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命を継ぐ者。 〜 Inherit the Life. 〜  作者: すにた
第八章 それぞれのフロンティア。
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114/143

墜ちる㕶星、拾う百萬星。 〜51


 人民共和国・河南省上空約1万5,000m。


 人民解放軍が誇る、ステルス戦略爆撃機である西安・轟炸二〇型が東シナ海方面を目指して、東方向に巡航速度で飛行している。


 尾翼のない事(ステルス性重視形)が特徴であるこの全翼機(フライング・ウイング)は、どこかで見た事がある様な気がしてならない。


 グラファイトをふんだんに混ぜ込んだ特殊な塗料で全体を覆っている。そのせいで、上から見てもしたから見ても、隙間のない漆黒である。


 人民共和国による独自開発であり、比較する対象が存在しない、世界最高レベルの戦略爆撃機である(担当官が発した国外向けコメントによれば)。そうだ。


 世界の印象は、その様な主張とは少しだけ異なった。


 ーーー合衆国の戦略爆撃機であるノースロップ・グラマン社が作り上げた世界初のステルス戦略爆撃機であるB-2「スピリット」を"ベンチマーク"する事で完成した。ーーー


 である。


 正直なところは、いろいろ(・・・・)なところからいろいろ(・・・・)な手段で引っ張って来た最新且つ最末端技術の集大成(寄せ集め)として試作した、全翼ステルス無人爆撃機「润剣」で培った技術を応用して(突き詰めて)纏め上げたと言う感じだろう。


 おそらくは、人民共和国の手によって「形」となった最後の(・・・)「大型発明」の品であったと思われる。


 しかし、残念な事に、この"銘品"の量産はたった三機で打ち止めとなってしまった。それは、工学設計の段階で多くの困難に直面しただけではなく、製造技術の確立の段階で更なる、もっと巨大な障害にぶつかってしまったからだった。


 轟炸二〇型が搭載する先進的で核心的で進歩的で良い所取り(いーとこどり)な機能を、個々で実現する事は出来ない事もなかった(簡単ではなかったが)。だが、困った事に、それらを一つに取り纏めて=パッケージングする事が、予想外に、想定を遙かに超える難事業と判明した。偉大なる党に奉仕する技術系人民にとっては、巨大な厄介ごととなった。


 Aと言う機能を実現すると、Bと言う機能が不全を起こす。Aを修正してBの機能不全を解決すると、今度はCと言う機能が不全を起こす。そこで、Bを修正してCの機能不全を解決すると、今度はAと言う機能が不全を起こす。


 あそこを叩いて慣らせば、こちらが代わりに出っ張る。こちらを叩いて慣らせば、あそこが反作用で出っ張る。最終的に、あそこもこちらも引き替えに出っ張る。アチラを立てればコチラが立たぬ。


 まるで、素人の手による野心的な板金作業の成れ果ての様に、轟炸二〇型の機体設計(バランス取り)は負の連鎖に陥ってしまった。


 長い年月を掛けて、それらを何とか誤魔化して(宥めて一時的に)一つの形へと集束する事には成功した。だが、今度は、核心的な素材の大部分が民主主義国家の企業しか製造していない特殊素材である事が判明したりもする。


 そこで、特許権ガン無視で自国生産してみると、どうにも品質が安定しない。コスト的にも馬鹿高くなってしまう。そこで国産化が順調化するまでは、「お情けで」で堕落した資本主義国家のメーカーから正規品を「買い求めてやろう」と言う「お客様は神様」風に注文を出した。


 だが、慈悲深い注文主への返答は非道徳的な内容が綴られていた。


 ーーー曰く、取引不可。


 民主主義国家の全ての企業は、彼等を管理する国家・政府が、轟炸二〇型製造には不可欠な物資や素材のほぼすべてを戦略物資指定(COCOM2指定)済みだと打ち明け、新たな取引がは出来なくなって「残念だ」と言うメッセージを返して来た。


 仕方なくプランBを発動させる。多様なルートを使った公正取引(密輸)によって、必死で戦略物資指定品(COCOM2指定品)を掻き集めて、何とか組み立てた轟炸二〇型の総数が三機に至ったと言う訳だ。


 核心的な素材以外で製造した自国産の部品(非重要部品)のストックならば、倉庫で山積み状態である。だから、戦略物資指定品(COCOM2指定品)の物資の次の入荷があり次第、あるいは国産化が軌道に乗り次第、四機目や五機目がロールアウトする予定であった。


 だが、ほぞぼそと入荷する密輸品は、戦力化した三機の交換用パーツとしてほぼ完全に消耗されてしまう。


 パパとママも、正確にはパパが眉間に皺を刻みそれが取れなくなってしまう程に頑張ってはいるのだ。だが、それでも、四男や五男と言った弟達が誕生させる事は、未だ作れずにいる。それでママは不機嫌で、パパは肩身の狭い思いをさせられているのだ。


 なお、合衆国は、はるか以前に元ネタであったB-2「スピリット」の全機を退役させ、もっともっと運用コストがお安い、新世代であるB-21「レイダー」へと置き換え済みである。轟炸二〇型は、試作機が初飛行を果たした段階で、既に旧世代機(一週遅れ)となってた。だから、比較対象と見做される「レイダー」には"遠く及ばない"と言う評価しか受けていない。


 しかし、ステルス戦略爆撃機どころか、戦略爆撃機と言うジャンルの戦力を運用している国家が、世界でもたった三カ国しか存在しない点を考慮すれば、ステルス戦略爆撃機である西安・轟炸二〇型の運用実績を誇る人民解放軍は、もっともっと高く評価されるべきだろう。


 轟炸二〇型は、戦略爆撃機を名乗るだけあって、充実のスペックを誇る。


 武装ゼロの航続距離は1万0,000km。完全武装の航続距離は6千,500km。


 ペイロードは通常では35t。クリティカルなミッションであれば7t。


 もちろん、通常兵器だけでなく核兵器も運用可能。


 空中給油機を併用すれば、グアム駐留合衆国軍への直接攻撃も可能である。


 轟炸二〇型は、B-21「レイダー」と比べて明らかに機体重量が嵩んでいた。それは、構造材の質の問題もある。しかし、第一の原因は、前者の要員が三名である事に対して後者は二名である事に求められる。


 轟炸二〇型は、常に敵地奥深くまで侵入する作戦に投入される。だから、パイロット達は、完全な無線封鎖しながら核兵器の運用を任せられる事になる。偉大なる党は、


 それが恐ろしくて堪らなかった。だから、B-21「レイダー」には不必要だった三人目用の座席を追加する事で安眠を得ようと試みた。


 三人目。それは、航空政治士官である。


 人民共和国、人民解放軍、ソ連邦海軍などの共産党が支配する国家の軍隊に限ってだが、核兵器搭載原子力潜水艦などの重大な前線組織には必ず乗艦し、平時でも艦長の次に大きな権限を持ち、有事には艦長の更迭権をも与えられている「政治士官」と言う重要な役職がある。


 その制度を、何と解放軍・空軍のステルス戦略爆撃機にも適応したのだ。


 つまり、ステルス戦略爆撃機を操縦する二人のパイロットは、共産党直属のエリートである航空政治士官の承認なしでは、作戦飛行中のイレギュラーな行動は一切許されないのだ。ただ、命令書にある飛行プランの通りに飛行する事が求められる。


 仮に通過する前方空域に雷雲を見付けても、航空政治士官からの承認を受けなければ回避行動によるリルートは許されない。そのまま、雷雲に突っ込まなければならないのだ。


 つまり、主パイロットは機長としての重責を負わされていたが、機長としての行動の自由(権限)を与えられていなかったのだ。


 ステルス戦略爆撃機は音速に近い速度で核兵器を運べる。これは、敵国上空へだけでなく自分達、偉大なる党の本拠地へも運べると言う事も意味した。航空政治士官は、その反革命行為を防止する為の堤防として機能する事が求められた。


 だから、偉大なる党は、航空政治士官を物理的に信用出来る存在へ仕立てる事を願った(信頼でないのがミソ)。そのでいで、航空政治士官は、従来の政治士官よりもずっと特殊な部類な「構造」になるしかなかった。


 航空政治士官は、少なくとも生体脳周辺の部位の完全に"電脳化"が施されていた。そして、身体の動作を司る小脳周辺の機能を、生体脳と電脳とで共用していた。つまり、自身の意思だけでなく、偉大なる党の命令でも身体が動く特別仕様の政治兵士であった。


 ーーー这玩笑不能随便开。


 航空政治士官が搭乗しているステルス戦略爆撃機が、少しでも偉大なる党への脅威を与えそうな行動を取ったならば、偉大なる党は航空政治士官の身体を通じて、非道徳的甚だしい反革命行動を完全に阻止出来るのだ。


 航空政治士官に就任すると言う事は、親から与えられた身体(自身)を偉大なる党へ捧げる献身的な行為である。偉大なる党の価値観では、それはもっとも尊く謙虚な行動であると高く評価される。


 この名誉ある聖務へは、望めば誰もが就ける訳ではない。清く正しい共産党のエリートの中も、もっとも高く評価される逸材にのみが授かれる。


 ーーー航空政治士官へ昇進すると言う事は、その人物の将来的な栄達が完全に約束されたと言う事も意味していた。最低でも人生の最後に地方政府の幹部の椅子くらいは確保されていた。


 だから、特に農民戸籍保持者の中で特に優秀な者達は、競ってこの栄誉へ繋がる蜘蛛の糸を掴み取ろうと日々を通じて奮闘努力していた。


 ーーー農民戸籍保持者にとっては、これくらいしか一代で幹部(の端くれ)へ登り詰める道は存在していなかった。


 まあ、ステルス戦略爆撃機はたった三機しかない。だから、航空政治士官の定員(枠)は現状ではたった六名だけだった。


 民主義国家群の軍人は、人民解放軍が尊ぶこの風習(文化)を「現代の宦官制度(人道に反する行為)」であると評価していた。特に欧州文化で育った者にとっては、神から授かった自身の身体の制御権を、他人に対して、無制限に解放すると言う環境は「精神的な去勢」に当たるとされた。


 考える葦としては、それをどうしても受け入れられなかった。自由選択を経由しない自動的な服従を、どうしても許容出来なかった。


 一つの事象に対する印象の多様性。この辺りは、アジアの大陸文化と西欧文化の決定的な違いを顕著に表していた。


 西安・轟炸二〇型二号機の主パイロット(大隊長)である劉秀英中校は、風景名勝区として有名な微山湖の上空に差し掛かった辺りで、奇妙なメッセージをヘッドマウント・ディスプレイ経由で受け取った。


 ーーー劉秀英中佐へ。貴機の安全に関わる情報を提供したい。


 文章そのものは明解な標準語(白京語)だったが、使用されているフォントが繁体字(旧字体)が点在している事が気になった。


 ーーーメッセージを受信したならば、主翼を観測可能な程度に上下に振って欲しい。


 劉秀英中校は、真横にいる副パイロットを視線を動かしてチラ見する。ヘッドマウント・ディスプレイを操作して、首を動かさずに後方の座席に収まっている航空政治士官の様子を確認する。どちらも、特段変わった態度は見せていない。


 と評価し終えると同時に、航空政治士官が、司令部から作戦内容のアップデートが届いたと、二人のパイロットへ機内電信で伝えて来た。


「同志中校。我はこれから暗号解読作業に入る。所要時間は最長で180秒」


 劉秀英中校は、180秒と読んで(・・・)、ずいぶんとヘビーな分量の作戦変更が届いたものだと驚いた。


 劉秀英中校は、航空政治士官へ「新たな指示があるまで、従来の飛行プランを死守する」と言う定型文を機内電信で返した。


 そこで、先ほどの奇妙なメッセージが新たに届いた。


 ーーー劉秀英中佐へ。航空政治士官の管理機能はたった今「ロック」した。主翼を観測可能な程度で良いから上下に振って欲しい。


 劉秀英中校は、パッシブ・レーダーやデータリンクで送られて来る情報を元に、機体周辺を丹念にサーチする。探知範囲内に脅威は存在しない。天候も安定。偏西風の異常蛇行もない。進路上には雷雲も見当たらない。


 もし、メッセンジャー(送信元)が敵である民主主義国家方面から送られたものであるなら、こんなメッセージが届く段階で詰んでいるな。


 劉秀英中校は諦めて主翼を上下に振って見せた。


 ーーー劉秀英中佐へ。ありがとう。受信を確認した。このまま、テキストを読み通して欲しい。内容の感想などのレスポンスは今の所は不要だ。


 劉秀英中校は、偉大なる党による、反革命共同行為に関するおとり捜査の一貫か何かかと最初は疑った。だが、こんな国家的な危機下でおとり捜査を楽しむ余裕など、まともな感覚の組織であれば持ち合わせてはいないだろうと考え直した。


 ーーー貴機は、目的地上空で配達(・・)業務を終えた後に、無事に基地へ帰還(RTB)する事は出来ない。


 これは穏やかではないな。劉秀英中校は迎撃攻撃の予告を受けていると考え始めた。


 ーーー敵対勢力からの攻撃が原因ではない。貴国の都合の結果である。


 メッセージの送り主は、劉秀英中校の閃きを瞬時に否定した。


 ーーー貴機に積まれた荷物(・・)が何であるのかご存知か?


 まあ、核兵器。おそらくは戦術級の精密誘導爆弾だろう。劉秀英中校も、作戦内容の詳細が伝えられていない事を根拠として、配達(・・)物が何であるのかくらいは見当が付いていた。しかも、予定されている飛行経路下に、つい先日に暴動から内戦へと状況が移行済みの上海が存在している事を承知している。


 ーーー荷物(・・)は、劉秀英中佐の想像の通りの内容である。黄海へ一度出た後に引き返して目的地にへと投下する事になる。


 しかし、何故最短コースを飛行せず、公海上まで出てから引き返して上海上空へ到達する点を奇妙にも感じていた。


 ーーー何故、黄海から海上へ出て、東シナ海から陸上へと戻るのか。それは、他国からの攻撃であると主張する為である。


 劉秀英中校は、自機を「他国からの攻撃機」であるとするシナリオを見て、「なるほど」と合点が入った。ただし、情報衛星やレーダー・システムが高度に発達済みの21世紀に、そんな20世紀レベルの小細工が通用するとは考えられなかった。


 ーーー貴機が東シナ海から目的地の上空へ入った事を、貴国の衛星導航系統へ確認すると同時に仕掛けられている自爆装置の自動的にカウント・ダウンが開始される。


 ーーー悲劇的な結末を避けたいならば、海上に出た後に貴国の陸上へ戻ってはならない。


 劉秀英中校は、犬死にを回避する代償として、「核爆弾を搭載したステルス爆撃を土産にした亡命」を推奨されているのだと理解しかけた。


 ーーー機体トラブルを装って、黄海辺りで海上へ緊急着水。その後に機体放棄して脱出する事を推奨する。


 劉秀英中校は驚いた。彼の「しかけた理解」は大きな誤解だった。亡命は求められていなかった。最終的に、核攻撃の中止を求めているだけと理解した。単に「ブロークンアロー(核兵器の紛失事故)」を薦めているだけなのだ。


 そこで一つの疑問は持ち上がる。メッセンジャーの意図は? 何のメリットがあって接触を求めているのか? 本当に核攻撃の中止を望んでいるだけなのだろうか?


 必至になってメッセンジャーの意図が何であるかを想像してみる。


 人民共和国による「ブロークンアロー(核兵器の紛失事故)」を、国際社会で大失態として面子を奪う手段として活用するつもりなのだろうか? それとも解放軍秘蔵の核爆弾搭載機を極秘で入手したいのだろうか?


 ーーーなお、我々は放棄された核兵器の解体を目的とする回収は試みるが、機体にまで手を付けるつもりはない。また、その状況や結果を公に曝すつもりはない。


 劉秀英中校の邪推は否定された。信じるに値するかどうかは検討の余地がある。しかし、メッセンジャーが、人民共和国にとって面子が如何に大切であるかを理解している事だけは理解出来た。


 そして、ここまで綿密に劉秀英中校の立場と状況を理解している=人民解放軍や偉大なる党の状況をも察知していると言う事実は確定して良いと評価するしかなかった。


 だいたい、どうやって劉秀英中校に対してダイレクト・メッセージを送って来るのか想像も出来ない。つまり、それほどに深く自分達の社会へ浸透して情報活動を行っていると考えた方が良さそうだ。


 となると、何よりも大切なのは、「貴機の安全に関わる情報を提供したい」の一文だ。もし、メッセージが真実であるなら、自分達は生きて帰還する事が出来ないと言う事になる。そうなると、老いた父母、妻、子供達を放り出して次の輪廻へ旅立つ事を強要されてしまう。


 劉秀英中校は、口ほどに偉大なる党を愛してはいなかった。少なくとも、老いた父母、妻、子供達との生活を喜んで捨てるほどに、忠義を示したいとは思えなかった。


 劉秀英中校は、自分が生還する方法を検討し始めた。


 黄海へ着水は、非公開(独自発見)のフライバイ・ワイアーのバグを利用すれば無理なく墜落出来るだろう。


 黄海へ着水すれば人民共和国のコースト・ガードや人民解放軍の武装漁民の辺りに救助してもらえるだろう。だが、パイロット人生が終わり、人民解放軍での栄達を失い、場合によっては偉大なる党や人民への反革命行為を責められ、労働改造所または軍刑務所行きとなるだろう。勿論、老いた父母、妻、子供達も、反革命分子の家族である「罪」によって、合法的に労働改造所送りとなってしまうだろう。


 更に、救助される前に事故で水死する可能性もそこそこ高い。人民共和国が保有する救助活動を担当するいくつかの部署は、どれもが基本的に「左遷先」であったので、訓練予算も付かないし、人員の志気も極めて低い。だから、当てにするなら「国連軍」の方が百倍くらいマシそうだった。つまり、海への着水は、あまり賢い選択ではない。


 では、エマージェンシーを偽って、経路にある人民共和国の飛行場に強制着陸するか? いや。管制とやりとりをしている間に、航空政治士官に介入され、機体の制御権を奪われてしまうだろう。


 ーーーもし、我々による救助を希望するならば、即時対応は可能だ。ただし、公海上で着水を実行してもらう必要がある。


 メッセンジャーは、劉秀英中校の心中を完全にフォローしている様だった。


 ーーーまた、着水のリスクで生還策を躊躇している様ならば、周辺国の島嶼地域の滑走路してもらっても構わない。


 劉秀英中校は、ステルス性を存分に活かして、国外へ亡命すると言う手段も検討する価値があると考え始めた。


 ーーー亡命を希望するなら、貴官の家族の受け入れも可能だ。


 メッセンジャーは、劉秀英中校の思考を先回りして譲歩を伝えた。


 ーーー我々の目的は、上海民国臨時政府への核爆弾を用いた粛正の回避のみだ。それさえ防げるならば、どんな手段(・・)でも行使する用意がある。


 どんな手段(・・)でも。どんな譲歩でも、ではなく。つまり、たった今目を通したばかりのメッセージを無視して、命令書通りに上海を目指せば、自機が彼等によって撃ち落とされる可能性が高い事を示唆している。


 劉秀英中校は、"我々は貴官の生命の行方には興味はない"と言う一文が隠されている事を確信する。


 こうなると、メッセンジャーが用意しているどこかの滑走路へ着陸して、亡命して、外国へ家族を呼び寄せる以外に価値のある選択は最初から存在していない様な気がした。しかし、そうなると、最大の障害は後ろの座席に収まっている航空政治士官の存在だ。


 ーーーもし、海上で我々による即時救助を欲する場合は主翼を二度振って欲しい。もし、国外の滑走路へ着陸に挑戦する場合は主翼を三度振って欲しい。


 劉秀英中校は、まだ迷っていた。機密性の高い機体と核弾頭をまるごと、顔も知らない、おそらくは合衆国の情報部へと献上した場合のリスク管理問題が解決されていないからだ。


 ーーー核兵器はならず者組織への拡散の可能性を考慮して確実に解体する。機体に関しては然るべきルートで持ち主(・・・)へと必ず返還すると約束しよう。


 ーーーまた、航空政治士官と副パイロットについてだが、貴官が英雄的行動を採る上で障害となる事はない。二人とも、既に仮想現実内に取り込み済みである。


 どうやら、二人とも今なお別世界で作戦を続行中であるらしい。そうであるならば、自身が望む方向へ機首を向けて飛ぶだけで、新しい社会への道が開かれると言う段取りが既に完成していると言うことになる。


 劉秀英中校は、ついに決断した。主翼を三度振った。


 ーーー32°40'07.9"N 128°49'52.8"E。


 メッセージはGPS座標を示していた。日本国、九州付近の離島である様だ。


 滑走路のサイズは2千,000m×45m。一時的に閉鎖済みの民間空港。舗装状態は良好。防空識別圏進入後も一切着陸支援は行わない。電波を封鎖したまま21サイドから滑走路へ進入されたし。一度フライバイして、滑走路に一時的に設置されたワイアーの位置を確認後に、念のために緊急用フックを展開した状態でタッチ・ダウンして欲しい。


 メッセージはそこで途切れた。一方的に送り付けていたのか、超常の能力で劉秀英中校の頭の中を覗いていたのかは判らない。しかし、内容その物は、その後に起こった事実と一切齟齬がなかった。


 航空政治士官と副パイロットは、仮想現実内へと取り込まれた事実に気付く事なかった。そのまま最後まで劉秀英中校の企てを邪魔する事はなかった。


 劉秀英中校自身としては、家族を食わせていけるなら、生活の場は社会主義国家でも、資本主義国家でも、先進国でも、発展途上国でも、どこでも構わないと考えていた。だが、それほどに低い条件であっても、彼程度の持つコネでは国外へ移住する事は難しかった。


 また、仮に強行した場合に、移民先での経済競争に参加して勝ち残る事が極めて困難であるとも確信していた。だから、仕方がなく、相対的にマシであるが為に、極めて貧相な動機に支えられて母国へ留まっていたに過ぎなかった。


 だから、もしも、移民先での経済的な保証さえ得られるならば、自家中毒状態に陥って久しい母国を捨てる事には何の躊躇いも感じなかった。


 ーーー上海の壊滅を寸前で阻止したのだから、新天地で経済自立する為の援助を要求してもおかしくはないだろう。


 どちらかと言えば、口約束通りに老いた父母、妻、子供達を国外へ脱出させ、自分の元へ届けてくれるのかどうかの方が心配だった。


 上海の壊滅の予定時刻から約一時間後、ステルス戦略爆撃機である西安・轟炸二〇型が、長崎県五島市上大津町にある地方管理空港の滑走路への着陸に成功した。


 劉秀英中校は、福江空港派出所から派遣されたと言う、やたらに白京語(標準語)が流暢な巡査部長による簡単な取り調べを受けた。


「防ぎ様のない事故を原因とする、緊急回避と緊急着陸である」とだけ繰り返し答えた。


 やたらに白京語(標準語)が流暢な巡査部長は、まるで「良く分かっているな」と言う感じの、満面の笑みを浮かべて取り調べを終えた。


 どうやら、形式上、書類作成を目的として、この茶番に最後まで付き合わせられるらしい事を察した。


 その後に、国土交通省大阪航空局から派遣されたと言う、やたらに白京語(標準語)が流暢な保安部要員に航空自衛軍の連絡機の機内へと導かれた。


 機内に入ると、福岡県にある出入国在留管理庁から派遣された片言の英語しか話せない入国管理官と審判部門からやたらに白京語(標準語)が流暢な審査官が一人づつ待っていた。


 入国管理官によって、出国手続きが行われたパスポートを持ち合わせていない事を確認された。


 5分間のインタビューの後、審査官は、劉秀英中校は長年の迫害を受けており、それだけでなはく明白な生命危機の懸念があると認めた。続けて、「日本国への難民申請を行う」か、「第三国への出国を表明する」のいずれかを選ぶ様にと求めた。


 劉秀英中校は、同乗して来た乗員と乗客(残る二人)へのインタビューは、劉秀英中校の離陸後から随時行う事を説明された後に、取り敢えず、提示されたいくつかの選択の中から、条件が最もあやふやであると思われる「仮滞在許可」の申請を希望すると口頭で伝えるに留めた。


 劉秀英中校は、航空自衛軍の連絡機の中から、駐機場に作られた臨時露天作業所で、自分が丁寧にここまで運んで来た核弾頭を即座に解体している光景を目にした。爆縮レンズ構造の最重要パーツである「低感度爆薬」を取り外すために、慎重にカバーを取り外していた。


 他国製の兵器でありながら、最初から構造を詳しく知っているかの様に迷わずに、正しい手法で作業を進めている事実を目の当たりにして大変驚いた。


 いったい、どうやってノウハウを確立したのだろうか?


 また、ここが日本国の領土上であるならば、核弾頭を運び入れて分解作業を行うのは、世界的にも希有な政治的信奉である「非核三原則」に反するのではないか?


 劉秀英 元・中校は、そんな日本国独特の、神秘的奇迹(摩訶不思議)な文化的価値観を思い出して、少しだけ合法性に疑いを感じた。


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