第二十五話 定められた行く末に向かって
――時は遡り、アグニスタウロス――オキイチの奸計による罠により、底知れぬ漆黒の闇へと引きずり込まれた両名。
熱を含んだ暴風だけが耳を打ち、重力に引きずられるようにして――――ついに俺たちは真っ逆さまに墜落した。
「――ぐぇっ!」
「ヌゥ……っ!」
落下の衝撃に身構えた瞬間、硬質な岩肌と冷たい地面に盛大に叩きつけられる。
周囲一帯に轟音が鳴り響き、肺から無理やり空気が搾り出されたが……しかし強い肉体のおかげで致命的な痛みはなかったことに、まずは胸をなで下ろす。
……ほっ、っとね。
いやぁ、もしこの落下先がマグマのたまり場であれば、体に纏わりつく不快さや、抜け出さなければならないとまぁ~~~大分面倒ではあったので……。
そうでなかったことは不幸中の幸い……いや、待て?
冷静になって考えれば、普通は硬い地面に直撃する方も即死だし、どっちも嫌だよな???
あれ……? 俺の感覚、いつの間にかこの世界仕様におかしくなってないか……?
……ってそれはどうでもよくて……!!!
「ねぇゴラクZさん……俺たち、ここに来るまでに理不尽な目に遭うこと多くない……!?」
俺は頭を振って砂を払いながら立ち上がる。
隣を見れば、同じように巨体を起こそうとしている人物――頭部が百獣の王の形をした屈強な獣人、ゴラクZさんが重たげに唸り声を漏らしていた。
「ウゥム……此度は来る途中から嫌な予感はしていたが……。よもや火山の下に落とされるとは思っていなかったぞ……」
そう口にする彼は、俺たちが先ほど落ちてきた遥か頭上の縦穴を見上げ、俺もそれに倣う。
漆黒の空洞の先は小さい点すら見えず、絶えず熱風が吹き下ろしているのみ。
……ふむ。
『猿も木から落ちる』ならぬ、『竜の王や灼炎の王も地下に落ちる』……か。
……。
…………。
……いや、今こんな寒い親父ギャグを呟いている場合ではないな。
面白くないから言わないでおこう。
え? 火山の地下だから熱いだろって?
ははっ! それは面白いな!
「……しかし解せんな……」
「んえっ? 俺、今声に出てた!?」
「ム……? 何を言っているんだ? 急に慌てて……?」
あぁ、びっくりした。
独り言が盛大に漏れていたかと思ったZE……。
……そんな俺の戯言はさておき。
ゴラクZさんは真剣な面持ちで腕を組み、周囲を囲むマグマの壁を睨みつけながら俺に問いかけた。
「いや、なに。何故オキイチは、わざわざ俺たちをこのような回りくどい罠に嵌める必要があったのだろうと思ってな」
ゴラクZさんの低い声が、ごうごうと壁の内部で脈打つマグマの音にかき消されそうになりながらも、熱気のこもった地下空間に響き渡る。
彼が言っているのは、俺たちが落ちる原因となった、あのアグニスタウロスさn……いや、もはや敬意の欠片も抱く必要のないクソ牛の所業についてだ。
傍から見れば、あいつがわざわざ俺たちに近づき、こんな大掛かりな罠を仕掛けたのは単なる悪意のように思えるだろうが、確かにゴラクZさんの言う通り、俺たちは元よりこの先にいる人物を目指して進んできている。
わざわざ罠に嵌めずとも目標は達成できる……というのにも関わらず、あえて罠に嵌めた理由が、不可解な現実となってゴラクZさんを悩ませているのだろう。
だから俺は彼に対し、落下前に知り得た情報を整理して、できるだけ分かりやすく説明を試みる。
「えっと、これはあくまで俺の推測なんだけどさ……? あいつが俺たちを落としたのも、なんなら俺たちがここに来たのも、実は全部メインストーリーでした~みたいな感じだったんじゃない?」
フッと苦笑を交じらせてそう告げたが……しかし空間を焦がす熱気だけが虚しく肌をなでる。
……あれ?。
「……い、いや、あのほら、だからオキイチの罠も、あくまでストーリー上の演出だったんじゃないかな~って?」
……重ねた言葉に返ってきたのは、マグマの爆ぜる音だけ。
……。
「……分かりにくくてごめん……」
さすがに思わず気まずくなって頭を下げた俺に、ゴラクZさんの方が逆に慌てふためきながら、しかし真摯な瞳で頷いてみせた。
「いやいや! 問題ないぞ!? 少々時は要したが、俺は理解した。つまりアレだな? これまでの全てが、俺たちの意志や行動に関係なく、あらかじめ定められた筋書き――結末に向かって、進行しているのではないかと言いたいのだろう?」
「……ハイ……っ」
俺はね、その頼もしい返答を聞きながら、しみじみと思いますよ……。
多分、サクラノヴァさんやゴラクZさんのように、理解力のある大人が居なければ、俺たちのギルドはとっくに崩壊しているとね……。
え? 猫バイトさんと休日さん? ははっ、知りませんねぇ! そんな子らは!
―――閑話休題。
「サラマンダーとの出会いに火山の停止……アグニスタウロスの登場と罠……これらすべてがメインストーリーのように俺たちを導いているのなら、この先に俺たちの謎を解き明かす存在がいる可能性は高いってことだよね?」
俺はマグマが脈打つ壁に手を添え、確信に満ちた声を出す。
ゴラクZさんもそれに同調するように、深く野太い唸りを漏らした。
「ウム……そうだな。しかしそうなればやはりこの世界のカギを握るのは―――」
「―――種族主、だろうね」
パッと視線を交わし合う。
だが、ゴラクZさんはすぐさま片眉をひそめ、己の顎に手を当てて首を横に振った。
「……だが、仮にマスターの想定通りだったとしても、やはり俺にはどうにも腑に落ちん部分がある」
「ん?」
「……なぜ、穴に落としたのがわざわざ俺とマスターなんだ? サクラノヴァや猫バイトを落とさぬ理由も特にないように思えるが……」
「……確かに」
ゴラクZさんの問いに、俺もはたと思う。
あれ? 確かにそうだな?
一応、パーティメンバーが分断されるようなストーリーがあるゲームもあるにはあるけど、その理由の大抵は何かしら必ず明確な意図がある。
俺とゴラクZさん。
サクラノヴァと猫バイトさん。
強いて言うなら、常識のあるなし……ごほんごほん。
と、ともかく……!
「う~~ん……考えても分からないことが多すぎるよなぁ……。ただ、今考えられる理由としては、オキイチが不死種や創造種に因縁があるとか……? それか、種族主からの命令であの二人と戦うように指示があったとかかなぁ……? いや! もしくはさらに上の『誰か』からの絶対的な命令……それこそ神みたいな奴の指示があった可能性もあるのかもしれない……?」
冗談めかして肩をすくめて見せた俺の言葉に、ゴラクZさんはただ腕を組み、重々しく目を細めた。
「ハハッ、ふざけた話だが、否定は出来んな。……実際、今の俺たちの身に起きている現状から見れば、どんなことが起きようとも、何ら荒唐無稽という話でもない」
不気味に静まり返る地底の空気を切り裂くように、俺はフッと息をついて、前方の暗がりへと顎をしゃくる。
「――そりゃそうだ! それに、結局先に進めば分かることだからね! ……ほら……ここに行けと言わんばかりの道もあることだし?」
俺はそう言って、壁面の亀裂から差し込む、赤白く発光する光に照らし出された、岩肌をくり抜いたかのように不自然なほどぽっかりと口を開けている空間を顎で示す。
一応、落下の勢いで体に纏わりついた溶岩はある程度取れたので、俺たちが落とされてきたあの果てしない縦穴も、翼を広げて飛べば帰れなくもない。
……だけど、わざわざあのクソ牛が俺たちを落としたってことにはちゃんとした理由があるはずで。
そしてそれを無視するのは……さすがにゲーマー魂に反するというかぁ……??
まっ、上にはサクさんや猫バイトさんもいるから最終的には何とかなるだろうしな!
苦笑しながら肩をすくめる俺の足元では、ドクン、ドクンと、まるで地底の巨大な心臓が脈打つような重低音がマグマの奔流と共に響き渡っている。
横穴の奥からは、ただ熱を孕んだ重苦しい風だけが吹き付けてきており、その先がどこに繋がっているのか、人の気配すら一切感じさせない。
「そうだな。だがいいのか? 先にいるのは恐らく灼炎主……。奴の性格を考えれば、戦闘も視野に入ることにはなるだろうが……」
ゴラクZさんがそう呟く。
彼の心配も最もな話ゆえに俺は僅かに逡巡し、しかしすぐに結論を出した。
「あ~、確かに。でもこの世界なら話し合いも出来るだろうし、種族主の中には話し合い絶拒みたいな奴もいたし……まぁ灼炎主ならまだマシでしょ……ウン……」
灼炎主。
別名――猛虎焔獣。
圧倒的な高火力に全振りした最強の猛獣であり、灼炎種の主というNPC最強の存在である奴は、かつての世界でも厄介極まりない力で俺たちを苦しめた。
第一形態はともかくとして、特にボス特有の第二形態の面倒くささと言ったら、灼炎種に対して有利な海獣種の王であるタツミさんか、何でもできる創造種の王である猫バイトさん、未来が視える休日さんがいないと数千倍ぐらい怠いほどだったぐらいで……。
あぁ、思い出すのも嫌になる……。
まぁともかく。
もし、灼炎主だった場合は、できるだけ敵対しないようにしないとね!
「……ま、なんにせよ、この場にサクさんがいなくてよかったよ……あの人なら絶対戦いたがるだろうし……」
「ハハッ、確かにな! 普段はともかく。奴と話し合いするなら俺たち以上の適任はいないだろう」
ゴラクZさんは頼もしく鼻を鳴らすと、先に立ってその一本の横穴へと足を踏み入れた。
熱気を帯びた闇の中へと消えていく背中を追いかけ、俺もまた、その後に続いて暗黒の洞窟へと飛び込んでいくのだった―――――。
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