第二十八話 絶対強者
揺籃の焔が灯された。
始まりは我らが母。
天災のひと息が、万物の箱を打ち破り、生まれ、堕ちる。
怒り、悲しみ、苦しみ。傲り。怯え。焦がれる。
それぞれに宿る魂は、やがて星々の鼓動と同化し、昏き海にて永劫の眠りにつく。
なれど、憂うることなかれ。
世界が再び大きな災厄に覆われ、理が歪められたとき、我らは再び目覚めの時を迎える。
――我らは滅びず。
形を変え、ただ、虚構の中で生き続けるのだ。
真なる王の、名の下に―――。
◇◆◇
ゴラクZさんと共に、赤熱した岩肌を削り出して作られたであろう険しい地底の通路を歩み続けた先……ついに視界が開けた空間へと出る。
(……あれはやっぱり……)
天井からは無数の鍾乳石が牙のように垂れ下がり、その足元――広大な地盤を囲むように、ドス黒い粘度を持ったマグマの池が澱んだ奔流を立てている巨大な地下空間。
そして、そのマグマの池に囲まれた中央の巨大な溶岩島――安定した黒曜石の大地の中央に、ソレは居た。
「……ッ、あれが―――!」
俺たちの視線の先。
広大な空間の中央で自身の巨大な翼を折りたたみ、まるで底知れぬ捕食者が獲物を品定めするかのように昏々と身をうずくまらせている巨竜が映り、ゴラクZさんは息を吞む。
巨躯を包み込むのは、マグマの輝きを反射して煌めく深紅の鱗。
世界の全てを破壊し尽くすためだけに存在するかのような巨大な尾を揺らし。
理に反するかのような、禍々しく捻じれた、天を突く赫き両角がゆっくりと持ち上がる。
圧倒的な暴虐を刻み込んだ、あらゆる生を拒絶するかのような冷酷な相貌に、そこから覗かせる、世界の終わりを予感させる血よりも濃い紅玉のような双眸。
まさに―――"絶対強者"の姿。
どのゲームにおいてさえ、どの世界においてさえ。
最強の存在として君臨するのはいつだって決められている。
孤高にして、定められた最強の地位。
悉くを畏れさせ、悉くに絶望を与え、悉くからは神とさえ崇められる存在。
それらを束ねる種族の頂点にして――――"竜の主"が一体。
「―――滅炎竜、オルガヌスかッ!」
災禍を齎す絶火の竜。
同じ種族主として、灼炎主と肩を並べた地位にいるものの、しかし。
「……っ、天雷竜もそうだが……本当にふざけた種族だな……竜種、ってのは……!!」
ゴラクZさんが、オルガヌスから放たれる熱気から顔を抑えながらそう口にする。
当然、彼が最も驚いていたのは、奴の放つ圧力、熱量、そして、絶対的強者の余裕。
それら全てが――――"あの"灼炎主ですら、遥かに凌駕しているからだ。
……ん?
種族主はすべて同じ力なんじゃないのかって?
おいおい、このタイミングで何言ってんだ?
……と言いたいところだが、まぁ、疑問に思う気持ちも分からなくはない。
俺も当時はそう思ってた一人だし……うん、仕方ない、簡単に教えてあげよう。
もちろん、ゲーム的な攻略難易度という大枠で見れば、どの種族主も大差ないクソ馬鹿バケモンだったんだけど、実は彼らの強さの本質には大きな違いがある。
種族主、という言葉の意味を考えれば分かりやすいかもしれないが、そもそも種族主とは、その種族の主のこと。
いくら運営がサービス終了間際のヤケクソ実装をしたからと言って、性能が種族の限界を逸脱することはなく、彼らはそれぞれ、各種族の強みを極限まで突き詰めた性能を有している。
例えば、灼炎主ならば圧倒的な殲滅力と技の威力に優れ、樹霊主ならば驚異的な再生力と魔法発動速度に優れている――といった具合に。
つまり、どの種族主を相手にするかで戦い方がガラリと変わるから、一概に種族主を比べるってことができないんだ。
……とまぁ、ここまでの前提を踏まえた上で、一つここで思い出してほしい。
【竜種の特性は、レベルが上がりにくい代わりに全ステータスの伸び率が異常に高い】ということを。
……おや、もう察したかい?
そう。
察しの通り、竜主は、全ステータスが性能限界……およそカンスト近くに達している存在と化し、結果として、火力、耐久、生命力、速度など、そのすべてにおいて他の種族主を完全に凌駕することになってしまった。
まさに、公式のバグ。
つーか、これに加えて特殊権能持ちだぜ???
正気の沙汰じゃないだろ????
事実、かつてのレイドボス"天雷竜"のレイドバトルではプレイヤーが喫した敗北数は、他の種族主の平均の五倍を叩き出している。
あ、ちなみに当時よりプレイヤー数が減っていた悪条件を考慮してもだよ?
そんな、圧倒的なまでの絶対強者。
種族主の中での最強ランキング殿堂入りにして、生ける災厄とまで呼ばれた存在が、俺たちたった二人の目の前にいるといえば……ゴラクZさんでさえこれほどまでに取り乱す理由が頷けるというものだろう。
―――そして。
(にしても、いつ以来だろうな……)
かつて俺が殺したはずの存在が今―――――重低音の声を響かせた。
《……来たか……王よ……》
その一言だけで洞窟全体が震えた。
言葉というよりも、もはや衝撃波。
低く響いた声音は岩盤を伝い、足元から全身へと染み込むように響いてくる。
天井から細かな岩片がぱらぱらと降り注ぎ、周囲を巡るマグマの池の表面には同心円状の波紋が幾重にも広がっていった。
「……歓迎にしては、随分手荒な招待だったけどな……」
俺はそう軽口を返したつもりだったが、少しばかりの緊張からか、声は思っていたよりも乾いていた。
そんな俺を見据えたまま、オルガヌスはゆっくりと瞼を閉じ、まるで遥か昔を思い返すように呟く。
《……千年だ……長き時に渡り、王を待ち続けた……》
その声音には敵意でも威圧でもない、ひどく重たい執念だけが滲んでいた。
でも、やっぱり……。
(……千年、ね……)
俺は、彼の発した言葉をかみ砕き、納得する。
千年など、到底現実味のない数字だ。
ゲームだった頃ですら、竜種の誕生から千年も経ってはいない。
でも、それを目の前の存在は、実際に過ごしてきたかのように言っている。
それはつまり、やはりこの存在はかつて俺が接し、その命を絶った竜主とは違うことを意味し。
かつての世界と、今のこの世界が、異空間であることを明確に示している。
(ったく……こういう考察系はサクさんの専門だってのになんでここにいないんだか……)
俺は心の中で複雑な思考を振り払い、俺たちの来た通路から"ご丁寧に"地続きになっている黒曜石の大地を伝って、炎竜の待つ中央の島へと歩みを進めた。
――互いの距離にして、およそ十メートル程。
自身の体の数倍もの巨躯を見上げ、竜主から放たれる熱気が鋭く身体を突き刺すように感じる。
竜主に対して不用意に近づくなど自殺行為に等しく、普通ならば絶対にしない行為。
だけど俺はできる限りの平素なトーンを装い、問いかけた。
「……そりゃどうも。……それで、俺たちをここに呼んだのはなんでだ? この世界に関する秘密でも教えてくれるのか?」
かつてのオルガヌスを知るのは、この世界では俺一人。
当然、こんな馬鹿げた力を持つ奴との戦闘を回避できるなら、それに越したことはない。
そして、この世界でも彼らと会話ができるのなら、もしかすると、戦闘を回避することもできるかもしれない。
俺たちがここに来たのは、あくまで"話し合い"をするため。
……まぁ尤も? 元は灼炎主と話し合いをするつもりだったわけだから、そこは誤差だけど……。
ともかく、俺たちとて仮にも種族の王。
種族の主……ひいては、対等な話し合いをしたいのに、相手を恐れ、気後れしていたら言葉通りお話にならないからな。
(さて……予定外ではあるけど、竜主なら何か知ってるかと思って鎌かけてみたけど……)
そう、思って問いかけた俺の言葉にしかし、オルガヌスはその濃い紅玉のような双眸を細め、僅かに首を傾げていた。
(……これは収穫はなさそう、かなぁ……)
期待外れ。
かの竜主……種族主の中でも最強の存在でもある竜主ですらこの世界の真実を知りえないという事実に、俺や、ゴラクZさんは、小さくため息を吐く――――筈だった。
《……なに? 王は、我が問いかけに答えてここに来たのだろう……?》
ズズズ……と、低く地を這うような巨竜の声が、鼓膜ではなく直接脳髄を揺さぶる。
その問いは……って―――。
「……は? 問いかけ……? そんなのいつ―――」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。
当然だけど、俺がこの火山に足を踏み入れてから、なんならこの異世界に来てからも、こいつのような竜種から直接声をかけられた覚えなど一度たりともない。
というか、これほどまでのプレッシャーがこもった声が聞こえていたのなら当然俺は気づくはず。
なんだ……? 何を言ってる……?
すると、それを見かねたゴラクZさんが低い姿勢で俺の側へと駆け寄り、早口で耳打ちをしようと身を寄せた。
「……マスター、何が何やら分からんが……ここはひとまず話を合わせておけば、情報が手に―――」
しかし――その刹那。
「入――――るぁッ――――!?」
ゴラクZさんの言葉が最後まで紡がれることはなかった。
空間を切り裂くような高周波の風切り音。
オルガヌスの紅玉のような縦長の瞳がゴラクZさんだけを射抜いた直後、その巨大な前脚が霞むほどの速度で振り下ろされた―――――――。
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次回更新は……ウム




