第三十話 下剋上
今、俺たちがいる世界は、かつて俺たちがプレイしていたゲーム。
《ユグ:ドライアス》の世界を模した、異世界だ。
……まぁ、異世界だっていうのに明確な根拠があるわけじゃないけど……。
それでも魔法や登場する種族、MOB魔物など、ゲームと一致する項目があまりにも多すぎるため、一旦そうだと仮定しよう。
その上で、これまでの俺たちの身に起こった出来事として初めに起きたことは、王都という都市に暮らす人間種が、王からの圧政に耐えかねて俺たちに助けを乞うというもの。
これはまだいい。理解はできるし、異世界転移だと考えればこういうこともあるだろう。
そして、サラマンダーと出会い、そこから火山という灼炎種の領域の危機を聞いて、そこでの問題を解決する。
これもまぁ特段問題はない。
さらに言えば、その最奥で、灼炎主ではなく竜主のうちが一体がいることも、大きく見れば無くはないかもしれない。
……だけど、コレはなんだ?
「――我が竜種の王、マスター。……全てを滅ぼす刻が来た」
「――――――――は?」
突如、頭を殴られたような衝撃と共に、間抜けな声が漏れる。
いや、だって今のが俺の聞き間違いじゃなければ、こいつは俺の名前――この世界で最初に呼ばれるはずのない名を口にしたってことになる。
それも、かつての俺との関わりがかなり深かった竜の主に。
ゴラクZさんはどう思って……ってゴラクZさんもやっぱ聞き間違いみたいな顔してるよね、そうだよね!?
「どうして、俺の名前を……?」
思わず俺は問い返す……と、いうより、問い返すのが精一杯。
この世界に来てから、俺を最初から「マスター」と呼ぶのは基本的にギルドの仲間だけ。
当然だ。名前なんて名乗らなかったら知らないのだから。
(いや、待てよ? もしかして……)
そこで、空回る頭に一つの可能性が過る。
「あっ、そうか! 俺たち、サラマンダーにも名前を名乗ってたじゃんか。だからそれで――」
「……マスター」
しかしそれはあまりにも稚拙な考えで。
「そうだろ? だってじゃなきゃ、そんなの――」
「……マスターッ! まず落ち着けッ!」
「―――ッ」
どうにかして答えを見出そうとする俺は、ゴラクZさんの一喝に息を呑んだ。
疑問と不安が混ざり合い、意味もなく手を握ったり開いたりする。
頭を冷やそうとしても、思考の端が焦げ付くような熱量がそれを阻む。
異世界転移をしたって事実だけでも頭がパンクしそうなのに、そこがゲームそっくりの世界で、さらにNPCであるはずの竜主がプレイヤー固有の呼称を口にするなんて―――。
「―――何が、どうなって……?」
混乱する俺を鋭い眼光で制したあと、ゴラクZさんはふっと瞳をオルガヌスへと向け、俺もそれに続く。
「……マスター、不安は分かるが焦っても仕方がない」
「……っ!」
「当然、俺にも分からないことは多いが、逆に考えればこれは手がかりだ。冷静になれ、マスター!」
!
そうか、確かにそれはそうだ!
「……そ、そうだよね。ごめん、ゴラクZさん……」
「ああ、構わんさ。俺たちは一人ではないからな」
そこでゴラクZさんが言葉を切り、彼の額から一筋の雫が地面で弾けたその瞬間。
ふと、冷静になった俺の脳裏に先ほどの光景がフラッシュバックして、一つの疑問が浮かび上がった。
(……あれ……? そういえば、どうしてこいつはゴラクZさんを襲ったんだ……?)
―――【怒り】を司るオルガヌスは、こちらが【怒り】を抱かなければ先制して敵対することはない。
これは、かつての仕様を知る唯一の存在である俺だからこそ、確信をもって言えることだ。
しかし実際はどうだっただろうか?
オルガヌスが突如として襲い掛かったあの場面。
俺は当然として、あそこでゴラクZさんが【怒り】を抱いていたとは考えにくい。
じゃあなんで【怒り】のないゴラクZさんを襲ったのか……?
……いや、ここはゲームの世界じゃないのだから、攻撃するのは当然……か?
しかし、仮にも灼炎種の王だぞ? 襲うか、普通??
じゃあ攻撃したのは気まぐれ……? う~~~~~ん……。
あぁ~~~~くそっ、冷静になったってのに全然頭が回らんっ!!! 分からん!!!!!
ぐわんぐわんと揺れる頭を抑えていると、ずっしりと重い手が俺の肩を掴む。
「……落ち着いたか……?」
「っ、あぁ……ごめん、ちょっと脳の処理が追いつかなくてさ……」
そうして、我が身を案じてくれるゴラクZさんの低い声にハッとして、再び彼が鋭く見据える先を目で追った―――――。
――――そして。
「……っ!」
その時、俺は全てを理解した。
(いや、そうか……! 確かにそれならば攻撃した理由も納得できる……! なんで忘れてたんだ俺……!)
視線は、時として言葉よりも雄弁だ。
無意識の本音が漏れだすその目。
オルガヌスの縦長の瞳は、俺たちの姿……いや、主に彼の視線は、一直線にゴラクZさんだけを捉えていた。
そしてそこから読み取れたのは―――――"嫌悪感"だった。
俺が、この状況をゴラクZさんに共有しようと考えるのと同時、奴は俺たちの会話を遮るように、嫌悪感を超えた殺意の視線をゴラクZさんへと向けたまま、その口を開いた。
《……忌々しい劣等種族。劣化品の分際で我が視界に入るとは、なんたる不愉快か……》
周囲のマグマの熱さとは違う、肌が粟立つような殺気が空間を支配し、圧倒的な熱量が肌に伝わる。
そして何より、今しがた彼が発した"劣等種族"という言葉。
その言葉によって、ゴラクZさんも気づき、拳を強く握り締めた。
「……なるほど。そういうことか……オルガヌスとやら……」
彼の低く、静まり返った声が熱に浮かされ、掻き消える。
僅かに残った残響は強く重く。
そして彼は、相対する竜の主に対し、一切の物怖じをせずに問いかけた。
「……一つ答えろ」
……いや。
「……ここにいた灼炎主はどこにいる……?」
それは最早ただの問いかけではなかった。
強者のみに許された、黙秘を許さぬ圧力の波動。
尤も、相手が相手。
いかに最強の種族の王が放つプレッシャーであろうと、容易く怯むことはない。
だが、隣に立つゴラクZさんの誇り高い鬣が激しく逆巻き、鮮やかな緋色の奔流のなかに、尋常ならざる不吉な蒼炎が冷たく混じり合っていく姿を間近で目にした竜の主――オルガヌスは、恐怖や怯みではなく、深い興奮にその双眸を細めた。
「ほォ……? その熱……そうか、貴様……」
足元で煮えたぎるマグマの爆ぜる音を切り裂き、乾いた声が響く。
そして、彼はそこに渦巻く緋色の奔流からひとつの"感情"を見出し、不敵に嗤った。
「――ククッ……良い。とても好い【怒り】だ……」
その瞬間、俺は皮膚を這う硬質な鱗に伝わる嫌な感覚を覚え、歯を食いしばった。
……ゴラクZさんの怒りはごもっともだから、彼を責めるなんてことはしない。
ただ問題は、その感情を得た目の前の怪物だけ。
この巨獣がどれほど底知れぬ危険を隠し持っているかを誰よりも知っているが故に、俺は全身の神経を極限まで尖らせる。
こちらが【怒り】を抱いた時点で話し合いは失敗……!
だとすれば、強制的に戦うしか―――!
―――そう、思っていた。
だが、奴はこちらの緊迫感をあざ笑うかのようにただ、満足げに頷いた。
「良質な【怒り】とは、即ち"強き心"だ。荒れ狂うばかりではなく、理性を以て放つ感情は実に好ましい……。これほどまでに純然たる感情を放つ逸材……いかに劣ろうが我とて無下にはせぬ……」
「……どういう……」
なんだこれは……俺の知っている竜主と違う……!?
いや、いくらゲームに似た世界だからって、そのすべてが同じとまでは言わない……。
でも、ここまでこいつが冷静になれるのか……!?
かつてのゲーム時代とはまた違った生きた伝説に、俺は一種の"恐怖を感じる"。
「久方ぶりの耽美を感じさせてくれた礼に、その問いに答えてやろう。……灼炎主は今―――」
そうして、彼が一拍を置く瞬間。
世界に一瞬、静寂が訪れ。
「……あぁ。無惨な肉塊となって――――死んでい―――」
嘲笑を含んだ竜の言葉が落ちるより早く。
「――【極炎煌】ッ!!!!!」
ゴラクZさんの爆発的な熱量が、解き放たれた―――――。
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