第十三話 サクラノヴァの仮説
―――灼熱渦巻く轟音と共に、マスターらの声が遠く、断絶された溶岩の壁の向こうへと搔き消されていった地には今、残響に取り残された三者三様の影が揺らめいていた。
ボコボコと重苦しく泡立つ溶岩の壁から漏れ出す硫黄の臭いと、肌を焼くような高熱が支配する僅かな静寂。
その、永遠に続くかと思われた静寂を切り裂いたのは、溶岩の帳を背に立つ巨大な獣の影だった―――。
「……さァて、ご客人……いや、アンタらには悪いが……ここから先は通行止めにさせてもらおうか」
そしてそれは、先ほどまで礼儀正しくこちらに接していた優しい獣から一転、今や鋭い両角を煌めかせ、鼻孔からは熱蒸気を吹き出す、まさに"獣"と化した猛牛そのもの。
黄金色の双眸には明確な敵意と冷徹な光が宿っており、彼――オキイチは、地を震わせるような声を響かせながら、溶岩に照らされている二つの影を見下ろす。
「はァ~、ったく……わざわざこんな面倒な手なんて使わずに力で解決した方が早いんだがな……しかしまぁ、こうも簡単に罠に掛かってくれるとは助かる!」
自ら手の内を晒したオキイチにはもはや先の面影などは一切なく、粗雑な言動を繰り広げる彼の姿が蒼い光と無機質な瞳に映る。
そんな彼の罠により、マスターとゴラクZを分断――おそらくその後の轟音からして地下に落下したか、あるいは飛ばされたかに思える、まさに絶体絶命とも言えるこの状況。
当然、この火山という環境上、地の利は慣れ親しんだオキイチにあり、彼もまたそれを理解して不敵に嗤う。
……だがしかし、オキイチは一つだけ判断ミスをしてしまっていた。
それは―――。
『……ふん、それで……もうその罠とやらは終わりか?』
「……なに……?」
―――残された二人の内の一人。
……いや、正確には、かつて"人"であった影――黒いローブに身を包んだ骸骨の男こそ、オキイチが真っ先に落とすべき相手だったからである。
『……はぁ……わざわざ貴様が望む配置にしてやったというのに、結果がこのザマなら期待外れも良い所だ。最初から裏切るつもりだったならば、いっそ清々しくあいつらと分断したと同時に襲い掛かって来たらどうだ?』
先ほどまでと一切変わることのない抑揚のない音の発生源――サクラノヴァは、まるでオキイチの起こした行動に対して予期していたかのような言動を見せ、さらにこう言葉を続けた。
『――それともなんだ? 一人じゃ何も行動出来ないのか?』
そしてその言葉は、まさにオキイチにとっての芯を捉えたのだろう。
サクラノヴァがその言葉を発すると同時、強靭な肉体が僅かに震え、怪訝そうに目を細めた
「っ!? ……まさかそこまで分かって……! いや、いつからだ?」
『愚問だな。最初からに決まっているだろう?』
「~~~いや、そんなハズはない! 俺の行動は完璧だったはずだ!」
オキイチはそう口にするや、巨大な拳を握り締めながら近くの壁を力強く叩いてサクラノヴァを睨みつけ―――ようとして、気づいた。
――既に自身の懐まで、骨ばった指が届いていることに。
しかし彼はそんな状況に、動かない。
……いや、正確には動けなかったというべきだろう。
サクラノヴァはオキイチが行動するより早くに無詠唱による行動阻害呪文を発動し、オキイチの肌に冷たい骨を当て、問う。
『……愚鈍な貴様に簡単な答え合わせをしてやろう。……貴様が語る、先代の王とやらの姿はどんなだ? 声は? 性格は? 何より―――』
骸骨の体に呼吸は必要ない。
だが、サクラノヴァはあえて一拍おいて、こう告げた。
『―――熱を覚えているのか?』、と。
「……! 何を莫迦なことを……!! それぐらい分かるに決まっている……!」
さすがにいかに最高峰の魔法使いでもあるサクラノヴァの魔法とはいえ、無詠唱かつ相手が最凶獣。
圧倒的で、凶悪なまでの膂力だけでサクラノヴァの拘束魔法を強引に引き剥がしたオキイチは、骸骨の問いに即答するべく思考を巡らせ―――。
「……先代は……先代は……ム……?」
――先ほどまで自信に満ちていたはずの言葉が、急速にその熱を失っていくのを感じた。
「いや、そんなはずは……だって、先代は……あ、れ……?」
自身の記憶を辿っては、永遠に靄がかかったかのような不自然な事象に彼は困惑の表情を浮かべ、自らの側頭部を大きな手で掴むようにして、その巨躯を揺らす。
「どうして……いや、おかしい……!! 先代の王は消えたはず……それは確かなはずなのに、なぜ!! 俺は先代の姿すら思い出せんのだッ!?」
―――と、突如として頭を抱える巨獣の異様な豹変ぶりにさすがに耐えきれなかったのか、もう一人の怪物がたまらず声を上げる。
「ちょ~~~っとまって、ちょっと待って!? なんか僕だけ置いてけぼりなんですけど~!? ねぇねぇこれってどういうこと!? ねぇサクラノヴァさん!? ねぇ!? どういうこと~!?」
溶熱に照らされた最後の影――大きな岩の身体をオドオドと左右に揺らしながら、チャームポイントの猫耳をぴこぴこと揺らした猫バイトが頭の後ろで手を組みつつ二人の間に割り込む。
いつもの軽薄なトーンを崩してはいないものの、しかしその声色には戸惑いが浮かんでいる。
そんな彼に向け、とにかく分かりやすく、端的に説明するために、サクラノヴァは一瞬の沈黙ののちに、驚くべきことを口にした。
『……これはあくまで仮説だが……。先代の王なんて存在は、そもそも居なかったのではないかと俺は見ている』
「……? って、えぇ~~~~~~!? な、いや、だって、え!? ここに来た時にもみんな王様が帰ってきたって喜んでたし……オキイチさんも一周期? に先代が消えたって言ってたよね!? サラマンダーだって……先代の王がいないってどういうこと!?!?」
案の定、大袈裟に身振り手振りを行い、信じられないといった様子で身悶えする猫バイト。
そのコミカルな反応を冷ややかに受け流しながら、サクラノヴァは腕を組んだまま、さらにその矛盾の核心へと踏み込んでいく。
『……おかしいとは思わないか? 消えた先代の姿を知っているはずの灼炎種らが、どうして初めて見るはずのゴラクZを正しく王だと認識し、あまつさえ"帰ってきた"などと言い放っていたんだ? 加えて、奴らの中で、誰も先代の王の具体的な姿や名前を口にしていなかったのも不自然だとは思わないか?』
その問いかけに猫バイトは動きをピタリと止め、彼もまた思考を巡らすように、大きな岩腕を組む。
「え? いや~、でもそれは確か公式設定的には灼炎種は熱量が大切、なんだっけ~? だから熱量が物凄いゴラクZさんを見て、ぱっと見で王だ~って思っただけなんじゃ……って、あれ? でも確かに誰もその姿に言及してないし……初めて会う王様に"帰ってきた"なんて言うかな……?」
猫バイトの言う通り、灼炎種の公式設定に、"自身の熱量を以て階級が決まる"という文言があることは、このゲームを深くやっていれば誰もが周知している情報である。
それを踏まえるのなら、圧倒的な熱量を誇るゴラクZを見た有象無象の灼炎種が、彼の身に宿る格の違いを察して、王だなんだとひれ伏すのは理解ができる。
だが、確かに彼らは当初、《王が帰還した》、《帰ってきた》と口々に発していた。
尤も、これは姿を消した王の代わりが帰ってきた、と取れば自然に思えなくもないが、これが"代わりの王が現れた"だけならば、普通は《新しい王がやってきた》、あるいは《現れた》と形容するのが正しいはずである。
分かりやすく現代に例えるのなら、突然姿を消した社長の代わりに本社から来た偉い人に向かって《社長が帰ってきた!》というようなものである。
そんな強い違和感を抱いた猫バイトが再び自身の硬質な岩肌をトントンと叩きながら、その表情から次第にいつものおふざけが消えていくのを見たサクラノヴァは、今度はより詳細に言葉を並べる。
『そうだ。……そして、それを踏まえて俺は仮説にこう結論付けた。この世界は、"俺たちが転移してきた、まさにその瞬間に創造された世界"なのではないか、とな』
「……えっ? い……やいや……! そんなこと……あり得るの……? って、ことは……僕らって、ただの異世界転移じゃないってこと?」
そのあまりにも突飛な話に猫バイトは思わず否定から入るも、これまでサクラノヴァの数々の知略を間近で見てきたことによる信頼がかろうじて理性を保つ。
『……それはまだ仮説の段階ゆえに断定は出来ん。……だが、これまでの出来事を考えてみれば存外荒唐無稽な話ではないことも事実だ』
「これまで……って、王都の件とか、サラマンダーの件?」
「あぁ。俺は以前、サラマンダーから聞いた話で、この世界は二千年前から存在すると思っていたが……これが間違いだとしたら?』
「間違い……?」
『そもそも、二千年前から存在していた種族の、それも王たる人物がそう簡単に姿を消せるものだと思うか? それも痕跡一つ残さずに』
「う~ん……確かに、あまりにも唐突すぎるような……?」
『……その時点で、俺の中である可能性が浮かび上がった。身近なものだと、俺たちがプレイする新作ゲームの中にもこういうものがあるだろう?』
「……ま、まさか……フレーバーテキスト……ってこと!?」
『あぁ、そのまさかだ。最初から存在している歴史の長い国や、そこに住むNPCの中に植え付けられた、何十、何百年も暮らしているという初期設定。……さて猫バイト。これを踏まえたうえで改めて聞くが……この世界の"王都の騎士団長が、国の圧政に耐えかねて助けを求め始めたシナリオ"と、"灼炎種の先代の王が消え、火山が死んだというシナリオ"のスタートラインは、どこに当たると思う?』
「え~っと、王都ではソフィアさんが僕らを訪ねてきたのがきっかけで……灼炎種は火山が停止したのがきっかけで……ハッ、これ……僕たちがこの世界に来たタイミングと完全に一致してる……!? で、でも、なんでそんな……?」
『そこまではまだ分からん……。だが、この世界のシステムは、間違いなく何か理由があって俺たちのために作られたモノだと考えるのが、今は妥当だろう』
「―――ッ! そ、んな……え……!? だって、それって――――」
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