第二十二話 連なる凶兆
サクラノヴァが圧倒的な知力と実力を以て、イーディスを静かに下した少し前―――。
上方へと吹き飛ばした先にあった居住区の一角では、猫バイトとオキイチことアグニスタウロスが……。
「はっけよ~い、残った!!」
「ブモォッ!!」
――相撲を取っていた。
「ぐぬぬ~っ! っぱ力強いな~~~!!」
「ムッ、ただの岩如きのどこにこんな力が―――ッ!」
両者いきなりの激突!
黒毛の体毛に包まれた強靭な肉鎧と、頑強で無機質な岩の塊がぶつかり合い、鈍い衝撃音が空間を揺るがせる!
「む~! こうなったら……っ!」
まわしならぬ、互いの身体を強き握力のみでガッチリと掴み合い、空間の中央で完全にがっぷり四つ!
両雄一歩も譲らぬ膠着状態!
そんな重厚な力比べの最中、先に仕掛けたのは―――動ける巨岩、猫バイト!
ここで放たれるのは……技か!? 奇策か!?
「あっ! あっちに可愛いアグニスタウロスが!」
「!? なにっ――――」
こっ、これは――ッ!?
猫バイトの言葉に、一切の疑いを持たぬ純粋なオキイチの視線が泳ぐ!
それはまるで水を得た魚のように!
だが!
その視線の先にはッ――――何もないィッ!!!!!!
「スキありっ!! おりゃぁああ!」
「ヌゥッ!?」
視線を奪われた黒毛の凶獣――オキイチの軸足に今ッ、岩の体が差し込まれッッ!!!
力と体重を利用し、猫バイトがオキイチの支点を刈り上げるッ!!!!
自身の油断から左足の自由を奪われたオキイチは、なんとか体勢を立て直そうとするが、しかしッ!!
しかし倒れ込んだァ――――――ッ!!!!
決まり手―――――内掛けッ!!!!!
―――して。
ダァアアアアンッ!という激しい衝撃音とともに、オキイチの巨体が豪快に背中から地面へと叩きつけられた。
受け止めきれなかった勢いに、彼は思わず肺の中の空気を吐き出す。
叩きつけられた地面は蜘蛛の巣状に砕け散り、猛烈な土煙が舞い上がる。
しかし彼は、背中に走る激痛などまるで意に介さないかのように、苛立ちを剥き出しにして力任せに腕を振り払った。
「……グヌォ、卑怯な手を……ッ! てめェは一体なんなんだ!?」
しかし、ブンッと風を切った腕は、ただ空をなぞるだけだった。
――そもそもオキイチは灼炎種の中でも上位も上位の存在。
他種族である創造種についても、実際に何度か見たり、相対したりしたことすらあった。
ただ、今しがた彼が目の前の存在に、何だ、と問いかけている理由は……まぁ創造種でなくとも想像に容易いだろう。
何度も力任せに殴っても効かず、飛ばしても無傷、果ては命を懸ける勝負に対しても軽薄な態度。
今まで相対してきた創造種とは一線を画す余裕と能力の高さ。
一度目を閉じれば既にそこに姿はなく、まるで瞬間移動でもしたかのように捉えきれない速度で移動する岩の巨像。
もはや、何だ、と聞かない方がおかしいというものだろう。
そしてそんな異質な存在として認識されている当人はというと……。
嵐のようなオキイチの怒りとは対照的に、気の抜けた動作で肩を竦めていた。
「いや~……なに、って言われてもなぁ……? っていうか、先に不意打ちで手出したのはそっちじゃん? 僕らは楽しくお話ししてたのに、むしろなんで襲ってくるのさ~?」
相も変わらず、どこか人を食ったような態度でヘラヘラと問いかける猫バイト。
その言葉と態度に地面を蹴立てて体勢を立て直したオキイチは、もはや彼からの答えを期待するのをやめ、荒い息を吐きながら黒毛の巨躯を低く沈めた。
「……俺ァ、イーディス様……いや、兄貴に従うだけだ……!」
その瞳に宿るのは、一切の迷いがない忠誠心という名の純粋な覚悟。
……にもかかわらず。
「従うって……いやいや笑、僕はその目的を聞いてるんですケ――――」
猫バイトの馬鹿にしたような笑みと軽薄な口調が、ついにオキイチの限度を越え……オキイチは返答の途中で地を蹴り、獣の咆哮とともに一瞬で肉薄すると、太い腕を振り抜いた。
「――――ドぅわぁっ!? あっぶな~~~!!!? まだ僕が話してる途中でしょうが~~~!!」
思わぬ攻撃に、叫びながらもなんとかギリギリのところで身をかがめた猫バイトは、そのままの勢いでオキイチの体を押し返そうと力を込める―――がしかし、獣の怒りを侮るべきではなかった。
「ごちゃごちゃとよく喋る岩ァ相手にすんのは初めての経験だがなァ……! 不意打ちするような奴に言われたくはねェ!!!!」
「ん~! ド正論!!! っ、そりゃそう、だっ!」
圧倒的な質量と勢いだけで押し切られ、猫バイトはそのまま壁へと豪快に叩きつけられる。
追撃に備え、壁に背を預けたまま瞬時に身構える猫バイト。
しかし――突如として、オキイチの動きがぴたりと止まった。
「……んえ? なに急に? 立ったまま死んだ???」
予想外の沈黙に、猫バイトは思わず身を乗り出し――その瞬間、気づく。
遥か下方から肌を焼くように押し寄せていた凄まじい熱量が、まるで潮が引くかのように一瞬で消え去ったことに。
そして、それが意味する事実に。
「……はァ……いや、そうかァ……。俺が飛ばすべきァ、あの骸骨の方だったか……」
静寂が支配する現場で、オキイチは静かに目を開け、ぽつりと呟いた。
静かな諦観と、一転して研ぎ澄まされた冷徹な殺意。
――――不穏な空気を察知した猫バイトが、微かに傾げた首を戻しかける。
「いや―――――――」
―――言葉の頭すら許さなかった。
刹那、視認することすら不可能な速さで放たれた、ゼロ距離からの閃撃。
先ほどまで躱すことが出来ていた速度を遥かに超える、三度目の【断頭牛葬】が猫バイトの胸板を穿つ。
音の置き去りになった空間で、猫バイトの身体は壁へ強くめり込んだ。
「……さっきてめェ、目的ってやつァ聞いたな……?」
「……」
「教えてやるよ……俺の目的ァ、てめェを殺すこと……! どんな手ェ使おうともだ……!」
壁にめり込んだことで動くことが出来ない猫バイトに対し、オキイチは冷徹な眼光を向ける。
だが、依然彼は動けないながらも口の減らない態度で笑ってみせた。
「ふ~ん、弔い、ね……でも、どんな手でもって……ぷぷぷ~! 君の手はどう頑張っても二つしかな―――」
しかし彼のそんな笑みも――――ついぞ崩れることとなる。
猫バイトがおちょくるような発言をすると同時、猫バイトの背後から豪快に壁を突き破るように、なんと二本の腕が現れたのだ。
「―――いェェッ!? 壁から手が出てきた!?!?」
目の前の巨牛たるオキイチの剛腕よりも一回り大きくも、赤毛の体毛を帯びた二本の腕。
それは壁から突如として生え出ると、そのまま猫バイトの体を掴み取り、まるで幼児が玩具を扱うかのような容易さで力任せにその岩の体を締め上げた。
「んぎぇっ!?」
猫バイトの体は岩で出来ている。
岩には痛覚はないがゆえに、猫バイトにも痛覚はない。
……だが、いくら岩だとしても、決して壊れない訳ではない。
あまりにも強靭な握力で石を握りつぶすと、ただの石がダイヤモンドへと変形するように。
あまりにも強大な力は、岩をも砕く。
尤も、これまでの猫バイトがオキイチの強大な力を以てしても壊れなかったのは、偏に攻撃を認識出来なかったことに加え、かつ単発での攻撃であったことが要因として大きかった。
認知の隙を突く一撃や、触れた瞬間に終わる衝撃であれば、猫バイトの持ち得る異常なまでの想像力による、岩は硬いからね!というクソ補正認識が追いつき、崩壊を免れることができていた。
だが、いま彼自身を襲っているのは……逃げ場のない"持続的な圧力"。
捉えられ、逃げられず、じわじわと岩の体を締め上げられているこの状況下では、否応なしに己が破砕されるイメージが形成され始める。
認知の猶予を与えられたことが、皮肉にも彼の強固な想像の防御を内側から切り崩してしまう。
「――――っ!!!!!」
声にならない声とともに猫バイトは即座に空間移動を行い、間一髪で拘束から逃れてオキイチの背後へと飛ぶ。
はたと視線を自身の全身に向けると、そこには網目状のひび割れがいくつか体を刻んでおり、存在しないはずの喉をゴクリと鳴らす。
「……ハッ、ようやくマトモに戦う気ィなったかァ? ……どうだ? これで手は四つ……兄貴の敵討ちにはお誂え向き、だろ?」
ゆっくりと猫バイトに向き直ったオキイチは歪んだ笑みを唇に浮かべ、鋭い眼光でその光景をあざ笑うように見下ろす。
やがて、つい先ほどまで猫バイトが捕らわれていた位置――そこに埋もれていた巨腕が、轟音とともに壁を粉砕し、《それ》は全容を現した。
眩いほどに鮮やかな赤毛の体毛に身を包んだ、圧倒的な巨躯。
ギラギラと黄金色に輝く双眸。
天を突く漆黒の双角は、分厚い石壁など紙屑のように容易く打ち砕き、その巨大な掌には、先ほどまで猫バイトの一部だった岩の欠片が握りしめられており、指の隙間からサラサラと乾いた砂が零れ落ちている。
そして―――。
「あハッ! ねえねえ兄ちゃン!! 完全に掴んでたのにアイツ消えたんだケド!? すごくネすごくネ!!? てかてかサァ! これって潰していいやツ!? ねェ、潰していいやツ~!?」
跳ね回るような甲高いトーンと、底知れない残酷さを孕んだ無邪気な声。
砂を振り払いながら無邪気に巨体を揺らして佇んでいたのは――なんと、二体目のアグニスタウロスだった―――――。
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次回更新は明日AP1:00です。ブモォ。




