばらくすると、はるか上空に「ぽっ」と、儚(はか)げな、小さな光の輪が発生して「ふわり」と消えた。輪の大きさから、高度4万0,000mの辺りだと推測出来る(特に高層大気層や大気圏外の場合、爆発を妨げる大気圧力がほとんど働かないので、その分だけ飛散要素が広がる。結果として、作られる光の輪の直径がとても大きくなる。正し遠近法を加味しなければならないので、見掛けでは「ちょっと大きめ」くらいだ)。


 どうやら、艦隊上空へと接近して来た人民解放軍空軍の高高度偵察機を迎撃したらしい。おそらく、偵察衛星代替の、空中発射式の偵察用高高度超音速無人機だ。


「国連軍」の正確な位置を捕捉出来れば、形振(なりふ)り構わず、短距離弾道ミサイルのDF-16極超音速滑空ミサイルのDF-17の辺りをぶっ放すつもりだったに違いない。


 十分な出力を持つ軍用レーダーであれば、意外な事かも知れないが、旧ソ連製であっても、宇宙の低軌道を飛ぶ人工衛星くらいならば容易に捕捉出来る。だから、最新型のSPY-7レーダーであれば、高度4万0,000mを音速の三倍の速度で飛翔する偵察機の索敵と目標までのミサイルの誘導が出来ないと考える方が無理がある。


 本気になった合衆国であれば、例え秘匿している実力であったとして、惜しげも無く披露するだろう。そして、偵察用高高度超音速無人機ではなく、偵察衛星を軌道変更(上空に接近)させようものなら、衛星破壊ミサイル(ASAT)なり、電子妨害なり、ハッキングなり、フルコースで対処して見せただろう。


 しかし、地表レベルに設置されたレーダーが、正確にはレーダー波が低軌道まで届くものなのだろうか? 答えはイエスである。届く。困った事に届くのだ。


 例えば、イラン・イラク(イラ・イラ)戦争当時、イランはイラクが運用しているソ連製の戦闘機MiG-25「フォックスバット」が超高空を超高速で飛行している影を見付けて、規格外の高度を規格外の速度で飛行している事から人工衛星であると誤解して見過ごした。この手の有名な逸話も珍しくないくらいだ。


 1980年から1988年レベルの技術でこれだ。21世紀中盤になれば、高度、速度、機動、上昇降下、質量推測、多数同時把握、多数同時追尾、更にそれらの未来予測を可能なレーダー・システムが実用化されていた。


 宇宙の物体の位置を地上から把握するする事は、それほど難易度の高いセンシング技術ではない。


 先に書いた様に、イラン・イラク(イラ・イラ)戦争当時でも、イランは、2万0,000m以上の高度を飛ぶMiG-25「フォックスバット」の影を発見した、イランが保有していた合衆国製レーダー・システムは完璧なコンディションではありえなかったにも関わらずだ(※1)。1980年から1988年レベルの技術でも、大気圏外まで十分に見通せると言う常識は既に広く共有されていたのだ。


 当時のイランも現在のイランと同様に、合衆国と揉めていたので軍用物資は完全な禁輸処置を喰らっていたせいだ。また、「WW2で覚醒した世界最強のチート国家」を自認していた、ソ連ともそれほど深い関係にはなかったので、気軽に助力を乞うわけにもいかなかった。


 いや、イランが、ソ連に助力を乞うようでは本末転倒である。この両国は、グレート・ゲームが競われていた時代、歴史的に侵略される側とする側と言う、よろしくない関係にあったのだ。


 旧・イラン帝国が、グラマン・F-14「トムキャット」とAIM-54「フェニックス」と言う、当時の「G5」に属する国でも目が飛び出るほどに超高価な迎撃システムを合衆国から仕入れたのも、北部からの侵入を繰り返すソ連空軍機対策だった。従来機では、高高度尾を高速で飛行するMiG-25「フォックスバット」をまったく太刀打ち出来なかったからだ。


 ロッキード・SR-71「ブラックバード」のソ連版と言うところだろうか。そして、SR-71は合衆国・空軍向けであるYF-12と違って非武装であったのに対して、MiG-25「フォックスバット」は武装が可能であったのだ。


 ロシア帝国時代から、つまりロシアに済むロシア人全員が根刮ぎ共産主義者へと成り果てるはるか以前から、ロシアはイランなどインド洋へ通じる「社会」への侵略・獲得・参加にご執心だった。


 ーーー俗に言われる「南下政策」である。


 当時の大日本帝国へ強い圧力を加えたのも、この「南下政策」の一端である。正確には、西征政策が失敗して、仕方なく南下政策を取り、これも失敗した末の東征(ウラジオ)政策(ストック)=(=)日本海への進出(東方を征服せよ)であった。


 だから、こんな歴史を抱えているイランが、今さら、あの頃から100年以上が経過したとは言え、親近感や好意を寄せる筈がない。それほど仲が良いわけでもない。お互いにノーフレンドだから、体育の授業でお決まりの柔軟体操の相手である様に、嫌われ者同士が組むと言う暗黙の了解が成立しているだけである


 イランがロシアではなく、人民共和国へ近付いたのも、世代を引き継がれてい民族的トラウマ(伝統的価値観)に理由を求められるかも知れない。


 まあ、地表にレーダー波を向けて索敵する「ルックダウン能力」を実現するよりも、力業で押し切れる技術ではある。


 偵察用高高度超音速無人機は、何回かに分けて波状に送り付けられた様だ。時々、迎撃ミサイルが発射された理由は、それくらいしかなさそうだった。おそらく、母機である戦略爆撃機の西安・H-6Nの動きを、合衆国が離陸時から完全にフォローしているのだろう。だから、偵察用高高度超音速無人機の発射を繰り返しても迎撃されてしまうのだ。


 やがて、断続的に発射されていた迎撃ミサイルの動きがパッタリと止んだ。


 小型で、省電力設計が取り柄である筈の艦載レーダーだけでなく、監視衛星や、通信傍受の技術も含めた統合情報によって、少なくとも第一波は収まったと言う分析結果が共有された。


 東部戦区空軍の第30航空連隊が、何度繰り返しても防衛網を抜けないと判断して諦めたか、或いは偵察用高高度超音速無人機の在庫が尽きたのだろう。おかげで、極超音速滑空ミサイルや対艦弾道ミサイルなどの、古典的な脅威(恫喝)が現実化する事はなかった。


 どうやら、大陸側にある人民解放軍の活発な行動は終わった様だ。その後の大陸における軍事活動は、積極さを失い、消極さが目立つ様になった。


 挫折に潰されそうになった人民解放軍が、正気を取り戻すまでの短い期間、精神的な自閉状態へと入ったのだ。少なくとも「国連軍」はその様に判断し、その判断に基づいて積極的な行動に移る事に決めた。


 まあ、しばらくの間だけだ。国際関係の舞台では、アルティメット☆アロガンツ(arrogant)な振る舞いこそが自然体である彼等が、それほど長く続く自重出来る筈がない。


 南海艦隊と偉大なる党から見捨てられた人民解放軍・空軍のパイロットが、だだっ広い海を漂っている。日本国・海上自衛軍が仕方なく、海上からヘリコプターで拾い上げて回る。一通り人道救助が終わると、「国連軍」の艦隊は、足の遅い艦艇を切り離して、艦載航空機の離陸に不可欠な合成風力を作るために前進速度を上げた。


 まず最初に、早期警戒機のノースロップ・グラマン・E-2F「エクステンデッド・ホークアイ」が前方に備えられた電磁カタパルトを使った発艦を始める。発艦作業が終わると、今度は着艦へと切り替える。


 今まで艦隊上空から水平線の向こうを監視していた早期警戒機のソーティーを完了させる為だ。本格的な攻撃作戦を実行する前に、十二分に酷使し尽くした隊員と機体を下がらせて、代わりに新鮮な防空戦力を投入する為だ。


 離陸させる前に着艦を済ませてしまえば手間が省ける(※2)。しかし、それでは本の一瞬かも知れないが、確実に索敵の穴を作ってしまう。合衆国にとって、最大限の安全の確保はちょっとした手間を省くよりも重要な事だったらしい。


 自然冷却の時間の方は惜しんだのか、アングルド・デッキへと着艦したばかりのE-2F「エクステンデッド・ホークアイ」は早々に艦内格納庫へと下ろされた。


 その後、「国連軍」が、ジェラルド・R・フォード級原子力空母(CVN)である"USS ジョージ・W・ブッシュ(CVN-83)"は再び、取り扱いのモードを発艦へと切り替える。長大な飛行甲板の極先端部から、ロッキード・マーチン・F-35F「スーパー・ライトニングII」の発艦を始める。


 ここからの合衆国海軍は、行動戦略が通常モードへと復帰する。これまでは、フィリピン海軍に活躍の場を作ってやらなければならない、などの制約があって、自前の攻撃用航空戦力を温存し続けるしかなかった。しかし、この先はその必要がない。後は、最大限の圧力を掛けて、人民共和国の南海艦隊を占め(・・)落とせば良いだけであるからだ。


 追われる立場に陥った南海艦隊は戦速を上げたいが、酷い損傷を負わされた艦艇も混ざっている為に今以上の増速もままならない。その為に、「国連軍」に相対距離をどんどん縮められてしまう。インドネシアのカリマンタン島付近で、お互いに艦影を水平線付近に目視出来る所まで追い詰められてしまった。


 南海艦隊も苛つくパイロット達を艦載戦闘機で発艦させて迎え撃ちたいが、飛行甲板とエレベーターがまだ復旧前だった為、物理的に不可能だった。巡洋艦や駆逐艦からの対艦ミサイルや対空ミサイルや速射砲で応戦すると言う手段もあった。だが、攻める側から守る側へと立場を変えてみると、残弾数を心許なく感じてしまった。だから、引き付けて確実に直撃を狙えるタイミングまで使用を控えた。無駄撃ちは避けたいムードとなっていたのだ。


 ーーーとにかく、南下すれば希望が見出せる。


 やがて、南海艦隊は前方の海域に、友軍が設置した機雷敷設、上昇機雷による危険なラインが存在していた。カリマンタン島のブルネイ・ダルサラーム国〜インドシナ半島のヴェトナムまでの完璧な封鎖ラインが作り上げられていたのだ。


 だが、残念な事に、友軍が設置したに関わらず、上昇機雷は接近する艦船の磁場に反応して、敵味方区別無く、近寄る艦船は、敵味方軍用商用などは関係なく、全てを問答無用で破壊すると言うバーサーカー(ベルセルク)・モードで身構えていた。


 上昇機雷に敵味方識別装置は搭載されていた。だが、敢えてそれが利用されていなかった。電波によるネットワーク機能を稼働状態にしておくと、悪辣な合衆国のハッカー部隊が乗っ取りを謀ると偉大なる党と解放軍・幹部達が勝手に信じていたからだ。だから、上昇機雷は完全なスタンド・アローン状態で「来る者は拒まず」と言う誰にでも積極的に来客対応する心掛けで、水中に身を潜めていた。


 だが、南海艦隊は上昇機雷の設定がバーサーカー(ベルセルク)・モードであるとは知らなかった。また、撤去するときの手間暇を考えれば、そんな異次元的に愚かな戦術を採るとは思い付きもしなかった。


 この一事で分かる事は、人民解放軍・海軍の首脳部とその後ろで身を潜めている偉大なる党は、合衆国が考えている以上に合衆国を怖れていたと言う本音だ。実際に対立を始める前は、やたらに威勢の良い、いわゆる戦浪外交を惜しみなく突き付ける。しかし、どうやら、その心中は見掛けほどに穏やかではなかったのだ。


 悪辣な合衆国のハッカー部隊は確かに優秀だ。しかし、南シナ海を南北に分離する程に長大な上昇機雷線の全てをハッキングする事はそれ相応の時間が掛かる。まず、東西に移動するだけでも相当な時間が掛かってしまうのだ。しかし、人民解放軍・海軍の首脳部とその後ろで身を潜めている偉大なる党は、恐ろしさに脳味噌の筋肉を固く強張らせてしまい、合衆国が実際の姿を遙かに超える巨人であると評価してしまっていた。


 ーーー恐怖は、誰の価値観であっても、それらを歪めずにはいられない。例外はない。


 だから、合衆国のハッカー部隊であれば、長大に敷かれた上昇機雷封鎖線を短期間で掌握してしまうと言う、非現実的な妄想を抱いてしまった。そして、長大な上昇機雷に関する「設定条件」を南洋艦隊へ申し送ることを躊躇してしまった。失念してしまったのではない。南洋艦隊が、上昇機雷の設定がバーサーカー(ベルセルク)・モードであると言う機密が漏れるのではないかと心配してしまったのだ


 後から、全ての事情が判明した状態で過去を俯瞰すると、「何と愚かな」とか、「負けるべくして負けた」などを軽率な評価を下しがちだ。だが、全てが闇の中で、手探りで戦うしかない当事者達は、これでも必死であり、主観的には極めて打倒であり、それなりに高いレベルの訓練を受けた、優秀な者達である。


 おそらく、素人である我々が同じ立場に立ち、責任を負ったとしたら、さらに酷い、目も当てられないような失敗を繰り返しただろう。全てを投げ出して逃げてしまうかも知れない。


 つまり、一見「愚策」にしか思えない様な判断の連続にも、それなりの「妥当性」ならば見出せるのだ。


 南海艦隊は、全艦が人民解放軍・海軍である事を示す敵味方識別信号を発しながら、上昇機雷海域へと侵入した。「国連軍」がこのまま追尾して来れば、友軍が仕掛けた上昇機雷で艦隊の何割かは無力化出来ると言う見込みだった。また、もし、上昇機雷に気付いて追尾を止めてくれれば、逃げ延びられる可能性が飛躍的に伸びる筈とも考えていた。


 後は、カンボジアの海外拠点のシハヌークヴィル基地へ逃げ込んでも良い。タイランド湾に、おそらくは「国連軍」へ昇格済みの日本国とオーストラリアの海軍艦船を中心に集められた寄せ集め艦隊が居座っている様なら、一戦交えても良いとも考えていた。


 ーーーその頃には、空母"福建"の飛行甲板も機能を取り戻している。


 そうれば、腹に抱えている戦闘機を発艦させる事も出来るだろう。カンボジアのプノム・ペン(ポーチェントン)に駐留させている空軍戦力による援護も期待出来るだろう。


 南海艦隊は、微かながら、やっと真面な希望を見出しつつあった。


 だが、不幸と不運に立て続けに襲われている真っ最中は、何をやっても、どれだけ足掻いても、結局は裏目に出てしまうものである。


 それは誰であっても、勿論、大正義☆偉大なる党が誇る「南海艦隊(正義の鉄槌)」であっても、例外では有り得ない。やはり、最後の運を使い果たした直後に、南海艦隊を最初の悲劇が襲った。


 念の為に対潜索敵を行いながら、艦隊の先頭を進んでいた055型駆逐艦が突然に面舵最大を取った。空母"福建"の監視員は何事かと思ったが、異常事態を報告し、その055型駆逐艦に双眼鏡を向けて両目で覗き込んだ。


 すると、055型駆逐艦の船体下部、いや、下方の海中が凄まじい勢いで膨張した。次の瞬間、巨大な泡をまとった海中の盛り上がりが、055型駆逐艦のを海面の上へと持ち上げて、前後真っ二つに船体をへし折った。


 南海艦隊の指令官は、報告を疑った。自身で双眼鏡を片手に、高台に上って、被害を受けた055型駆逐艦がクイック・シンクする光景を見下ろした。


 ーーーああ、何と言う事だ。


 確かに、魚雷攻撃だ。バブルジェットだ。船の真下、水中で巨大なバブルが発生して、そのバブルが急速に収縮→海水がジェット噴流化→圧力のせいで海面方向だけを目掛けて水柱を作る。その水柱が055型駆逐艦を真っ二つにへし折ったのだ。


 総員退去の命令を出す暇もなく、沈み始めてしまったのだろう。055型駆逐艦から逃げ出すして海面へ辿り着いた水兵の姿をほとんど確認出来ない。


「全艦隊、全力・・・」


 逆進しようかと思ったが、すんでの所で思い止まった。


「全艦、取り舵一杯!! 最大戦速で現海域から脱出!!  進路2-7-0」


 マイクを構えて、大声で号令を飛ばした。南海艦隊の指令官は、ぐらりと身体が振り回されたので、手短な所に生えていた取っ手を右手で掴んだ。自身が乗っている空母"福建"が、急旋回を掛けたのだ。


「海難救助!! カッターは下ろすな!! ヘリコプターで(すべて上空から)対処しろ!! 事故(・・)海域への艦艇での接近を禁止する!!」


 新たな被害を出さない為である。上昇機雷に短距離対空ミサイルが搭載されているとが思えなかった。だから、空から近付く分には、上昇機雷の餌食になる事はないと推測出来た。


 南海艦隊は、この時点で艦隊としての体面(連帯意識)を失い、一つの大きな群から個々の艦艇の寄せ集めへと返り始めていた。確かに、指令官の命令には従うだろう。しかし、個が群へ行う自発的な貢献、または個と個が結び付いた有機的な連携を失いつつあった。


 泣きっ面に蜂と言う、何とも情けない現状。南海艦隊に蔵する大半の将兵達が、まともな判断能力を蝕まれつつあった。にも関わらず、後方からはほぼ無傷と言って良い、「国連軍」の艦隊が彼等へと迫っている。


 日露戦争における日本海海戦は、歴史上比較的対象が存在しないパーフェクト・ゲームとして終わった。「パーフェクト」は、日本国側に戦闘を通じて沈められた艦艇が皆無で、ロシア側の戦艦がほぼ全てが壊滅させられた戦果に由来する。


 壊滅の詳細は、ほとんどの艦艇が沈められ、一部が自らの意思で艦艇を海岸に乗り上げさせたり、戦闘を放棄して勝手に戦闘海域を離脱したり、である。


 海戦史では、これほどに効率的に敵群を壊滅させたと言う例はない。


 しかし、日本国側で沈められた艦艇はなくとも、それなりに大きな戦闘被害を負ってはいた。


 そして、日本国への帰国後、旗艦「三笠」は、爆薬庫で火事が起こってしまったらしく、呆気なく港の中で爆発して海中へと沈んでしまったりもした。現在展示されているのは、沈んだ艦体を後に引き上げたからである。


 この事実を考えれば、「国連軍」の艦隊がほぼ無傷であると言う事はあまりにも奇妙だ。


 20世紀末、英国とアルゼンチンのフォークランド紛争。その後におそらく、海戦らしい海戦は行われていない。そして、この時であっても主砲や艦対艦ミサイルの打ち合いが、戦争の勝敗を決する機会は訪れなかった。


 どちらかと言うと、高度なチェスの打ち合いの様に、互いが奇策、遠距離攻撃に徹していた様に思える。21世紀の海戦となると、もう姿を隠すのではなく、物理的な離れた者同士によるアウトレンジ攻撃の応酬へと移り変わっていった(+潜水艦などによる、至近からの不意打ち(忍者)的な攻撃)。自分達の正確な位置が一方的にバレた時点で、主導権を失い、先制攻撃を仕掛けられ、勝利の可能性をほぼ完全に失う。


 艦隊同士が、まるでステルス戦闘機同士の戦いの様に、「first look, first kill」の戦いを行っている様だった。しかし、全体を見通せる者であれば、たった今行われいる海戦が、そうではない(・・・・・・)と言う事が分かる仕組みにもなっていた。


 実は、主戦場は現実にドンパチをやっている場所ではなかったのだ。遙か後方にある「大本営(ヘッドクオーター)」にあるシミュレーターこそが、仮想空間こそが主戦場だった。現実世界での戦いは、ある意味では、答え合わせの様なものだった。


 全ては、仮想空間(主戦場)で無限と思われるヴァリエーションで試され、あらゆる未来が検討され、実行部隊は仮想空間(主戦場)で得られた知見の基づく、最適化されたプランに沿って戦いを実行する事が求められる。だから、南海艦隊の目前にいる合衆国が中心となった「国連軍」実行部隊は、実は本体ではなかったのだ。本体は、遙か後方。どこにあるのか解らない「大本営(ヘッドクオーター)」を運営する頭脳達である。


 ーーー現実世界での初戦の勝敗には、実は大した意味がない。


「大本営(ヘッドクオーター)」としては、実行部隊が被害を受ければ痛い。しかし、痛いだけで、取り返しが付かないと言う事態には陥らない。ただ、一度目の失敗を考慮した作戦を立案し、それを実行する新たな実行部隊を送り付けるだけだ。そして、これは勝つまでか、資源が許す限り繰り返される。


 気軽に戦いは始めない。しかし、一度始めてしまったら最後までトコトン戦い続ける。


 ーーー始めた以上は、自分達が勝つまで永遠に(・・・)戦い続けると言う覚悟。


 何故、民主主義国家軍が戦争に対して非積極的なのか。それは、戦争がハッピーエンドで終わると言う筋書きは絶対的に存在しないと言う現実性を共有出来ているからだ。一方、権威主義国家は、戦争は勝ちさえすれば必ずハッピーエンドで終わると信じているからだ。


 この価値観の断絶と格差は、社会の統治者が被統治者を「所有しているかどうか」によるところが大きそうである。所有しているかどうかは、被統治者の持つ人権や尊厳を一定のレベルを越えて踏みにじる事が許されているか? と言う一点で区別する事が出来そうである。


 少なくとも、有力な対立候補が出馬しない国政選挙が行われていない社会は、統治者が被統治者の持つ人権や尊厳を一定のレベルで踏みにじる事が許されていると判断して差し支えないだろう。それは、国家に限らず、政党や組織においても同様の傾向がある。


 敵が勝つまで永遠に(・・・)戦い続けると言う覚悟済みと言う事は、南海艦隊にとっては頭の痛い問題、いや、超えられない壁となる。


 例え、目前にいる艦隊を撃退しても大した意味がはない(一時凌ぎに過ぎない)事を意味するからだ。撃退しても撃退しても、まるで彼等が昔に得意としていた様な人海戦術を繰り出す様に、まるで、オートマチック拳銃の弾倉が次々と薬室に弾丸を供給し続ける様に、既に次やその次の戦力が後方に控えているからである。


 そして、薬室に供給される弾丸は、後の方になればなるほど、作戦立案がどんどんスマート化されて行く。彼等が昔に得意としていた様な人海戦術と違って、人命については無駄遣いをせず、代わりに機械に代替された戦力を捨て石として大量に投入する。


 先に、日本国・自衛軍が始めて披露した無人航空隊の様にだ。


 殺し合い(・・)を否定して、殺しにだけ(・・)徹すれば=前線の維持任務から人間を可能な限り排除して、その代わりに機械へ徹底に依頼すれば、人命の喪失率は圧倒的に抑制出来る。


 それに比べて、人民解放軍では、口でアピールする程に戦力の機械化は達成出来ていない。一つの陣営では死傷者の数が極少数で、異なる陣営では大量の数の死傷者の山を積み上げる。こんな卑怯な条件で消耗戦を繰り広げられたら、人民以前の棄民などすぐに使い切ってしまう。そうなると、最終的に上級人民までも徴兵しなければならなくなる。


 しかし、それでは国家体制を維持出来なくなる。それは、彼等の価値観に従えば、「上級人民と棄民」の関係は「飼い主と家畜」の関係に相当し、殺されてはいけない者と殺されても良い者に区別可能と言う常識を裏切る事になる。


 人間は、平等ではない。


 資本主義ではそれは真理であり、共産主義ではそれは機密である。共産主義者にとっては一種の禁則事項である。


 後者はそれを否定しながら、「嫌も嫌も好きの中」的に徹底的に実行している事は、観測がそれを裏付けている。その徹底ぶりは、資本主義者が呆気にとられるほどに躊躇がない。


 しかし、一方が短期間で増産可能な機械の消耗を強いられ、もう一方が成人するまで約20年を必要とする人間の消耗を強いられる様な消耗戦が長く続くとどうなるのか?


 やがて、人間を酷使して戦う側の陣営では、早々に、前線が求める必要な数の人間=兵士を揃えられなくなる。世界第二位の人口を誇る事から、大量の人民を抱えている事は間違いない。しかし、それでも、その数は決して無限ではない。一方で、「国連軍」側は、冗談抜きで、全自動化工場(キャベツ畑)から無限に新しい戦力(兵力)を戦場へ供給する事が出来る様なものである。


 大昔に流行った艦隊決戦主義を試しても、人的損耗をあまり気にせずに済む様になった「国連軍」側は、気長に、確実に勝利出来る戦略を採用するに至った。


 ーーーそんな条件で勝つまで戦いを続ければ、いつかは必ず勝つと言う戦略。


 人民共和国の側としては、「何と言う身勝手」とつい漏らしてしまうだろう。同時に、憤らずにはいられない。しかし、この戦争を好んで始めたのは自分達であると言う事実が、偉大なる党が心ゆくまでヒステリーを楽しむ上での障害となっていた。


 戦闘準備の面で競っても、戦争を始めた方と、挑まれた方の達成度や充実度には大きな格差があった。


 挑まれた方は、慎重に検討して念入りに準備(最適化)を進めた。「大本営(ヘッドクオーター)」と実行部隊は共に、実際の戦闘の前に仮想空間(主戦場)へと叩き込まれた。そこで、何度も何度も酷い目にあった後で、ようやく今日の海戦に挑んでいる。


 ラオス紛争が始まってから、合衆国・海軍の第七艦隊がずいぶんと長い間姿を隠して、前線へと出てこなかった本当の理由は、仮想空間(主戦場)での戦いがなかなか終結しなかったせいなのだろう。


 南海艦隊の指令官は、その手の気味の悪さには薄々と気付いてはいた。


 擬体やサイボーグと言ったサイバネティクス関連の技術は、仮想空間(主戦場)での戦い全般(シミュレーション)を現実以上にリアルな試練へと引き上げていた。そして、仮想空間(主戦場)へと事前に出征させられたのは、軍幹部達ばかりではなかった。一部の一般兵士達もモブとしてダイブさせられ、繰り返し臨死体験を味合わされていたのだ。


 だから、ここにいる者達の少なくない割合は、仮想空間(主戦場)での本当の戦いを繰り返した猛者(もさ)達だったのだ。どうすれば自死を避けられるか、自分の側の群が戦いに勝利出来るのかを知り尽くしていた(同時に、どうすれば戦死してしまうのか、敵に利を与えてしまうのか、自分の側の群が戦いに敗北してしまうのか、なども知り尽くしていた。仮想的な体験を通じて)。


 南海艦隊の軍人達と比べると、「国連軍」側の軍人達は、この戦いの条件に限った練度が段違いに高かったのだ。


 ーーー事前に、ハードな予習を嫌と言うほどに繰り返しているからだ。


 偉大なる党は、戦場を支配するルールがいつの間にか変わってしまっていた事に、この時点ではまだ気付いていなかった。


 ーーー今や、行き当たりばったりで戦いに挑む様な牧歌的な時代ではなくなっていた様である。


 争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。


 いや、


 戦いは同じレベルの者同士でしか成立しない。


※1= それは、彼等が革命を起こし、帝国を潰し、シャーを追放し、祖国イランを宗教国家として作り直したからだ。彼等の彼等による彼等のための国家を作る過程で、合衆国に凄まじく巨大な喧嘩を売ってしまった。そのせいで、革命前までは気ままに買い漁っていた合衆国製のレーダーで使用する交換用消耗品の入手が100%不可能になっていた。ウィーン条約くらいはキチンと守るべきであった。そう言えば、近年中に、イランの犯した失敗と良く似た、治外法権である筈の大使館への暴徒の侵入をホスト国が黙認した事件が二つありましたね。一つはエクアドルのメキシコ大使館。もう一つは・・・の合衆国大使館。現在、2024年。世紀末にはまだ早過ぎね?


※2= 甲板が別れているので着艦と発艦を同時に行う事も出来る。だが、敢えてそれを行うほどの緊急事案ではないと判断していた。難しい二つの事を同時に行うと、嫌が負うにもミスを引き起こす可能性が上がる。必要がないなら、敢えて危険を冒す必要はない。安全第一。品質第二。生産第三のマインドは重要である。

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