第三十一話 導火線
「――【極炎皇】ッ!!!!!」
ゴラクZさんの爆発的な熱量が解き放たれ、オルガヌスの巨体を呑み込み、辺りを炭化したような重い黒煙へと沈めていく。
【極炎皇】。
それは、あらゆる存在を無慈悲に焼き尽くす灼炎種が誇る遠撃の極地。
進路上の空間全てを灰燼に帰すという性質上、まともに受ければ大きなダメージを負うのは間違いない超高の熱光線。
いかに最強種の主であろうと、こちらも一種族の王の一撃ゆえに甚大なダメージを免れるはずがない。
――ある特定の条件下を除いては、だが。
《……なんと雑念の多い攻撃か……。大した胆力の持ち主かと思ったが……所詮、獣の域を出ることはない、か……》
やがて晴れた先に見えたのは、巨竜――オルガヌスの冷ややかな視線。
深紅の鱗には先の一撃を物語るような焦げ跡すらなく。
まるで何事もなかったかのように奴は悠然と鎮座していた。
(……なるほどね……"これ"はゲームと同じ、か……)
滅炎竜オルガヌス。
俺が知るものと同様、【怒り】を司る竜には、【怒り】を伴う攻撃は一切意味を成さない。
大きさも、理由も関係なく、そこに【怒り】の感情が含まれているだけで、奴は一切を無効化するという"権能"を持っているからだ。
故に、怒りに支配されただけのゴラクZさんが、どれだけ強力な技を仕掛けようが、放とうが……奴には一切ダメージを負わせることなどできない……が。
「……聞かせろ……! なぜ、なぜ殺した……!?」
しかし、ゴラクZさんはそんな特性などは意に介さず、ただ激情のままに問いかける。
無論、この場の戦闘に突入する前に、奴の特性については彼にすべて伝えてある。
だが、それでもなお、彼は知った上で攻撃を仕掛けたのだ。
彼にとっての先の一撃は戦闘的な意味はなく、堪え切れなかった激情の発露――いや、理性を取り戻すための"排熱"とでも言うべきものだったのだろう。
それにしても……。
(灼炎主が死んだ……? じゃあそれなら、灼炎種たちが言っていた"あれ"はなんだったんだ……?)
自分よりも戸惑っている存在を見ると逆に冷静になる現象か、ゴラクZさんの怒りの炎を目の当たりにした俺は、こんな状況だというのにも関わらず、逆に冷静になって思考を巡らせていた。
そうして辿り着く、二つの違和感。
……一旦、奴が俺の名前を知っていること。そして俺に問いかけた謎の言葉については考えても出てこないので置いておいて、だ。
まず一つ目の違和感。
これは、先ほどオルガヌスが口にした事実と、以前灼炎種から聞いた過去話の整合性について。
彼は言いかけだったものの、確かに《灼炎主は死んだ》と示した。
しかし、俺たちがこの火山に来た時、灼炎種たちは確かにこう言っていた。
「住処を狙う他種族を、種族主様が追い払った」と。
それはつまり、彼らが集落を襲われた時にはまだ灼炎主は生きているということが分かる。
この状況において、彼らが嘘を吐く理由もないと思うし……。
そして、俺が抱いたもう一つの違和感。
それは――。
「……ゴラクZさん。多分だけど、灼炎主はこいつが殺したわけじゃない……と、思う」
「なに……? それはどういうことだ、マスター!」
唐突に投げかけた俺の言葉に、ゴラクZさんは切羽詰まった表情のままにこちらを向き、対するオルガヌスは面白がるように重い喉を鳴らした。
……そ、そんなに見られると少し緊張するなぁ……ってのはさておき。
「ほら、集落にいた灼炎種らは『主が他種族を追い払った』って言ってたでしょ? 彼らが嘘を吐く理由なんてないし、それを考えれば、灼炎主はまだ生きているってことに――」
「―――いいや、それだけでは理由にはならん。俺たちが来てからこいつが殺したことも考えられるからな……そうだろう? オルガヌスとやらよ……」
《……》
うむ、ゴラクZさんの反論ももっともだ。
ま、ここだけを切り取ればそういう風に思っても仕方がない……俺は頭を強く横に振った。
「―――そう、そこなんだよね。もしこいつが灼炎主を殺すのだというのならば、その時間は俺たちがここに来てからの僅かな時間しかないことになる。……そんな短時間で、灼炎主ほどの存在を殺せると思う?」
俺がそう言うと、ゴラクZさんは一瞬確かに!というような顔を浮かべるも、すぐに近くの巨竜を見て首を振る。
「……ム……だ、だが竜主ならば不可能ではない……のではないか?」
とまぁ、ゴラクZさんは当然この竜主の強さを知らないからそう言わんとする気持ちも分からないでもない、が……。
「馬鹿言っちゃダメだよゴラクZさん。さすがに竜主と言っても無傷じゃ勝てんでしょうよ……。現にほら、オルガヌスの体に傷ひとつないのはおかしくない?」
「……! 確かに……」
「無傷で、一瞬で、種族主を殺すことができる存在……。そんなことが可能なのは人外チートのサクさんだけぐらいでしょ? ……それに、あの人だって第二形態の先は突破出来てないから、それって実質誰も無理ってことになるくない?」
俺はおどけたような口調でそう言葉を継ぎ、そして、俺が抱いたもう一つの違和感を彼に問いかけた。
「あとさ、こいつが本当に自らの手で灼炎主を殺したなら、さっきの質問に即座に答えていたはずじゃない? 思い出してみてよ、さっきの答えを。こいつは少しだけ間を置いて……いや、正確には『何かを視ていた』……みたいな感じがあったでしょ?」
《……ほォ?》
そんな俺の推理に巨竜は低く喉を鳴らす。
その反応は図星を突かれたというよりもむしろ、興味に近かった。
そして……。
《ククッ、やはり我らが王に相応しい鋭い洞察力だ。……だがそうだな……残念なことに一つだけ間違いがある》
「間違い……?」
そう悠然と言い放つオルガヌスを前に俺は目を細め、ゴラクZさんの顔が険しく歪むのが見えた。
「~~御託はいい! 貴様が殺していないのなら、どうして死んだというのだ!? 間違いとは一体何なんだ!?」
もはやこれ以上の問答は無用とばかりに、彼は切迫した声を荒らげる。
しかし、オルガヌスはそれに口頭で答えることをしなかった。
ただ、自らの禍々しい前脚をわずかに浮かせ――その不敵な眼光のまま奴は、先ほどまで俺たちが抜けてきたばかりの洞窟の入り口を鋭い爪で指し示す。
まるで、答えはそこにあるとでも言うように。
その無言の圧力に促されるように、俺とゴラクZさんは息を呑み、同時に背後を振り返った。
そこには―――――。
「……! あれは……サクラノヴァか!? それに……」
「猫バイトさん……!?」
嫌というほど見覚えのある黒ローブを纏った骸骨姿に、岩の巨……あ、あれ、なんかまたスリムになった……?
『こ、れは……どういう状況だ……?』
「なにあれ……? 置物……じゃ、ないよね~?」
当然ながら、彼らもまた俺らの後ろにいるオルガヌスの存在を前に戸惑いの言葉と表情(一名を除く)を浮かべ、こちらを凝視している。
オキイチの奸計から抜け出した先、どうせ無事だろうとは考えていたから感動の再開とまでは言わないものの、はぐれた仲間に出会えた安心感というものは、俺たちの中にも確かにあった。
……けれども。
俺と同様、無言のまま険しい顔つきを続けるゴラクZさんもまた、こちらに向かってくる仲間を見て思う。
張り詰めた空気の中、胸中に嫌な予感が氷のように冷たく波打っている感覚。
あの問いかけの後に示したのが彼ら……?
いや、だってそれって……。
―――いやいや、そんなわけがない。
一方のサクさんと猫バイトさんは、動かぬ竜の圧倒的な存在感には警戒を滲ませつつ、その前に立つ俺たちの無事を確かめるように視線を巡らせ、首を傾げた。
『こいつはなんだ? 竜主……か? いや、だが見覚えは……味方なのか……?』
「ひぇ~! ねぇねぇ、これって置物じゃないよね!? 生き物の気配感じるけど……大丈夫なの?」
あの時、サクさんらの近くにいたのはアグニスタウロスだったじゃないか。
灼炎主になんて会っていない。
こんな短期間だよ? あり得ない!
―――そうだ、大丈夫、違うに決まってる。
『先ほど大きな衝撃があったが……特に問題なさそうでなによりだ』
「ほんとね! ビックリした~! あ、でもでも"こっちも大変"だったんだよ~?」
二人は竜を含む周囲を見渡しつつ俺たちの心配をしてくれるが、しかし猫バイトさんの一言にゴラクZさんの肩がピクリと動く。
俺はゆっくりと,、再びオルガヌスに視線を向けるがしかし、依然として黙秘を貫き、こちらの会話に微動だにしない表情で様子を窺っている。
ただ、俺には何となく、彼の今の意図が透けて見えたような気がした。
同じ竜種だからだろうか?
それとも俺が竜種の王だからだろうか?
斯くして行き着いた思考の終着点。
それと同時。
沈黙を裂くようにゴラクZさんが低い声で割って入った。
「……サクラノヴァ。そちらは……灼炎主とは会えたか?」
『……ん? あぁ、"色々あった"がな。灼炎主は例によってこの世界でも"猛虎焔獣"だったものの……残念ながら収穫はなかったぞ』
「うんうん! いや~それにしてもすっごい迫力だったよね~!」
『あぁ。まぁ少しは楽しめたか――――』
ゴラクZさんの問いかけに対し、先ほどあった出来事を思い出しながら語る二人。
だが、サクさんのその言葉の続きが紡がれることはなかった。
「――――サクラノヴァ。灼炎主は今、どこにいる……?」
爆発的な【怒気】が、広間の空気を一層重くする。
「え、なになに、どったの?」
「……あ、いや、後で説明する……けど……ゴラクZさん、少し落ち着いて……!」
あまりの剣幕に猫バイトさんは首を傾げ、俺は彼らの間に割って入るが、しかしゴラクZさんに強く肩を引かれる。
『……ゴラクZ、貴様、様子がおかしいぞ? 今はそんな状況ではないだろう? 俺たちに何も関係がなかった灼炎主のことは"どうでもいい"。ただ、それよりも今はこの目の前の竜について―――』
「―――いいや、サクラノヴァ。悪いが、"俺にとっては"必要なことだ」
『……』
熱く滾る本能を宿した瞳と、冷め切った理性を宿す瞳。
交わされる視線の温度差に、場の緊張が限界値へと跳ね上がる。
「ちょっと二人とも……とにかく今は落ち着いてって……!」
俺が必死に声を張り上げるも、その言葉は彼らから発せられる熱風と冷気のような気迫にかき消され、足元へと虚しく落ちていく。
緊迫した膠着状態がピークに達したその時―――――。
「そ、そうだよ二人とも~!? 僕にはなにがなにやらだけど、こうして僕らも"厄介者を排除"して無事に来たわけだし~? ほ、ほら! 感動のハグとかあってもいいんじゃない~?」
いつもながらに呑気な調子で割り込んできた猫バイトさんの言葉。
この言葉が……導火線に触れた。
「――ひぇっ……!?」
ゴラクZさんは即座にサクさんから猫バイトへと視線を移し、詰め寄る。
「……厄介者……とは、灼炎主のことか……? 猫バイト、灼炎主に何をした……!? 言えッ!」
「ヒィっ! な、なんでそんなに睨むのさ!? "やったのは僕じゃない"ってば~! モ~、びっくりしたじゃん! あ、これは僕が戦った牛さんだけに~ってね!」
尋常ではない殺気に気付いた猫バイトさんはひときわ高く情けない悲鳴を上げながら、大きな岩の両手を軽快に振って弁解し、隣にいるサクさんに向かって牛の物真似のようなことを始めてこの場を和まそうとする。
けれど……。
(……猫バイトさん、それってつまり……)
「……サクラノヴァ……貴様が殺した、のか?」
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