第十六話 死人に口なし
「それで……どうする? 不死の躯よ」
イーディスは四本の腕を気怠げに組んだまま、その巨体で傲然とサクラノヴァを見下ろした。
双眸に宿る紅の瞳がサクラノヴァの一挙手一投足を冷酷に見据え、背後には揺れる尾に宿る二つの蒼炎が激しく火花を散らす。
前方には種族王ですら屠ることができる圧倒的な二体の強者、後方にも退路はなし。
そんな絶望的な状況の中で、しかしサクラノヴァの纏う空気は冷静さを保っていた。
とはいえそれは自身が不死という特性を持っているが故の余裕などではなく、この場を切り抜けるための策を練るのに冷静さが必要なだけであり、その内心は決して穏やかなものではなかった。
(……この俺が騙された……? この、俺が……?)
マスターとゴラクZを何らかの理由で彼らが狙っていることは見抜いていた。
だからわざわざ思惑に乗るフリをして立ち位置を変え、情報を引き出そうと画策していた。
……だが、そんな俺の思考すらも全て仕組まれていた……?
手のひらで泳がされていたというのか……?
普段から、ギルドの策士として様々な策を弄し、多くの敵を翻弄してきたサクラノヴァ。
しかし、策士策に溺れるという言葉があるように、此度において策が思い通りに進んでいると思い込んだサクラノヴァは見事に出し抜かれ、その胸の奥に苛立ちと怒りが渦巻く。。
『……ふん。どうするも何もないだろう? だが……最初からここで全員を殺すのが目的であるにしては、やり方が回りくどいな』
だからだろう。
サクラノヴァはあえて皮肉を混ぜ、半ば八つ当たりのように言葉を吐き出した。
ただ、自身の苛立ちを隠すための憐れな冷笑。
当然、目に見えて不利にあるはずの不遜な骸骨の言葉に、イーディスの傍らに控える猛牛が激昂の声を上げた。
「……! てめェッ! イーディス様に向かって何て口を――!」
「黙れオキイチ……俺ァ今、コイツと話してんだ。割り込んでくるんじゃねェ」
思わず飛び出した猛牛の背筋ですら凍るほどに冷徹なイーディスの声が、火山の熱気を一瞬で置き去りにする。
ただの一言。
それだけで、最凶の獣と恐れられるオキイチの巨躯がびくりと跳ね上がり、血走った眼を伏せて大きな背中を丸めた。
「……っス」
邪魔者が黙ったのを見届けたイーディスは、再びサクラノヴァに酷薄な笑みを向ける。
「まァなんとでも言うがいいさ。結果としちゃァ俺らの完全勝利。アンタらが嵌められた側には違いねェ」
まさに勝者の余裕ともいうべき表情と言葉をこれでもかと見せつけ、歪んだ笑みを浮かべるイーディス。
その傲慢な態度は、サクラノヴァの胸中にある策士としての敗北の屈辱をさらに深く抉っていく。
だが彼は、僅かなプライドで昏い感情を押し殺し、冷徹な計算の仮面を被り直してなおも悠然と言葉を返した。
『……ふん。……後であの蜥蜴は何があっても殺すが……全てを仕組んでまで俺らを殺そうとする理由はなんだ?』
正直、嵌められたという結果はもはや認めざるを得ない。
とはいえ、ここまで回りくどい手間をかけてまで自分たちを排除しようとする決定的な動機だけがまだ見えない。
サクラノヴァは相手の本音を引き出そうと冷酷に問いかける―――が、返ってきたのは予想だにしない言葉だった。
「……あァ? アンタ、なんか勘違いしてやしねェか?」
「……なに?」
思わぬ言葉に微かに動揺するサクラノヴァを、イーディスは心底くだらなそうに鼻で笑い、四本の腕の一本を大きく振り、地面を指差した。
「俺ァ、元々アンタらはどうだっていいんだよ。あの忌々しい灼炎の王と、竜の王さえ死ねばな。そこの岩とアンタはまァ……ただの暇つぶしだ」
『……! それはどういうことだ……!?』
サクラノヴァは、ここで大きな思い違いをしていたことに気が付いた。
彼が少し前に行き着いた結論は、"この世界が、自分らのためだけに作られた世界"というもの。
ゆえに、今回の火山の件としては、あくまで"停止した火山を再度復活させるため、恐らくその元凶たる灼炎主を倒す"というクエストのようなものだと考えていた。
だが、彼は言った。
―――お前らはどうだっていい、と。
つまるところこの言動は、彼が行き着いた結論である"自分たちのため"という前提を大きく覆すことになるということであり、さらに言えば、この目の前の相手は、この世界について何かを知っている可能性が出てきたということ。
情報を求めるサクラノヴァが思わず前傾姿勢になって問い返したその瞬間、しかしイーディスは鋭い一歩を踏み出し、場の空気を強引に引き裂いた。
「オイオイ、立場を忘れちゃいねェかァ? 今度はこっちの番だ」
踏み込んだ大地から吹き出るマグマによる凄まじい熱波がサクラノヴァのローブを激しく煽り、イーディスの金色の体毛が、ギラリと不吉な輝きを放つ。
そして―――。
「……単刀直入に聞くがァ、アンタら王が揃って行動するってェのは何が目的だァ? 俺ァサラマンダーから話を聞いただけだが……世界を滅ぼすつもりもねェってのに、何が目的で徒党を組んでやがる?」
返答を促すイーディスの視線が刃のようにサクラノヴァへ突き刺さる。
(俺たちの目的、だと……?)
サクラノヴァはあえてすぐには答えず、僅かに思案する。
これはチャンスでもあった。
もし、相手がこの世界の真実を知る存在であるならば、ここで関連するキーワードを示せば何らかの反応がある可能性があるからである。
(それならば……)
『……ふん。目的など灼炎の主なら疾うに知っているものと思ったがな。……俺たちがこの【世界に転移】し、【元の世界】に帰る理由を探していることぐらいな』
この世界が、彼の想定通り、何らかの理由で生成された偽物であるなら、必ず反応するはずのキーワード。
サクラノヴァはイーディスに視線を合わせ、表情の変化を見落とさぬよう凝視した―――が。
「……あァ? テンイ……? モトの世界ィ……? んだそりゃァ……オキイチ、分かるか?」
「いやァ……俺も全く……コイツ、もしかして騙そうとしてるんじゃねェですか?」
イーディスは眉根を寄せ、心底わけがわからないといった風に隣の忠臣に問いかけるが、彼もまた困惑した表情を浮かべている。
「クハハッ……んだよ……この状況で気ィでも狂っちまったかァ?」
「――――――――」
その瞬間、サクラノヴァの中に酷く昏く、ドス黒い感情が大きく渦巻いた。
(……どういう、ことだ……?)
今しがたイーディスが発した言葉が決して嘘や虚構でないことは、サクラノヴァが問いの前に密かに発動した"真偽呪文"により誰より理解っている。
だが、だからこそ、彼は理解らなかった。
(まさか……いや……、種族主だぞ……!?)
種族において、最強を誇る種族の主。
自らが転移した、あるいは生成された世界に来た理由を知るには、この存在以上はあり得ない。
でも……目の前のこいつは、自分が生きるこの世界が【本物】であると認識している上、サクラノヴァが発したキーワードについて、全く知らなかった。
期待が大きかった分、反動としての絶望が暗い泥のようにサクラノヴァの胸を満たしていき、徐々に世界の音が遠のいていく。
世界で最高峰の力を持つ者たちですら世界の構造を知らないのなら……この世界は、俺たちが元の世界に帰る手段など、もはや―――。
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