第三十二話 叛逆の狼煙
「……サクラノヴァ……貴様が殺した、のか?」
俺の考えた言葉をそのまま口に出して問うゴラクZさん。
だけどその声色は先までの怒号とは打って変わり、不気味なほどに静かで……熱を帯びていなかった。
……だからだろう。
あのサクラノヴァさんでさえ、油断していたのは。
『……ふん、先から何を興奮しているかは知らないが……。そうだと言ったらどうするんだ?』
「……あぁ、簡単なことだな。―――――――【極炎皇】」
大気中の空気全てが彼を中心として収束し、眩いばかりの光を放つ。
膨張しようとする激しい炎は幾重にも折り重なる圧力に押さえつけられ、空間を歪めるほどの超高圧縮エネルギーへと姿を変え―――――熱が爆ぜ、大気が弾け、世界が燃ゆる。
――熱気渦巻く火山内部の一角。
そこにいた誰かが言う。
「……王の熱だ……」
否、その瞬間、その場にいた一種族全員の体温が数段跳ね上がる。
「あぁ……我らが王の熱だ……!」
ある者は歓喜に打ち震え、ある者は畏敬に身を震わせ―――そしてまた、"ある者"は叫びだす。
《あぁ……良いぞ。好いぞ! 実に酔い……ッ! 予定とは違うがそれもまた興というもの……! 我はこの瞬間を待っていた……ッ! 耽美なほどの【怒り】が満ちる、この瞬間をッ!》
火山の最下層に穿たれた円形の巨大空間。
足元を取り巻くように円を描いていたはずのマグマ溜まりは、重力すらねじ伏せるほどの灼熱の奔流により引き剝がされ、じっとりと湿った黒い大地がむき出しになっている空間の中央の大地には二つの影だけが残される。
そのうちが一体。
赤熱したマグマの奔流は、やがて実体を持った深紅の鱗へと変わり、巨大な翼を広げたシルエットをその身に纏い上げる。
頭上を覆うほどの圧倒的な質量と、周囲の空間すら歪める灼熱の巨竜―――滅炎竜オルガヌス。
そして――――。
熱の波が引き、静寂が戻る。
俺は、目の前に座り込む二人を見て思う。
あぁ、無事でよかった、と。
彼―――ゴラクZさんの攻撃の直前、辛うじて攻撃の予兆に気づけた俺が展開した翼で仲間を守ることができて、本当によかった。
……いや、何より、ゴラクZさんに仲間を殺させなくてよかったというのが大きい、か……。
……ん? 猫バイトさんどうしたの? 何をそんなに叫んでいるの?
う~ん、おかしいな、全然聞こえないや。
あれ、サクさんどうしたの? そんな珍しく慌てた表情して……。
サクさんにも慌てるみたいな感情あったんだ???
……なんて……。
いくら現実逃避に思考を委ねても、どうしたって気づけてしまう。
俺が視線を彼らと同じ方向を向けたとき、ようやく世界が音を取り戻した。
「あ、あぁああっ、マ、マスター……! つ、翼が……っ……! 翼があっ!!!」
『……ッ、馬鹿な真似を……! "欠損"ともなると気休めにしかならんが……【朽香止血】!』
あらゆる存在を無慈悲に焼き尽くす灼炎種が誇る遠撃の極地。
いくら竜種の耐性があり、ステータスにも恩恵を受けているとはいえ、何の対策もせずにそれを一身に受け止めた代償は決して小さくなく。
庇うように広げた俺の翼。
辛うじてサクさんの呪文により浸食が食い止められているものの、しかしその大部分は欠けており。
大きな穴の周囲には縁取るように黒く炭化した跡が未だに燻っている。
痛々しく焼け爛れている翼を自分でも改めて認識したとき……漸く痛みを実感する。
「ぐ、うあぁあああああああああああああああ……っ!」
この異世界に来てから疑問があった。
俺たちは元々人間だったにもかかわらず、原因不明の異世界転移によって種族まで変貌した異形の存在。
この世界は俺たちの現実世界のように平和ではなく、戦いによってすべてが決まり、強さだけが物を言う。
だから、俺たちもそれに則り、これまでもゲーム内と同様に戦い続けてきたし、そこに疑問を抱くことはなかった。
だけど、どうしてもふとした時に思うことがある。
―――この世界で、もし俺たちが死ぬことがあれば、その時はどうなるのだろうかと。
尤も、有難いことに、現実世界の体ではなく、かつての最強種族状態で異世界転移したことで、死というものは大きく遠い存在になったことは確かだ。
……さらに言えば、サクさんや猫バイトさんなんて不死だし??
だから、みんなと過ごしていくうちにどこか安心してしまっていたんだと思う。
ま、死なないに越したことないから良いんだけどね?
―――なんて。
「あぁああああああああっ、があああああああ……!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!
今、この瞬間だけは。
どうか、俺のことをいっそ殺してくれとさえ思うほどの激痛に支配される。
身体が灼けているかのように熱い。痛い。
まるで痛い体が自分のものではないかのように痛い震える。痛い。
苦しい。痛い。辛い。痛い。逃げたい。痛い。熱い。痛い痛い痛い痛いッ!!!!
―――竜の翼は人間の構造で見れば、腕に近いものとされている。
現に、マスター自身もそのような認識であり、動かす際は自身の第二の腕のように動かしていた。
……だがしかし、それはあくまで身体的機構による認識が近いというだけである。
では仮に、翼が欠損した場合はどの部位に影響があるのか?
答えは―――"心臓"である。
竜種の王には三つの心臓がある。
一つは、莫大な生命力を維持するためだけに機能し続ける心臓。
一つは、あらゆる属性を耐えうる身体に作り替えるために機能する心臓。
そしてもう一つ。
本来の身体から生み出される巨大な翼を瞬時に生成し、それを動かすために機能するための心臓。
故に、翼とは心臓であり。
―――今しがたマスターは、翼の大部分を損傷……つまり―――――――――。
耐えがたい激痛に、自身では制御できないほどに痙攣する。
神経を直接焼き尽くされるような焦熱の痛みが脳髄を突き抜け、あまりの苦しさに喉から声にならない悲鳴が漏れ出し続ける。
やがて、口から溢れ出た血が地面を汚し、ついぞ立っていることすらできずにその場に崩れ落ちる。
「ッ……」
眩暈がする。頭が揺れる。目が霞む。
死にたい……。
……けど……!!!!
それでも俺は、焼け爛れて重くなった翼を無理やり動かし、後方に広がる凄絶な光景に視線を戻した。
喉の奥でゴロゴロと音が鳴り、口の中に広がる嫌な鉄の味を噛み締め、俺を支えてくれる二人に身体を預けながらも、その名を呼ぶ。
「ゴ……ラグZ、ざん……!」
そこに立つのは禍々しくも天を衝く両角を掲げる竜の主。
そして、怒りの炎に理性を焼き尽くされ、同胞の仇を討つために剥き出しの殺意を纏った、盟友の姿。
痛い。苦しい。死んでしまいたい。
……それでも立ち上がるのは何の為か?
そんなの決まっている。
―――仲間を助ける為。
ただその一心だけで、俺は再び立ち上がる。
「大丈夫か、マスター……っ! ……あぁクソだな……ダブルレイドボスというのは俺ですらやったことがないが……」
「マスター……! 死なないでね!? マスター……ねぇ!?」
二人の必死な声が遠くで響く中、俺は噛み締めた歯の隙間から熱い息を吐き出す。
「……ザグざん……猫バイゴさん……彼を、ぜっだい……だすげよう……っ!」
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次回更新は――――――。




