第十八話 それぞれの所以
爆炎が爆ぜ、大地から灼熱の飛沫が舞う。
緊迫の糸が引き絞られた火山の決戦場。
酸素は薄く、乾いた空気の中で最初に動いたのは―――対峙する種族最強の存在と王のいずれでもなかった。
「―――ヌゥンッ!!!!」
「―――おっ?」
地響きすら置き去りにする咆哮と共に踏み込んだ不条理の名を冠する凶獣は、常人には到底目にも留まらぬ速度で猛進し、因縁を抱く岩の巨体の首に、自慢の剛腕による一撃―――ラリアットを叩き込んだ。
かつて多くのプレイヤーの中にトラウマを残したこの技には、公式に名がつけられている。
その名は―――【断頭牛葬】。
頭を断って葬るなどという物騒な名前のこの技は、その名が示す通り、笑い話にできるような代物ではない。
彼―――アグニスタウロスほどの巨体での高速移動から繰り出される強力無比な一撃。
圧倒的な筋密度 × 目にも留まらぬ速度 から成る圧倒的な破壊力は、もはや純然たる質量兵器。
猫バイトほどのサイズの岩塊なら掠めただけで粉砕することすら可能なこの技の本質は……しかしその破壊力ではない。
アグニスタウロスが、"最凶の獣"と称された所以。
プレイヤーの間で最も有名で、最も忌避されたこの技の本質。
それは―――発動に際する"予備動作が一切ない"ことにこそある。
通常、強力な一撃や魔法を発動するには、大きな溜めや隙があることが定石。
しかし、アグニスタウロスの【断頭牛葬】は、並み居るプレイヤーを一撃で葬る力を持ちつつ、予備動作が一切存在しないという特性を持つ。
当然、見てから反応できるような攻撃でもないが故に―――"一撃必中"。
出会えば即死という圧倒的なまでの理不尽から、出会うこと自体が最悪であり、最凶。
それが、最凶の獣――煉獄牛魔人だ。
そしてそれは種族の王である猫バイトも例外ではなく。
オキイチの速さに対応することなどできず、なす術もなく凄まじい威力のまま後方へと吹き飛ばされ、背後の岩壁へと叩きつけられた。
「クハハッ! いいぞオキイチィ! 不意打ちだとか文句は言わねェよなァ!」
その姿を見たイーディスは愉悦に表情を歪ませるが……しかし、直後の骸骨の言葉に表情を固まらせる。
『……愚かだな……』
「……あァ?」
イーディスは、自身の手下であるオキイチの強さをよく知っている。
だからこそ、土煙のなかに見えた光景に―――絶句した。
「な……!? あ、有り得ねェ……!」
―――何度だって言おう。
「だ~か~ら~、効かないんだってば~。わからんちんだね君たち~??」
「ム……!?」
どんなに速い一撃であろうと。
どんなに重い一撃であろうと。
どんなに強い一撃であろうと。
天才の創り出す、より不条理な理論の前では、あらゆる物理攻撃が意味を成さない。
壁に叩きつけられた猫バイトだったが、一切の痛みも、怪我も、傷もなく、事も無げに立ち上がり、自身の肩に落ちてきた土埃を払いながらオキイチに向かって首を竦めた。
……。
……。
……とはいうものの、だ。
(~~~~~~うっっっっわ~~~~~びっっっくりした~~~~~~~!!!? 何が起きたのか全然見えなかったんですけど!?)
―――実は、猫バイトは内心でとんでもないほどの焦りを抱えていた。
(いや~~~~でも、見えなくてよかった~~~~~!)
"天才の創り出す、より不条理な理論の前では、あらゆる物理攻撃が意味を成さない"?
否、此度においては少しだけ訂正をする必要があるだろう。
先の一撃に関して、猫バイトは―――何の理論も考えていなかった。
正確に言えば、オキイチの攻撃が速すぎて、理論を考える暇がなかったといえよう。
であれば、なぜ先の一撃が一切意味をなさなかったのか?
答えはいつも単純である。
ただ……猫バイト自身が、殴られたことに気づいていなかっただけのこと。
創造種とは、想像したものが現実になる種族。
つまり、想像できない攻撃は現実に反映されないということであり……。
オキイチの刹那の一撃は、確かに猫バイトに当たってはいるものの、猫バイトは当たったという認識すら出来ていないため、実質―――何も起きていないのである。
まさに……。
『ふん……馬鹿と天才は紙一重とは言い得て妙だな……』
サクラノヴァが猫バイトを見てそう零す。
だが、そんな馬鹿で天才のトンデモ理論により生じた事実など、目の前の獣如きが理解出来ようはずもなく。
「ハッ……何をしたかはわからねェが……二度は通じねェぞ!」
自身の理解を超えた現象に最凶の獣は、再び同じ攻撃を仕掛けるため、大地を強く蹴った。
【断頭牛葬】。
避けることさえ許されない、必中で必勝の一撃。
―――だが。
「――え~っと、このタイミングか、なッ!!!」
「なに――――――」
オキイチが大地を蹴った直後。
岩の巨人――猫バイトは、目を閉じながら自身の巨腕を垂直に振り上げた。
一見、何もないところに向かって拳を振り上げるという無駄な行為。
しかしその振り上げた拳は――丁度突っ込んできたオキイチの顎に向かって吸い込まれるように直撃した。
「―――ヲゥッ!?」
刹那、ズガァァァァァァァン!!!!!!という壮大な衝撃音とともにオキイチは、普通の生物であるのなら即死していてもおかしくはないほどの圧倒的な速度で冗談のように軽々と垂直に打ち上げられ、そのままイーディスがこの火山の深部に造り上げた閉鎖空間の頑強な天井岩盤を派手にぶち抜き続け、遥か上方へと弾き飛ばされていった。
「うわ!? 当たった!?」
その衝撃音に思わず目を開けた猫バイトは、放った後の自身の拳と、上部に開けられた大穴を見て目を大きく見開く。
だが、彼以上に目を見開いてこの光景を見る存在がいた。
「な、なにが起きやがった!? オキイチが……いや、それよか今の一撃は……!」
遠巻きにこの光景を見ていたイーディスは、信じられないといったように灼紅の瞳で猫バイトを見やる。
だが、それもそのはず。
猫バイトが放ったカウンター。
その名もまた【断頭牛葬】だったのだから。
とはいえ彼にはオキイチのような筋力も、速度も重量もない。
だが、彼の模倣には――――関係がない。
猫バイトの放つ一撃は、そういうものなのだ。
尤も、オキイチが突撃するタイミングに合わせてカウンターを繰り出せたのは紛うことなき猫バイトのセンスの賜物であり、必中までを再現したわけではない。
さらに言えば、多くのプレイヤーはアグニスタウロスと対峙した際に、"逃亡"や"諦め"を選択する中で、"カウンター"を選択する思考、尚且つそれを成功させる技量。
それこそが、彼が種族の王として君臨している所以。
創造種の王として、想像力が豊かな彼だからこそ出来る芸当である。
――やがて残されたのは静寂と、天蓋に開けられた大穴から零れ出る石粒が地面に落ちる音。
それを見上げた猫バイトは満足そうに頷き、サクラノヴァへと向き直る。
「ふぅ~……さて、これでいいよね? サクラノヴァさん?」
『あぁ……油断はするなよ』
「へへん! 当っ然!!」
そう言い切った猫バイトは少しだけ考える仕草をした後、自身の岩の背中をみしみしと音を立てて大幅に変形させ始めた。
それはまるで――ファンタジーの世界にはおよそ存在しないはずの、無機質な機械の造形。
「うしっ、じゃあ【簡易ロケットエンジン】、点火っ!」
この火山内部の重苦しい戦場には全くそぐわない、気の抜けた現代的なセリフ。
それと同時に、猫バイトは手元に作り出したボタンをカチリと押し込む。
直後、目が眩むほど鮮烈な噴射炎が背中に生成された鉄の塊から猛烈に吹き上がり、重厚な岩の塊が宙に浮く。
「うは~っ、ととと……! じゃあね、サクラノヴァさん! 終わったら合流しようね~!」
やがて噴射炎は赤から蒼へと変わると、凄まじい推進力に岩の巨体を翻弄され、不格好に揺れながらも、猫バイトはオキイチを突き飛ばした天井の大穴へとロケットの如く飛び込んでいった―――――。
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