第十七話 相容れぬ存在証明
サクラノヴァの眼窩の蒼い光が深い絶望とともに徐々に薄くなり、静寂が彼を包み込んでいく。
「……ハッ、んだよ……話す気ァねェのか。まァそれならそれで構わねェ。アンタもあの岩小僧と同じように、ここで―――」
そんな姿に、回答を得られないと感じたイーディスが残虐な決断を下し、自身の爪に超高熱の魔力を収束させようとした、まさにその時だった。
「―――っひぇ~。早すぎて全然見えなかったよ~……! サクラノヴァさん、これどうする~?」
緊張で張り詰めていた決戦場に、あまりにも場違いな、気の抜けた声が響き渡った。
「……猫バイト……」
その声のする方にオキイチが視線を向け、イーディスが怪訝そうに眉をひそめる。
「あァ……? おいオキイチ……てめェ……」
「……いや! 俺は確かに意識させる間もなく奴を……なぜ、生きてる!!?」
彼らの視線の先――先ほどオキイチによって壁に叩きつけられた上にイーディスによって蹴り飛ばされ、完全に亡骸のように思われていた岩石の山が、徐々にガラガラと音を立てて再度形を成していく。
あれほどの衝撃を受け、岩壁を蜘蛛の巣状に砕くほどの威力で叩きつけられたというのに、再び生成された身体にはひび割れの一つも入っていなかった。
「いやー、マジで焦った焦った! 久しぶりに見たけどこんな早かったっけ~……?」
そんな岩体から暢気な軽口を叩く存在―――猫バイトは、自身の四角い肩に積もった岩屑をパッパと面倒くさそうに手で払い落としてみせる。
現役大学生としての軽いノリを崩さぬまま、圧倒的なタフネスを見せつける岩の巨体。
―――それはまるで、まったくダメージを負っていないような様子だった。
「んで、サクラノヴァさん! ここからどうすれば、マスターたちを助けられるの~? 話は何となく聞いてたけど、まだ生きてるよね?」
「……!」
いや、事実、猫バイトは物理的なダメージを一切負っていなかった。
創造種の間接的な死の原因として、『いくら想像力を費やして無傷を演じる創造種であっても、思考が追いつかぬほどの衝撃が身に与えられたり、思わず恐怖を抱いてしまう一撃を喰らうことなどしようものならその瞬間に無傷な自分を定義することはできない』とは、創造種と対峙する者なら知っていなくてはいけないほどに有名なものだ。
――だが、それは通常の創造種の話であり、彼は創造種族の頂点に位置する天才。
衝撃の規模からすれば、肉体を持つ者ならば全身の骨が砕けていてもおかしくないはずの負傷であり、いくら創造種とも言えど、即座に自分が無傷でいる想像ができるかは確実ではない。
が、彼が今しがた無傷である理由は実にシンプルなもの。
―――岩だから殴られても、壁にぶつかっても痛くなくね? である。
もし、彼のこの思想に反する者がいるのなら、試しに近くの岩を殴ったり投げたりして聞いてみるといい。
「痛いですか?」と問いかけ、「痛いです」と答える岩があれば、恐らく猫バイトも認識を改めるだろうが、しかし当然ながらそんな岩があるはずがない。
自身の体を岩と想像して創造した彼の、神経も血管も通っていない体では、どれほどの衝撃を受けてもそれが苦痛という情報に変換されることはないということであり、要するに、岩でできた彼には物理攻撃が全く意味を成さないことを意味する。
それがたとえ、最凶の獣の強力な一撃だったとしても。
……尤も、この思考を可能にしているのは猫バイトの想像力が人よりも優れているからこそ出来る芸当であり、一般の創造種であれば、殴られる=痛いと繋げることが自然であるために、この時点で即死していてもおかしくはない。
だが、それが簡単に出来てしまえるがゆえの"天才"―――創造種の王なのだ。
そして、今しがた彼が発した言葉は知ってか知らずか、絶望に包まれていたサクラノヴァの蒼い光を再び灯した。
(……そうだ。……奴の言動では、マスターとゴラクZを殺すためにここに俺たちをおびき寄せたはず……。だが、それならなぜマスターたちだけをわざわざ生きたまま地下に落とした……? 確実に殺すのなら、落とさずにここで処理していいはずだ。コイツの性格からしてわざわざ自分の手を汚さない理由はない、にもかかわらず落さなくてはいけなかった理由……。まさか……!)
『ふん……たまには役に立つじゃないか、猫バイト……!』
サクラノヴァの眼窩に宿る蒼い光が、イーディスの蒼炎にも負けない程に輝きを取り戻す。
絶望の淵から生還し、次なる策を講じた策士の声音には、普段通りの余裕が混ざっていた。
「えぇ~!? 復活直後に軽いディス!? ……ん? いや、サクラノヴァさんにしては褒めてるのか……?」
そんな彼の判りにくい激励の言葉に猫バイトは心底心外そうに声を裏返らせるが、サクラノヴァの表情を見て、嬉しそうに両の岩拳を体の正面で合わせ、火花を飛ばす。
マスターほどサクラノヴァと信頼関係があるわけではないが、それでも猫バイトはマスターよりも長く彼と接してきている。
彼の表情のすべてを読み取ることは難しくも、今、この瞬間だけはその表情の意図を理解できた。
「……クハハッ、さっきまで闘志が消えかけてた割には随分いいカオすんじゃねぇか? なァ!?」
そしてそんな双方の雰囲気を熱で感じ取った灼炎の主イーディスは、金色に輝く四本の腕を大きく広げ、炎の鱗粉を散らせながら爆ぜさせ、完全に仕留めたはずの岩如きに小馬鹿にされた猛牛オキイチは、その屈辱に全身の血を沸騰させていた。
「……チッ、俺の一撃を耐えたのはてめェが初めてだ……だが、二度目はねェぞ……!」
最凶の獣としてのプライドを粉々に砕かれ、血走った眼球は猫バイトの岩の身体を狂暴に睨み据え、いつでもその岩体を粉砕せんと、足元の岩盤をみしりと音を立てさせる。
だが、全てを振り切ったサクラノヴァはもはや、目の前の敵がどんな強敵であろうとも屈することはない。
彼の思考はすでに、この窮地を脱した先――地下に落とされたマスターたちの先に居る、真の黒幕に向けられているのだから。
『ふん……悪いが、モブ程度に時間を使っている暇はない。……行くぞ、猫バイト。……30秒だ』
翻る黒いローブ。
サクラノヴァはそう傲然と言い放つと、イーディスたちの圧倒的な威圧感を完全に無視し、手に付けている指輪のすべてを瞬時に入れ替える。
「……! あいあいきゃぷてん~! てか一度目が耐えられる時点で二度目が効くワケなくて草なんだが~?」
サクラノヴァの言葉に、最後まで現代の大学生らしい緊張感のないノリを崩さない猫バイトは、挑発的に赤い旗を創り出して、目に見えて煽りだす。
本来ならばそんな見え透いた挑発に怒り狂ってもおかしくはない状況だったが―――彼らは同時に嗤った。
「ハッ、面白れェ連中だな……! 最高の暇つぶしになりそうだ……! さァ、派手にやろうぜェッ!!!」
「時間の無駄だ……早くかかってこい、MOB共……」
戦いの前に余計な感情は無用。
必要なのは、覚悟と闘志、そして己の力のみ。
蒼炎を纏う尾が再び激しく爆ぜ、火山の主にして灼炎の主が叫ぶ。
かつて最強の一体とまで言わしめた神話の如き力の化身にして、万象を劫炎で灼き、破壊の限りを尽くす最強の獣――猛虎焔獣。
そして、プレイヤーの悉くを絶望の淵に陥れ、出会うこと自体が最悪の事態とまで言われるに至るほどの圧倒的な力で全てを捻り潰す最凶の獣―――煉獄牛魔人。
対するは、生を否定し、終なき不変を至高とする不死の王――サクラノヴァ。
そして、生を司り、万物を始から創造する王――猫バイト。
破壊、不変、創造。
相容れぬ三つの極致が今、世界を震わす咆哮とともに激突の火蓋を切った―――――。
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