第十五話 灼炎の主
『炎の理を司り、灼炎種の根源を守護する原初の焔。
猛き四の腕は灼熱を纏い、灼紅の瞳は見る者の心も灰燼と化す。
悉くを灼き尽くす其の姿は王たる獣の如く、一度哭けば、後には黒き大地が残るのみ。
金色の獣を怖れよ。双つの蒼炎を畏れよ。
死してなお、魂までをも焦がされぬやうに―――。』
この碑文が示すのは、《ユグ:ドライアス》における、種族王と対を成すNPC最強の存在――種族主のうちが一主、灼炎主のことである。
熱気を纏う金色の体毛に覆われた四本の巨腕に、蒼炎を揺らす二本の尾。
洞窟の空気を押しのけるほどの灼熱の魔力に加え、マグマのように脈動する紅い瞳。
灼炎種の頂点に立つこの存在をして、世界はこう呼んだ。
―――焔魂を喰らう覇帝・猛虎焔獣。
圧倒的な熱量を以て、敵を屠り。
圧倒的な膂力を以て、全てを蹂躙。
圧倒的な手数を以て、あらゆる障害を打ち砕く。
まさに最強と呼ぶに相応しい存在だが、実は彼がそう呼ばれるに至った理由は、根源を守るNPCの守護者という顔とは違う、もう一つの役割が起因している。
それが――――公式レイドボスである。
事の顛末は、《ユグ:ドライアス》のサービス終了三か月前へと遡る―――――。
―――――本来種族主というのはあくまで根源を守り、プレイヤーに種族クエストの依頼を行うためだけの存在であり、NPC最強とは謳いつつも実は戦うことは一切なかった。
そのため、プレイヤーも特に彼らに対して何も思うことはなかったのだが……。
ゲームのサービス終了三か月前、突如公式から全プレイヤーに、あるお知らせが届いた。
――――――――――
【重要】新規レイドコンテンツ《種の頂》実装のお知らせ
親愛なるプレイヤーの皆様、いつも『ユグ:ドライアス』をお楽しみいただき、誠にありがとうございます。
本ゲームはサービス終了を迎えますが、これまで楽しんでいただいたプレイヤーの皆様、そして惜しくも離れてしまったプレイヤーの皆様に対してのサプライズとして、なんと!
長らく根源の守護者として君臨し、これまで交戦不可能だった“あの存在”に挑むことができる新規レイドバトルコンテンツを順次実装いたします!
(中略)
数々の死線を潜り抜けてきたプレイヤーの皆様にとっても、かつてない挑戦となることは間違いありません。
過去最高難易度のレイドボスに、ギルドの仲間や頼れる戦友たちと装備を整え、万全の準備でお待ちください!
今後とも『ユグ:ドライアス』をよろしくお願いいたします。
『ユグ:ドライアス』政策委員会一同
――――――――――
それは瞬く間に世間を揺るがし、世界すら震わせたものだった。
通常、サービスが終了間際のゲームとしてはアクティブプレイヤーの数が減少傾向にあり、それがオンラインゲームともなればより顕著となるもの。
大方、数千から数万ものプレイヤーが最後までプレイしてくれれば御の字でもあるこの業界において、お知らせが届いた翌日。
サービス終了まで残り三か月を切ったことには変わりないにもかかわらず、このゲームでのアクティブユーザーはなんと百万を超えていた。
当然、多くのプレイヤーが再度このゲームに戻ってきた理由としては実装される"NPCの最強種"に興味があったからであり、そしてついにその日がやってくる。
一番最初に実装された最強の"種族主"は、灼炎の主・猛虎焔獣。
挑戦者数―――なんと約百二十万人。
これだけでもこのモンスターがどれほどユーザーから期待されていた存在だったが伺えるが、しかし一方で、これを機にこのゲームから再度離れる者も多くなる事態となってしまう。
なぜそんな事態が起こったのかを簡潔に示すのならばこの言葉が適切だろう。
―――サ終を機に運営がトチ狂ったから。
当初触れ込みとしていたのは、過去最高難易度というもの。
事実、その文言には間違いがないのだが、この種族主が実装される以前のレイドボスの基準は大体精鋭プレイヤーが三十人ほどいれば十分に倒すことができるゲームバランスだったのに対してこの種族主。
挑んだプレイヤー総数、約百二十万名に対し、クリア者数――――――――百名。
断じて百万人ではない。
たったの百人である。
それも、たった一度の勝利による最大同時プレイ人数の百人。
余談も余談、挑戦したプレイヤーは口々に「二度とやるかこんなクソゲー」という言葉や、「サ終前の運営の自己満足」、「ユーザー一掃大会」なんて言葉を吐くこともあったが、この結果から言えることとしては、圧倒的とまで言えるデータは、しかし彼が最強の一体であることを疑わせる余地もないということだ。
尤も、彼らがそう思う原因として、たった一度の勝利に関しても、最強プレイヤーの種族王が総出でなんとか勝てたようなものなので、一般プレイヤーがそう思うのも無理はない話であるが。
兎も角。
その場に種族王として参加していたサクラノヴァはもちろん、猫バイトもまたこのゲームにおける種族王というトッププレイヤーとしてゲーム時代の彼の前に立ち、その強さを間近で体感している。
故に、たった一度だけ彼に勝てた経験はあるものの、油断などは微塵もなかった。
彼らは一挙手一投足を見逃せば例外なく死という概念が訪れることを身をもって知っているからである。
十の種族の中でも死という概念から程遠い位置に存在する不死種と創造種は言葉の通りに命を落とすことはないが、しかし彼らにも死と同義に値する事態は往々にして直面し得る。
それは単純明快な原理―――行動不能に陥ること。
いくら不死や不滅を名乗る不死者であっても、肉体や骨を破壊されれば幽体でない限りは再生しなければ動くことは叶わず。
いくら想像力を費やして無傷を演じる創造種であっても、思考が追いつかぬほどの衝撃が身に与えられたり、思わず恐怖を抱いてしまう一撃を喰らうことなどしようものならその瞬間に無傷な自分を定義することはできない。
だから彼の種族は特にこれらにおいて最大限の警戒を払い、戦闘においてはいくら相手が格下であろうともこれだけに関しては対策を怠ることはなかった。
だからこそあえてもう一度言おう。
彼らに油断など一欠片もなかったと。
……ただ唯一。
たったひとつだけ、彼らに"誤算"があったとするのならば―――。
眼窩の奥の青い光を戦慄に揺らし、サクラノヴァは目の前の存在を見て思わず叫びを上げた。
『―――ッ、退け、猫バ――――!!!」
その言葉を発した刹那―――サクラノヴァの視線の端に緋色の残光が煌めき、猫バイトが“何かが迫っている”と理解するより早く、岩でできた巨体がまるで薄紙の人形のように軽々と弾き飛ばされた。
「うわぁっ~!?」
岩の巨体は轟音と共に岩壁へ叩きつけられ、彼の叫びとともに周囲の岩壁が蜘蛛の巣状にひび割れる。
それを一拍遅れて目撃したサクラノヴァは剥き出しの本能のままに舌を打つ……が、即座に感じた嫌な気配から瞬時の判断ですぐに距離を取った―――直後。
ズガァアアアアアンッという轟音と共に、先ほどまでサクラノヴァがいた位置に空気を震撼させるほどの衝撃が叩き込まれる。
「……チッ、悪趣味な攻撃だな……」
やがて巻き上がった土煙が晴れると、そこには倒れた猫バイトの頭部を容赦なく鷲掴みにし、地面に叩きつけている大きな影――――灼炎主……ではなく、オキイチの姿があった。
「ムゥ……今のを避けるか……いや、消えた……?」
「ほォ? その姿……不死種に見えるが、未来でも視えてんのかァ? クハハッ」
彼らとしてもこれで決着が付くと思っていたのか、意外にも攻撃を避けたサクラノヴァに対し、未だ仁王立ちにてその場から動かぬ灼炎主イーディスは四本の腕で挑発するように拍手する。
「……」
「ハッ! そう凄むなよォ? やったのは俺じゃねェだろ? なァ、オキイチィ?」
「イーディス様……コイツァ、どうしますかい?」
「あァ? 俺ァんなガラクタには興味がねェ。こいつらをここまで連れてきたサラマンダーにでもくれてやれ」
「……!」
無情にも攻撃の道具として扱われた猫バイトの岩体を軽々と持ち上げた最凶の猛牛は、イーディスの前に放り投げ、イーディスは衝撃の事実と共に猫バイトの亡骸を蹴り飛ばす。
オキイチと呼ばれた最凶の猛牛―――アグニスタウロス。
そして、イーディスと呼ばれた最強の王獣―――ブレイズビースト。
蹴り飛ばされ、まるで物言わぬ亡骸のように転がる猫バイトの岩体を横目に、サクラノヴァは内心で激しい怒りを噛み潰す。
―――サクラノヴァのただ一つの誤算。
それは……。
(……最初からここに来るよう仕向けられていたってことか……あのクソ蜥蜴が……!)
ここに至るまでの全てが、彼らによって仕組まれていた状況であり、目の前に顕現する最強にして最凶の二体が、敵として立ちはだかることであった―――――。
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