第二十六話 ただ一つの例外
―――種族主は、当然各種において必ず一体存在する。
灼炎主。
海獣主。
樹霊主。
魔眼主。
巫狐主。
創造主。
守蟲主。
不死主。
人間主。
竜主。
これらは【ユグ:ドライアス】におけるNPC最強として、かの世界に君臨していたが、ついぞサービス終了時に実装されたことで、その力を初めて世界に知らしめた。
その圧倒的なまで……いや、壊滅的なまでの力は多くのプレイヤーを即時引退にまで追い込むほどの不条理な力を持っていたが、しかし勝てないほどではなかった。
尤も、プレイヤー最強である種族王に加え、上位種族プレイヤーの精鋭の力を以てして、ようやく実装された種族主全てをサービス終了までに撃破することに成功したという、再現性のないやり方ではあったものの、結果から言えば、勝ちは勝ちである。
――して。
当然、この手のゲームにはよくある話だが……。
誰かが掲示板にこう書きこんだ。
曰く―――どの種族主が最強だったのか? と。
ある者は、戦闘が始まったと同時に灰となったことから、"灼炎主"と。
ある者は、戦闘中、一切体力が減ることのなかった、"守蟲主"と。
そしてある者は、何をしようとも無駄であることから、"創造主"だと。
人によって種族は違う上に、自身のプレイスタイルによって感じ方も千差万別。
当然、最強を決めるのには多くの意見の衝突や否定という、混沌を極めた。
……ただ、一種族を除いて。
◇◆◇
マグマの奔流が轟音を立てて煮えたぎる、薄暗い横穴。
もはや慣れ親しんだ足元から伝わってくる熱気と重苦しい湿気を感じながら、俺たちは肩を並べて歩みを進めていた。
「――にしてもさっきの話だけどさ。もし本当に灼炎主と戦うことになったら……ゴラクZさんとしてはどういう気持ちなの……?」
意外にも長い道のりの中、退屈を紛らわせるように、しかし先からずっと心の片隅に引っかかっていたことを、俺はふと問いかける。
――ゴラクZさんは、灼炎種だ。
かつてのゲーム内において、彼はあの灼炎主から直接、種族専用クエストを課され、数々の試練を乗り越え、その実力と忠義を認められたうえで現在の『灼炎種の王』の座に就いている、と以前、誇らしげに語っていたことをよく覚えている。
……ということはつまり、灼炎主は彼にとってはただのレイドボスではなく。
"恩人"であり、その名が示す通りの"主"でもあり、彼という存在のルーツそのものとも言える存在であるということ。
仮にもし、そんな相手と刃を交えることになるとしたら、ゴラクZさんの心境は一体どうなのだろうか……そんな心配がどうしても拭えなかった。
しかし、そんな俺の杞憂を吹き飛ばすように、隣を歩くゴラクZさんは豪快に腕を組み、不敵な鼻を鳴らした。
「フッ、今更何を気にすることがある? 確かに俺は誇り高き灼炎の種族。……主を敬うべき気持ちもあることには変わらんが……。今の俺にとっての一番の仲間はマスターたちだ。そこだけは決して折れることはない。ただまぁ……多少なりとも主との会話をしてみたい気持ちもあるがな」
そう言いながら照れくさそうに頭を掻く彼の後頭部を見て、俺は静かに息を吐いた。
「……そっか。流石はゴラクZさん、言うことが頼もしいね」
やっぱりこの人は本当にすごいと、俺は何度見ても思う。
俺自身、こう見えて人生経験が浅いわけではないというのに、それでも――いつかこの人みたいに、誰かを真っ直ぐに背負える男になりたいと、胸が熱くなるような言葉をサラッと言ってのける男になりたいと、思わず憧れに似た感情を抱いてしまうほど。
……俺が言うと嘘っぽくなっちゃうんだよなぁ……。
―――して、しばらくの静寂のあと。
ふと、足音が聞こえなくなったと思い、思わず顔を上げると、ゴラクZさんが片眉を上げながら俺を振り返っていた。
「それで言うとマスターはどうなんだ?」
「ん? どう、って?」
思わず聞き返すと、彼は手を広げながら首を傾げた。
「竜主のことさ。……この先、いずれマスターも対面するやも知れんだろう?」
なるほど、確かにそうだ。
今は灼炎主のことばかり考えているけれど、この先もまだこの世界で生きていくのなら、いつかあの竜主にも出会うことはあるだろう。
……いや、しかし竜主なぁ~……。
……ん? 竜主……?
……って、あれ、待てよ?
竜主で思い出したけれど、よくよく考えれば俺たちは、元々火山の噴火が止まった原因を探しに来ていた中で、プラス、灼炎主にこの世界について、俺たちについて何か知らないことがないかを確認しに来たんだよな?
でも、あれ、いや、これっておかしいよな?
どう考えても。
だって、集落の灼炎種たちは、噴火が起きなくなってから"竜種"に攻められたって言ってたけど……そもそも野良の竜種程度なら、オキイチ――アグニスタウロスはおろか、灼炎主なら一瞬で追い払えるはずだし、何より火山地帯を竜種がわざわざ意味なく襲う必要なんてないはずだ。
――――疑問を形にしていくことで、次第に思考がクリアになっていく。
それにこの場所……。
俺は、新たな灼炎種の王であるゴラクZさんがこの火山に来たから、マグマも活性化……ひいては火山が復活したのだと考えていたけど、だとすれば、ゴラクZさんが来てから相当な時間が経つ今―――噴火が未だ起きていないのは不自然じゃないか?
……火山の停止。
襲い掛かる竜種……。
……噴火が起きない理由。
オキイチの罠……。
……この先にいる、何か。
――――形になっている疑問を、一つずつ並べ、俯瞰して考える。
……もしかして、元々火山は死んでいなかったのか……?
噴火は起きているけれど、この先にいる灼炎主……あるいはそれ以外の要因で封じられている?
でも、それならなおのこと、どうして竜種は攻めてきたんだ……?
それに、オキイチの行動は不自然なもの……命令されている……誰に?
アグニスタウロスをも超える存在……それは、種族主ぐらい……。
――――そして、それらすべてを、一つのパズルとして組み合わせる。
灼炎主に炎を封じる術はあれど、噴火を抑える力も、それをする理由もない。
わざわざ自らの根源を潰して弱体化までする理由がない。
他に噴火を封じる力を持つ存在にして、火山に生息できる能力を有する存在、そして何より灼炎種が弱体化をすることで得を得る種族なんて―――。
「―――――――――っ!!!!!」
その瞬間、俺の背筋に冷たいものが奔った。
そうだ、いるじゃないか、そんな存在が。
しかも、こんな身近に、最も近しい存在が……!!!!
「ゴラクZさ――――」
そう、俺が彼に注意を促そうとした矢先、気づく。
……もう、引き返すことのできない位置まで来ていることに。
違和感。
……それは小さな、微かな……それでいて、嫌な違和感。
「ム? どうしたマスター……――――ッ!?」
俺は足を止め、ゴラクZさんの手首をガシッと掴み、強引にその歩みを引き留める。
だが俺が言葉を発するより早く、ゴラクZさん自身もある違和感に気が付いたようだった。
彼は大きな体をピタリと硬直させ、自らの手のひらをじっと見つめて――目を見開く。
「……汗……だと……!?」
低く響いたその声には、歴戦の王にあるまじき微かな動揺が混じっていた。
だがそれも当然。
ゴラクZさんは、炎そのもので肉体が構成されている『灼炎種』の王。
彼にとっては、どれほど凄まじいマグマの熱量や灼熱の環境であっても、一切肉体にダメージや生理現象をもたらすことは出来ない。
故に、熱さなど感じるはずもなければ、汗をかくなどあり得ないことなのだから……!
そしてそれは、竜種の王として、あらゆる状態異常の耐性を持つ俺もまた、例外ではない。
にもかかわらず―――ジワリ、と。
額から流れ落ちた汗が、自分の頬を伝い、顎からポトリと足元の岩肌に落ちた。
「この俺が……汗、だと……!? どういうことだ……!?」
荒い息を吐くゴラクZさんの横顔を見つめながら、俺は冷え切った胃の腑を無理やり押さえつける。
――異常な熱量に、底知れぬ圧迫感。
考えたくはない。
だけど、これまでの経緯に加え、この現象を……俺は知っている。
だからこそ、俺はあえて彼に向かってこう言葉を綴った。
「……ゴラクZさん……さっきの問いの答えだけどさ……」
「……ム……?」
そう語る俺の言葉に耳を傾けるゴラクZさんの表情には、先ほどまでの余裕は跡形もなく消え失せ、彼の全身から闘気とも違う、研ぎ澄まされた警戒のオーラが立ち昇っていた。
そして俺は、小さく息を吸った後、覚悟を示すように言葉を発した。
「……出来るなら今すぐこの場から立ち去りたい……って言ったら、どうする……?」
俺がこの言葉を発したその時。
ゴラクZさんの両目がこれほどまでにないほどに見開き、喉を鳴らす音が洞窟に反響する。
「……? それはどういう……いや、まさか……そういうことか!? ……だが、それはあり得んだろう!?」
ゴラクZさんはそう叫んで俺の腕を揺らすが……しかし、彼の言っていることは事実、間違いではない。
なぜなら―――。
「奴の本分は"雷を纏い"、"天を駆ける"ことにあるはずだ! かつて雲の上の神殿で我らを絶望の淵に叩き落とした、あの竜主の姿は忘れようハズもないッ!!!! こんな火山の地底深くにいるわけがない!! そうだろう!?」
そうだ。ゴラクZさんの言う通りだ。
ゲーム【ユグ:ドライアス】において、プレイヤーたちにトラウマを植え付けた奴―――竜の種族主といえば、視界を埋め尽くすほどの閃光と、すべてを焼き払う雷の嵐。
高空の遺跡をねぐらとし、羽ばたくたびに世界そのものが揺らぐような圧倒的すぎる暴力。
プレイヤーの最高峰であるはずの俺たちを、ただの虫けらのように蹂虉していった、天空の覇者。
そして―――かつての最強ランキングにて、唯一、殿堂入りを果たした、伝説の存在。
だからこそ、この火山の底で、灼熱のマグマが煮え滾るこの深淵で、その気配を感じ取るなどあり得ない。
―――――それが、彼らが知る「竜主」の共通認識なのだから。
「……普通なら、そう思うよね」
俺は苦笑を浮かべながら、ジリジリと熱を帯びていく空気を肌で感じつつ、頭を振った。
ゴラクZさんの疑念は当然だ。
なぜならこれは、この場では、俺だけが知っている事だから。
「――ゴラクZさん。……あの世界には一つの種族につき、種族主は必ず一体だけ存在してるよね……?」
「……あぁ、当然だろう。本来彼らは根源を守るための存在なのだからな……! それに、あんな不条理な化け物が何体もいてたまるか。でなければ―――……いや、おい、まさか……!?」
言葉の途中で、ゴラクZさんの瞳が凄まじい勢いで見開かれた。
脳裏で何かが繋がり、そして否定しきれない恐怖の輪郭が浮かび上がってきたかのように、再び彼の喉がゴクリと鳴る。
「……そのまさか、だよ」
俺は静かに息を吸い込み、冷や汗の伝う頬をそのままに、マグマの照り返す暗がりの先を見据えて……言った。
「……竜主は……一体じゃない―――――」
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