第二十七話 疑うものと、信じるものと
―――種族主は、当然各種において必ず一体存在する。
この文言に嘘はない。
確かにサービス終了時に実装された種族主は、総勢十体。
それぞれの種族の主が現れた一方で……しかし、実は限られた者しか知りえなかった真実が存在する。
竜の主―――ヴォルガルザルド。
視界を埋め尽くすほどの閃光と、すべてを焼き払う雷の象徴。
高空の遺跡に居を構える天雷の覇者。
多くのプレイヤーから恐れられ、あまつさえ最強の名を唯一冠した、天災の如きその力を以て、『天雷竜』と称される存在は――――四番目の竜主である。
さて、何を言っているのか分からないだろう?
でも、これが限られた者……いや、俺たち"竜種のトッププレイヤーだけ"が知る真実。
隠された真実の道標は、竜種の種族専用クエストの最終章から辿る必要がある。
そこに記載された依頼文は、とても魅力的で、絶望的な真実だった。
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【『緊急』種族専用クエスト:真なる竜王への道】
・依頼主:竜主ヴォルガルザルド。
・内容:"七体すべての竜主の討伐"。
・特記事項:
1. 討伐はすべて単独で行うこと。
2. 本クエストの存在、進捗は、他種族のプレイヤーおよびこのクエストの存在を知らないプレイヤーに対し、一切秘匿すること。
3. 万が一、この依頼を知らぬ者へと情報を漏洩させた場合は、その者は即座にクエスト失敗、及び再受注不可とする。
4. 討伐順は定められた順で行うものとする。
・報酬:
【依頼達成時点での全ステータス倍加】
【全状態異常の完全無効化】
【称号:真なる竜王の贈呈】
【???】
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竜種の種族専用クエストにおいて、最終章までたどり着いたプレイヤーの数が丁度十人になった頃。
突然表示されたこの依頼に書かれていたのは、破格どころではない報酬に、驚くべき依頼内容だった。
もはや七体の竜主というだけでも意味が分からないというのに、それを単独で倒せと言っているのだから、もっと意味が分からない。
夢かと思うぐらいには意味が分からない。
ていうかそもそも彼らはNPC最強の存在。
それを単独かつ、誰にも知られずに七体も倒せだ???
おいおい、無謀も良いところだろう!!!???
事実、この依頼内容を見た一人の竜種のプレイヤーは、さすがに運営に抗議をしに行った。
……だが、その行為ですら、特記事項の3。
" 万が一、この依頼を知らぬ者へと情報を漏洩させた場合は、その者は即座にクエスト失敗、及び再受注不可とする"に抵触する判定となり、この依頼への挑戦権利をはく奪されることとなった。
結果、そのプレイヤーは呆れて二度とこのゲームに戻ってくることはなかった。
―――余談だが、この依頼があった当日、謎の緊急メンテナンスが行われた。
これが理由かは分からないが、少しだけ闇を感じるネ……。
……と、ともかく! でも俺たちはその時思ったんだ。
無理難題で、無謀な依頼。運営に言っても無駄な難易度調整。
事実上、最後の種族専用クエストにして最難関。
―――逆にクリアしてやろうぜ!! ってね。
元来、種族レベルが他種族に比べて圧倒的に上がりにくいクソ仕様の中でもトッププレイヤーにまで上り詰めてきた逆張り大好きな俺たちにとって、不可能という言葉は、ただ、闘志を燃やす要因の一つでしかない。
さらに言えば、この情報を知る者同士ならば情報共有も行えるという一体感と、七体もの竜の主と戦えるという期待感が、俺たちのやる気に火を灯した。
そして―――――!
――――俺以外の八人は、このゲームを辞めた。
当然だ。
そもそも最強のNPCに対して単独で勝つことなど誰にもできることじゃない。
勝てる訳がない。
無謀だ。
運営の自己満足。
無駄な時間。
キモ過ぎ。
やってられるか。
以前までは俺たちを駆り立てる言葉だったはずが、どうしようもない絶望感と無力感によって一人、また一人と辞めていく現実に……俺には引き留める権利も、意思もなかった。
それでも俺が諦めなかったのは、たまたま運良く生き残ったからってだけにすぎない。
少しの運と、自身の才能に恵まれていなければ、俺も十人目となっていた可能性だって全然あった。
……ただ、少し。
ここで最後まで残った俺がこの依頼を達成出来なければ。
諦めてしまえば、これまで共に歩んだ大切な仲間の努力が……全て、水の泡になってしまうような気がしたっていう気持ちも、少しはあったかもしれない。
だから俺は―――――――――。
◇◆◇
「……一体じゃない……だと!? マスター、それはいったい……!?」
ゴラクZさんの声音が、僅かに上擦る。
かつてNPC最強のレイドボスとして君臨し、無数のプレイヤーを絶望させた『種族主』。
それら最強の存在は一種族につき一体しかいないという固定概念を根底から覆すような事実を前にして、歴戦の王である彼さえ言葉を失うのは当然の帰結だ。
俺だって、もしこの事実を知らなければ、さすがに嘘すぎるだろ~と言ってしまうことだろう。
でもこれは……。
「……長く説明したいところだけど、今はまず重要なことだけ言うよ。まず、本来炎熱系の攻撃が一切効かないはずの灼炎種でもあるゴラクZさんや、全属性への耐性を持つ俺が汗をかくのは、ある一体の竜主の能力……いや、権能って言うべきものの影響に間違いないと思う」
俺は額の汗を手の甲で拭いながら、ゆっくりと一歩を踏み出した――その瞬間。
ゴラクZさんが俺の腕を力強く掴み、鬣の炎を揺らす。
「権能……? っ、いや待てマスター。この状況下でさすがに冗談がすぎるぞ……? じゃあなんだ? そのもう一体の竜主とやらは、この灼炎種の王である俺も、灼炎主でさえ焼いてしまえるということか? ……いくらマスターでも、そのような"冗談"は俺も許容できん。……意地でも説明してもらおうか……!」
そう凄む彼の表情はいつになく険しく。
……少しだけ、動揺に瞳が揺れ動いていた。
―――灼炎種は、炎を統べる種族だ。
生まれながらにして炎属性を体に宿し、炎熱系の攻撃に対して完全な耐性を持つ種族。
しかし今の現実はどうだろうか。
謎の熱気に曝され、あろうことか熱によって苦悶の表情まで浮かべることになろうとは。
灼炎種が熱で負けること。
それは即ち、海獣種が遊泳速度で負けることや創造種が想像力で負けること、魔眼種が心を見通されることと同義。
存在証明の否定など、仮にも王である彼がおいそれと受け入れていい話ではないのだ。
だけど、無情にも彼は知っている。
―――熱は、嘘を吐けないことを。
だから彼は。
彼自身、この話をどう受け入れていいかが分からないのだろう。
……尤も、早くこの地を脱したい俺が勝手に説明を端折ったせいでもあるのだが……。
「あ~……っと、ゴラクZさん。マジでこれは冗談ではないんだけど、それはそれとして、ゴラクZさんが悲観するような現象じゃないんだよ、これは」
「……なに……?」
俺はゴラクZさんに腕を掴まれながらも、少しだけ口元を緩めながら彼を見上げた。
「え~っと、いや、これどう説明したらいいのかな……。あ~、まず大前提として、今の現状は俺の知ってる竜主の一体――"オルガヌス"の影響なんだけど――」
「―――ム? "オレガメス"……?」
……い、いやいや、”オルガヌス"やて~~~!!……などというツッコミは、この場の空気的に出来る訳がなかった。
俺は内心で盛大に首を振りながらも、顔には出さず、しかし強引に本題へと戻る。
「……そう。んで重要なのは、こいつの権能なんだけど……う~~~ん、そうだなぁ……あ、ゴラクZさんって、最近"怒った"ことってある?」
「……怒る、だと? ウム……いや、そうだな。近いところでは以前、城へ侵入しようとした男に対してそのような感情を抱いたことはあるが……それがどうした?」
「え~っと、いや、説明これで合ってんのかな……? その、怒る時ってさ、どうなった……?」
なんとか核心へ誘導しようとする俺の質問に、ゴラクZさんはじっと目を細める。
な、なんだよ……。
「……あ~、なんだ。マスター……実は昔から思っていたのだが、説明が……なんというか、こう……要領を得ないというか……」
はいピッキーン!!!
怒りました~~~!! ハイ、俺が怒りました今~~~!!
もうっ、説明求められたけど説明が難しいんだよこれ!!!!
「じゃあ結論から言うよ!? そのオルガヌスの権能は【憤怒】で!! え~、つまり、いま俺たちが感じてるのは、オルガヌスの【怒りの炎】ってこと!!! どう!? わかった!?」
長い説明をするのもどうかと思いながら考えてた俺のすんばらしい丁寧な説明をそんな風に言われるなんて!!
……とまぁ、堪えきれず投げやり気味に叫んだ俺に、ゴラクZさんは「むっ」と唸る。
しかしすぐに俺の腕を離して腕を組みなおすと、彼は思案する表情を浮かべた。
「ふむ……怒りの炎……か……。なるほど……そういうことだったのか」
ものすごく真剣な顔で一人で納得し始めたゴラクZさん。
って、いやいや、本当に? 本当にわかってる??
割と雑に投げ捨てた説明だったのに、そこから綺麗な着地点を見出せるのかい??
「怒りの炎……要は、この熱気はただの感情。故に俺たちの炎熱耐性は一切意味を成さない、というわけか?」
「……あっ、ハイ……全くもってその通りデス……」
いや……あの……理解力とまとめ力が凄すぎないですか????
マジでぐうの音も出ないんですケド……?
「あ……ついでに言うと、前に精神防御も試してみたけど……」
続く言葉の代わりに、俺は静かに首を横に振る。
あえて口にするまでもない、その無言のジェスチャーだけで察してくれたのだろう。
ゴラクZさんはぐっと息を呑み、―――だが、次の瞬間。
「ふっ……はは、ははは!」
「ゴラクZさん?」
乾いた笑い声が、マグマの爆ぜる轟音と澱んだ地底の空気を切り裂くように響いた。
ゴラクZさんは俺の腕を手放し、今度は片手を腰に当てながら首を横に振る。
「いやぁすまんな! あまりにも"ふざけた話"に思わず耐えきれなかったぞ、マスター! なに、今までのことからマスターのことを信用していない訳じゃないが、俺は【ユグ:ドライアス】プレイヤーの中でも最古参に近いプレイヤーだぞ? 感情が熱を持つ? その熱で灼炎種が灼ける??? はっはっは!! そのような魔獣が居たのなら、流石の俺の耳に情報として入っているはずじゃないか!」
豪快な笑い声。
……なるほどね。
理解してくれたと思ったけど、まぁ実際これだけの説明では確かに納得はされないよなぁ……。
うんうん、そりゃ、普通に考えても"感情が熱を持つ"だなんて信用されるわけがないさ。
それならもう、言葉ではなく――あの名を出して、有無を言わせず現実を突きつけるしかない、か―――多分、ここなら言っても問題ないだろうし。
俺はふっと息を吐き出すと、ヘラついた表情を引っ込め、冷徹な事実を叩きつけるようにその名を告げた。
「―――シュトラール」
「……ム?」
ぽつり告げたその名前に、ゴラクZさんの屈強な巨体がピタリと硬直して肩を揺らす。
獅子の顔をした彼の眉間に、彫り込まれたかのような深い深い皺が刻まれる。
「シュトラール、アレックス、龍凰……ゴラクZさんは彼らを覚えてる?」
俺が問いかけると同時に、ゴラクZさんは息を呑んだ。
「ウ、ウム、大分前に引退してしまってはいるが、かつては名の知れた竜種プレイヤーじゃないか。俺も苦戦させられたもんだが……しかし、ずいぶん懐かしい名前を急に挙げて、どうしたんだ?」
わずかに揺らぐ瞳が、俺の真意を探ろうと鋭く射抜いてくる。
だから俺はそこから目を逸らさず、かつての真相をそのまま言葉に乗せた。
「……全員、その竜主にやられ続けて引退した仲間だよ」
「……は? なんだと……!?」
ゴラクZさんの喉から絞り出すような絶句が漏れる。
かつて名を馳せ、共に高みを目指していたはずの精鋭たちが、誰にも知られることなく、謎の竜の前に散っていたという事実。
それがどれほど重く、どれほど絶望的な意味を持つのか――さすがに歴戦の王である彼ほどの男であれば、説明せずとも瞬時に理解できたのだろう。
彼の大きな拳が、ぎりりと音を立てて握りしめられる。
「……だが……しかし彼らほどのプレイヤーがそう簡単に……? ……それに、彼らが辞めるほどの出来事ならば、周囲にその存在が知れ渡っていてもおかしくはないだろう?」
「いや、これを知ってるのは俺を含めた竜種の上位プレイヤー七人、加えて運営からの情報統制も怖いぐらいに機能していたから、ゴラクZさんだけじゃなくて、サクさんでも知らないよ。……でも、彼らの引退のタイミングは近かったでしょ?」
俺がそう問いかけると、ゴラクZさんは血走った目をわずかに泳がせ、脳裏に刻まれた過去の記憶を辿るように険しい顔つきで唸った。
「……ウウム、確かに……。思い返せば、最上位プレイヤーが一挙に引退するなど珍しい出来事だった。まさか……本当、なのか?」
確信を求めるように向けられたその視線に、俺は今度ははっきりと縦に首を振ってみせた。
「それに、実力は当然、竜主。権能による誤差はあるけど、一体一体が、かつて俺たち全員が戦ったあの天雷竜にも全然引けを取らないほどだと思っていい」
一瞬の静寂。
洞窟を満たすのは、足元を這うマグマの泡立つ音だけ。
ゴラクZさんはぐっと息を呑み、わずかに歯噛みする。
その強靭な肉体は、未知なる強敵に対する純粋な武者震いのように微かに震えていた。
「それは……いや、未だににわかには信じがたいことには変わりないが……ともかく、まずは疑ってしまってすまない……。ちなみにマスター、お前は、そやつに勝ったのか……?」
「……? まぁ……一応そう、だけど……?」
突然の質問返しに、俺は思わず口ごもってしまう。
……だってあの勝利は、本当に一握りの運だったから。
その俺の歯切れの悪い様子を見たゴラクZさんは、ふっと大きく息をつき、重い事実を噛り締めるように一瞬だけ俯く。
だが、次に顔を上げた時には――彼の険しかった動揺の表情は跡形もなく消え失せていた。
そして彼はドン、と自分の分厚い胸を力強く叩いてみせる。
「……そうか、なら何も問題はないな!」
「……え?」
思わず間の抜けた声を漏らす俺の前で、ゴラクZさんは揺るぎない眼差しを真っ直ぐに向ける。
問題はない??? どうして???
そんな俺の混乱を他所に、彼は王としての絶対的な確信を声に乗せた。
「マスターがどのような経緯でそやつと戦い、どのような戦いを繰り広げたかは知らないが……。だが、一度勝利した相手ならば、マスターは負けることはないだろう?」
「……!」
それは、理屈や確率を超越した、あまりにも身勝手で、どこまでも眩しい絶対の信頼だった。
俺の言葉は疑おうとも、しかし、俺の実力に対しては、一切疑う余地などないと言わんばかりの。
「それに、いつまでもここで悩んでいても仕方がない。引き留めて悪かったな……行けばわかるのだろう?」
「……そうだね」
俺たちは互いにアイコンタクトを交わすと、これ以上の熱風と威圧を真正面から受け止めながら、広がりつつある通路の先へと、一歩ずつ、確実に歩みを進めた。
「さぁ行こう! "オレガメス"のところへ……!」
「あの、ゴラクZさん、さっきから言ってるけど、オルガヌスね……?――――――」
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