第十四話 金色の黒幕
「―――ッ! そ、んな……え……!? だって、それって――――」
衝撃の事実に、猫バイトが喉を詰まらせたその時だった。
「グァァアッ! ゴチャゴチャと……細かいことなどどうでもいい! 先代の王がどうだろうが、俺は俺の使命を果たすだけだッ!」
自身の内にある、先代の王が消えたと認識しつつも、その先代の王の姿を思い出すことができないという矛盾を抱えたオキイチが突如咆哮し、再び巨大な拳を激しく壁に叩きつけながら、黄金色の双眸を血走らせてサクラノヴァたちを睨みつけた。
「はァ、はァ……いいさ……生憎、アンタらに関しては何の指示もねェ! だからよォ、俺の憂さ晴らしに付き合ってくれよォオオオッ!」
最早、一切を取り繕うことなく本性を曝け出し、自身の欲望のままに力を振るうために彼は力強く咆哮する。
しかし、これをただの咆哮だと侮る勿れ。
そもそも当初の物腰の柔らかさと、現在の脳まで筋肉で出来ているかのような言動で忘れがちだが、腐っても、あのアグニスタウロスである。
最凶の獣として多くのプレイヤーを絶望の底に叩き込んだ実力を誇る彼の咆哮は、聞くもの全てに"畏怖"を与えることで、人間の神経を一時的に硬直させる。
つまるところ、叫ぶだけで怯ませることができる”技”なのだ。
―――だがしかし、こちらも忘れる勿れ、
対する両名―――彼らは総じて"人ではない"。
さらに言えば、単純な恐怖から最も遠い種族。
当然、彼らにおいては……ただの咆哮へと回帰する。
「結局こうなるのね~!?」
とはいえそれはあくまで"咆哮が効かない"というだけに過ぎず、相手の格が下がった訳ではない。
先まで動揺していた猫バイトでさえ、軽快な口調を取りつつもいつでも地を蹴り出せるよう巨躯の重心を低く落として戦闘態勢に入り、サクラノヴァもまた、ローブの奥で静かに魔力を練り上げる……が。
『……あぁ、だが今のうちに倒す方が……。 ……?』
ふと、緊迫した静寂が漂う中、何かに気が付いたサクラノヴァが突如、動きを止めた。
その視線は眼前のオキイチを完全に通り越し、その背後でボコボコと不気味に泡立つマグマの奔流を示す。
彼はそのままゆっくりと骨の指先を真っ直ぐに指し示し―――言い放った。
『……おい猫バイト……悪いがここから先がどう転ぶかは俺にも分からん……』
「―――え?」
『だが、これだけは言っておく……これから先、何が来ようとも、絶対にマイナスのイメージだけは抱くなよ――――!』
そう言い終えた瞬間。
サクラノヴァの指先に紫電が迸り―――――一閃。
「っ! 何――!?」
以前、王都守護隊のうちの一人をたったの一度で行動不能にせしめるほどの速度と威力を誇る雷撃呪文は、目の前に相対するアグニスタウロスことオキイチの頬を掠め、そのまま背後のマグマへと突き刺さり――――弾けた。
これはあまり知られていないことだが、実はマグマは電気を通す物質である。
実際の化学現象では、一般に電気を受けた溶岩は超高熱化し、まるで水のように流動性が高くなる。
故に、電気を溶岩が弾く現象などは、普通ならば決して起こり得ない事象なのである。
――――そう。そこに何者の介入も無ければ。
「……ッ、クッハッハッ!!! オイオイ、完全に溶け込んでたつもりだったが、こりゃ驚いたぜ!!」
サクラノヴァの放った電撃を弾いたマグマから、威勢のいい声とともに、おもむろに両の腕――否、常軌を逸した二対四本の剛腕が飛び出す。
指先には鋭い白爪を携え、かの巨獣アグニスタウロスと同等……いや、それ以上はあろうかと思うほどの剛腕には金色の体毛がマグマを反射して煌びやかに輝いている。
そしてその四腕が、マグマを力任せに掻き分けるように大きく開いたその瞬間―――四方に激しく飛び散る灼熱の飛沫と共に、その怪物の全容が双方の視界の下に晒された。
「……こんなところにいるとはな……」
「っ!? うわぁ~!! なるほどね~……っ!! でもこれは……! ちょっとやばいって思っちゃうかも……!?」
ただそこに存在を現したという、それだけの事。
しかしそれだけで、かつてゲーム世界において全てを統べ、頂点に君臨していた種族の王ですら思わず声を荒げてしまうほどの圧倒的な魔力の波動が火山内部を嵐のように駆け巡る。
灼熱を孕んだ高熱の魔力は、一瞬にして周囲の空間を完全に支配し、大気そのものがマグマに置き換わったかのような殺人的な熱気と、肺を押し潰すような重圧が場を圧する。
だが、こちらも歴戦の経験則と判断力を駆使し、サクラノヴァは即座に耐熱魔法を自身と猫バイトに付与、猫バイトもまた、相対する存在から、身を守るべく耐熱の岩の壁を作り出す―――が。
「んだよ、まだ話の途中じゃねぇか! それともアレかァ? 嫌な未来でも想像しちまったかァ? 創造種の岩小僧がよォ!!!」
「うぇっ!? そんなのアリ!?」
僅か一瞬。
瞬きする間に作り出された強固な岩の壁は、なんと瞬きする間もなく、溶けるどころか一瞬で蒸発して消え去った。
「……化け物だな……」
「くっはっは! 骸骨がそれを言うのかァ? イイな、悪かねェ!」
あのサクラノヴァでさえそう零した言葉に、対する目の前の存在は凶悪に口の端を吊り上げる。
「しかしよォ、オキイチ……ここは流石に狭くねェか?」
「……ハッ、イーディス様の仰る通りで…。しかし予想より早く勘付かれまして……。広げましょうか?」
巨躯を並べた二体の怪物にしては狭い火山内部の一本道。
そのあまりの窮屈さに、オキイチの名を呼んだ存在――イーディスと呼ばれた獣は首を鳴らしながら獰猛な笑みを浮かべ、対するオキイチは恭しく首を垂れ、まるで逆らうことができない主からの問いかけのように接する。
イーディスはオキイチの問いかけに少しばかり考えた後、その巨躯を震わせるほどの畏怖を孕んだ低い声で、獰猛に応じた。
「……いや、俺がやろう……丁度暇ァしてたんだこっちは……」
そう口にしたイーディスは、突如、深く息を吸い込んだ。
刹那の間。
何をするかを察したサクラノヴァがすぐに猫バイト含めて"防音"魔法を展開すると同時。
「――――GUEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!!!!!!!!!!!!!」
その身から放たれた熱波の咆哮が、火山の空間そのものを文字通り焼き焦がした。
超高熱と急激な圧力上昇に耐えかねた洞窟の天井や壁面は悲鳴を上げるように激しく軋むと、次いで巨大な岩石となって次々と二人の頭上へ崩落し始める。
――だが、この事態を以てしても、彼らの通路が物理的に封鎖されることはなかった。
「~~~いぃっ!? 今、洞窟崩れたよね!? そ、そんなことまで出来んの!?」
耳には届かぬ声で叫ぶ猫バイトの視界に、驚くべき光景が広がる。
頭上から降り注ぐ無数の巨岩。
しかしそれは地面に激突するより早くイーディスの放つ圧倒的な熱量に触れたその瞬間、まるでガラス細工や粘土のようにドロドロと融解していき、そのまま地面を流れる溶岩の海へと同化していく。
そして、思わぬ光景に呆気に取られ、二人が意識を取り戻したときには、既に先ほどまでの狭苦しい通路は完全に消失。
そこに広がっていたのは、巨岩の融解によって強制的に拡張された、巨大なドーム状の決戦場――さながら、彼らを逃がさないために誂えられた半円形の専用フィールドがあった。
「まァ、こんなモンでいいだろう」
そう呟くイーディスたちの対面に残された足場だけが辛うじて原型を留めたままに所々から溶岩が吹きだしており、イーディスの後方――先ほどまでマスターとゴラクZが立っていたはずの場所は、今やドクドクと不気味に泡立つ底知れぬ溶岩の池へと完全に満たされ、その姿を容赦なく覆い隠していた。
猫バイトは現役の大学生ではあるが、理系の専門知識に長けているわけではない。
だが、そんなに深い知識がなくとも分かることがある。
硬固な岩を一瞬で蒸発させ、洞窟の地形さえも瞬時に造り変えてしまうほどの熱量――これは、マジでヤバい、と。
周囲一帯に道は無く。
完全に逃げ道を塞がれ、灼熱の戦場と化した空間に立たされたサクラノヴァと猫バイト。
二人の絶望をさらに煽るようにイーディスはその凶悪な四本の腕を大きく広げ、オキイチもまた、鼻孔から高温の蒸気を吹き出し、さらなる絶望の熱波を吹き荒れさせる。
かつて《ユグ:ドライアス》に存在する伝承の碑文には、イーディスと呼ばれた存在を指し示すものが記載されている。
曰く。
『―――この世界において、その名を知らぬ者はいないとされる最古の王獣が一体。
炎の理を司り、灼炎種の根源を守護する原初の焔。
猛き四の腕は灼熱を纏い、灼紅の瞳は見る者の心も灰燼と化す。
悉くを灼き尽くす其の姿は王たる獣の如く、一度哭けば、後には黒き大地が残るのみ。
金色の獣を怖れよ。双つの蒼炎を畏れよ。
死してなお、魂までをも焦がされぬやうに―――。』と。
灼炎の主が今―――――顕現した。
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