第三十五話 いつかの誓い③
「あ、あの~……? っ、これは一体……?」
ゴラクZとの熱い抱擁を交わした青年は、今―――――顔を赤らめてそっぽを向いていた。
……おっと、しかし青年の名誉のために言っておくが、それは決して先ほどのゴラクZとのハグに照れているわけではない。
「う~ん……? う~ん……あれぇ……?」
その理由の正体。
それは、今まさに青年の右手を取り、両手でしっかりと包み込んでいるのが、九つの白い尾を持つ巫女服姿の美人な女性だったからである!
……青年は彼女を知っている。
この仮想世界《ユグ:ドライアス》において、彼女もまた並み居る強豪プレイヤーの一人であることを。
……青年は彼女を知っている。
かつて何度かレイドバトルの最前線にその姿を見かけ、そしてその度にその姿を脳裏に焼き付けていたから。
……青年は彼女を知っている。
……でもどんな戦い方をしているかはよく知らない。
……が、多分強い……のだろうことを!!
――だ、断じてッ! 顔が良い女性だったから覚えているワケではないッ!!!
……などと、青年が心の内で思っていたのは少し前のこと。
まともな会話すら交わさず、なぜか出会い頭からずっと手をガッチリと握られたまま、じっと至近距離で唸り声を上げられているのだから、もはや照れや恥ずかしさだとかは消え失せ、恐怖や困惑が勝るというものだろう。
しかしそんな状況を鑑みてくれたのか、観客席の方から大きな岩の体をした人……人……? がこちらに歩いてきた。
「どう~? 勝てた~?」
観客席から降りてきた岩の巨人――猫バイトは、呑気な声を上げながら巨体を揺らし、青年の手をガッチリと掴んだままの休日へと問いを投げかける。
すると、当の本人である女性は彼の問いには答えず、青年の手を両手でしっかりと包み込んだまま、至近距離で逃げ場を塞ぐようにじっとその顔を覗き込んだ。
「ねぇ! なんで避けれるの!?」
「……は、はひ……?」
いくらゲームのアバターだと考えても目の前にいる美女の超至近距離ご尊顔。
思わず漏れ出る青年の間抜けな返事など、しかし当人はどこ吹く風。
休日はさらに体を前のめりに乗り出し、言葉を続けた。
「あ、私、未来が見えるんだけどね?」
……は、はひ?
おいおい待ってくれ……などというツッコミを入れようとした青年だったが、しかしその隙すら与えられないまま、彼女の早口がさらに加速する。
「でもさ、未来ってまだ一つに確定してなくて、それぞれの選択肢や行動を起こした先にある、無数の分岐ルートみたいのがあるわけ。で、そこから最善の道を探るんだけどさ……う~~~ん、どうしても君に攻撃をしても当たる未来だけがないんだよね~~~~!? なんで!?」
「……え? なに、どゆこと……?」
あまりにワケのわからない状況が飲み込めず、青年より先に猫バイトが素っ頓狂な声を上げて岩肌の頭をかく。
……しかし、一番「どゆこと」と叫びたいのは、今まさに両手を拘束されている青年本人だっただろう。
「あ、あの……そんなこと言われても……俺、何もしてないですし……」
過剰すぎる美女の密着。
しかしそんな下心ですら秒で蒸発するほどの理解不能な言動。
思わず引きつった笑いを貼り付ける青年の頭上に、絶妙なタイミングで今度こそ救いの手が差し伸べられた
『……当然だ。そいつは相手の動きを見てから攻撃を避けれるという、頭がおかしい人力チート人間だからな』
頭の中に直接響いてきたのは、サクラノヴァの言葉。
だが、それを聞いた休日は目をさらに丸くさせ、キョトンと首を傾げた。
「……何言っているの? そんなことできるわけないじゃん?」
……それは、未来が見える人がいうセリフだろうか? とは、青年は必死の思いで飲み込んだ。
『事実、攻撃が当たる未来がないのだろう? ということは、今のお前が持つすべての攻撃は、必然的にこいつに避けられているということ……簡単な理屈だろう?』
「え、なにそれ!? ずるくない!?」
……それも、未来が見える人がいうセリフだろうか? と、青年は二度目の飲み込み作業を行う。
「じゃあさ、実際どれぐらい速かったら当てられるのよ?」
納得がいかないとばかりに、休日は不満げにぷうっと頬を膨らませてサクラノヴァに視線を向ける。
そんな彼女に対し、サクラノヴァは冷ややかに鼻を鳴らし、一切の容赦のない宣告を言い放った
『……ふん、お前は素手で空気を持つことができるか?』
「……いや、それ絶対無理ってことじゃん……。えぇ~? 君、やばいね??」
……いや、未来が見える人がいうセリ(以下略)。
―――閑話休題。
「さっそくだけど、これからよろしくね! あ、私の名前は休日……って、変な名前だと思うよね……ま、まぁ気軽にキュウちゃん! とか呼び方は何でもいいからね!」
「ん? え? あ、はい……。よ、よろしくお願いします……?」
あまりにとんとん拍子で進む予測不能な展開に、青年はわずかに引きつった笑みを浮かべる。
しかしそんな青年の気持ちはお構いなしとばかりに、今度は近くにいた岩の巨人が硬い胸を叩く。
「さぁって、じゃあ最後は僕かな! ……って言いたいところなんだけどさ……? いやぁ~、正直、休日パイセンが加入を認めちゃった段階で、多数決的にはもう勝ち確だし~? なにか今さら僕が試す必要もないっていうか、そもそも僕は最初から大歓迎派閥だったし、面倒なことはやらなくていいよね? うんうん、それじゃあ改めまして僕の名前は猫バイト! これからよろしく、マスター! あ、堅苦しいのはナシでタメ口でいいよ? その方がお互い気楽だし!」
そう矢継ぎ早にまくし立てた猫バイトは、岩の腕を軽く振って、気さくにウインクめいた仕草を見せる。
「え……あ、よ、ろしくね、猫バイト……さん……?」
青年が恐縮しつつも愛想笑いを浮かべてそう返すと、猫バイトは心底嬉しそうに、そのゴツゴツとした巨体を小刻みに揺らした。
「うんうん! さん付けはまだちょっと距離を感じるけど……ま、ちゃんと敬意のフレーバーは感じるから~合格っ!」
斯くして――彼の自己紹介が終わるやいなや、乾いた骨の音が静寂を打ち、サクラノヴァが一歩前に出る。
その深い闇を湛えた眼窩に灯る青い燐光がわずかに細められ、真っ直ぐに青年の姿を映し出す。
『……さて、これで全員の自己紹介を済ませたわけだが……肝心の、本人の意向をまだ―――』
「―――えっ、全員!? いやいや~! 現・ギルドマスターのサクラノヴァさんの自己紹介をすっ飛ばしちゃうんですかぁ!? 新・ギルドマスターを正式に迎え入れる歴史的で神聖な瞬間なのに、自分の名前を言わないなんてそれってなんでですか~~~?? あ!! サクラノヴァさんってぇ~、もしかして、みんなの前で自己紹介が恥ずかしいボーイなのかニャルバッ―――!!?」
―――激しい音とともに闘技場の壁に突き刺さる、岩の巨人。
『……ふん。……こいつには既に俺のことも説明が済んでいるから必要がないだけのことだ。……さて、では改めて聞くが……この先の決断を最後に決めるのは、貴様自身の意思だ。……当然、貴様の意思は尊重し、ここで断っても誰も文句は言わない。……さぁ、どうする?』
サクラノヴァはローブの裾についた細かな砂埃を淡々と払いながら、静かに、だが真摯な声音で問いかけた。
……壁の亀裂に埋まった岩の巨人から、かすかに「僕はめちゃくちゃ文句言うよ……!?」という声が漏れてきていたのが少し気になるが……。
「俺、は……」
青年はゆっくりと視線を巡らせる。
熱い闘志に満ち、どこか晴れやかな表情の中、瞳の奥にある確かな温もりと優しさを感じるゴラクZ。
未来の予見など関係なしに、心からの期待と信頼を寄せつつも、自身の選択を尊重してくれる休日。
未だに壁の凹みにハマりつつも、はみ出た巨大な腕を精一杯伸ばして、力強く親指を立ててグッとサインを送ってくれる猫バイト。
そして――冷徹な仮面の裏で、誰よりも深く仲間たちを見守り、そのうえで、自身を認め、ここまでお膳立てをしてくれたサクラノヴァ。
青年は―――。
いや。
―――“俺は”。
ゆっくりと深く息を吐き出す。
これまでも、自身をギルドに誘ってくれた場所は沢山あった。
けれども、全員がこんなにも温かく、ちゃんと"俺自身"を見てくれるギルドは、恐らくここにしかないだろう。
そう思うに……決断は早かった。
俺は、覚悟を決めた瞳で前を見据え、自らの言葉を紡ぎ出す。
「……みんながそれを望んでくれるのなら、俺は……このギルドに入りたい。……マスターなんていう大層な称号は要らない。ただ、このギルドで。……《ネクサス・レグリア》で、俺もやっていきたい……そう思うから……どうかこれから、よろしくお願いします……!」
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次回更新ですが、あ、あの……すみません、実はこれには続きがありまして……。
意外と長くなってしまったので分割して、本日の10:00には投稿いたしますので、ぜひお楽しみに!!!




