第十二話 奈落に落ちる、冷たい違和感
オキイチさんの案内で進む火山内部に開けた通路は、圧倒的な熱量に満ち、異質な空気を孕んでいた。
人……というか、ここで言えば魔物たちの手で切り拓かれたとは思えないほど広大な洞窟の壁面には赤黒い溶岩石が重厚に層を成し、その岩肌の至る所にドクドクと脈打つ剥き出しのマグマの川が静かに流れている。
度々に火の粉を散らし、通路を赤々と照らすその自然の灯りは周囲の影を不気味にゆらゆらと揺らす。
――と、そこで俺はふと、ここに来るまでに考えていた疑問をオキイチさんに問いかけてみた。
「あの~……そういえば、サラマンダーの話では既にこの火山は死んだって聞いてたんですけど……今のここの現状はどうなってるんです? なんていうか……死んでるように見えない、っていうか……?」
周囲をいくら見渡せど、先にサラマンダーから聞いていた話とは大分異なる様相を呈している。
マグマが流れてたり、壁が赤白く明滅したりと、どう見ても死んでるというよりも生き生きしているようにすら見えるっていうか……。
「む?」
そんな俺の問いかけに、前を歩いていたオキイチさんがピタリと足を止め、金色の双眸をこちらに向け、深々とお辞儀をし……っていや、あの、なんか違和感すごいな?
「あぁいやはや、これはまた失礼を……そういえばサラマンダーの保護もして下さったそうで……あなた方には感謝をしてもし足りませんな。我が同胞たちの非礼の数々を思えば、本当に頭が上がりません……」
「あぁいや、まぁ、ハハ……」
ウンウン、こう丁寧に感謝されては、決してサラマンダーを無下に扱ったことは言えるわけがないな。
よし、黙っておこう。
「して……質問に対しての回答ですが―――」
そうして再び正面に向き直ったオキイチさんは一度言葉を区切り、壁に脈打つマグマの光をそっと見つめた。
「―――確かに、つい半周期前までこのカディオール火山は完全に死んでおりました。加えて、"王が突如として姿を消した"ことで最下層にあるマグマが地脈を巡らぬようになり噴火は完全に停止。……結果的に、竜種を始めとした多種族の襲撃を許し……我ら灼炎種はただ滅びの時を待つだけの存在となってしまいました……っと、今のは決して竜種である貴方様を責めている訳ではありませんので、どうかお気になさらず」
「……あ、はは……お気遣い、どうも……」
オキイチさんの何度目かの謝罪に俺は引きつった笑みを浮かべながら、消え入るような声で応じる。
普通に理不尽の塊だったクソボスにここまで全肯定の配慮をされると、逆に脳の処理が追いつかないというものだ……。
などと、俺の内心が荒れに荒れていた頃、隣で骨の鳴る音とともに再び脳裏に声が響いた。
『……王が姿を消したと言ったが……貴様ほどの傑物でも詳しくは知らないのか?』
「貴様て……せめてさん付けしなよ……」
そんなド失礼をかましながらも詰め寄るサクラノヴァさんの言葉に対し、少しだけ彼のことを一瞥するやすぐにオキイチさんは巨大な漆黒の角をこれ以上ないほど申し訳なさそうにガクリと落とした。
「王……いえ、ここでは先代というべきですね。まず、先代が居なくなったのは火山活動停止と同時でしたので、半周期ほど前のこと。しかしその消息については……申し訳ありません、私といえどもそこまで掴めていないのです……」
『……ふん、そうか……』
「なるほど、半周期か~? って、いや、さっきから言ってたけど半周期って、何……!?」
オキイチさんがそう言って再び歩き出す中、大きな岩の身体をゆさゆさ揺らしながら猫バイトさんが一人でノリツッコミを行っていると、その後ろを歩く、武骨な腕を組んだゴラクZさんが一本の指を立てた。
「これは灼炎種特有の日数換算だ。ゲーム内同様、火山の噴火周期である十五日間隔を一周期として示しているんだが……半周期は、およそ一週間前といったところだな」
『……ふん……一週間前……流石に偶然と片付けるにしてはできすぎているな』
ゴラクZさんの回答に、サクラノヴァさんが顎の骨をトントンと指先で叩き、オキイチさんの肩がわずかに震えた。
え? そんな重要なことあったかな……?
一週間前っていうと……いや、そうか!?
俺たちがこの世界に足を踏み入れたのも、ちょうどそのぐらいの時期か!
それなら先代の王は、ゴラクZさんが現れたから消えた可能性があるってこ……って、あれ?
一旦情報を整理すると―――。
一週間前に俺たちがこの世界に転移すると同時に、灼炎種の前の王が突如として姿を消して?
元々、ゲームの世界で灼炎種の王だったゴラクZさんがすぐに王の名を継いだ……ってことか?
いや、でもそれだと少し違和感が残る。
ゴラクZさんがこの世界に転生した瞬間と、先代の王が消えたタイミングが完全に一致しているのだとしたら、なんでこの灼炎種たちはゴラクZさんに対して"王が帰還した"などと言ったんだろう……?
そもそも、ゴラクZさんの存在を知らない彼らからすれば、既に先王が姿を消した時点で新たな王を選抜したっていいはずなのに……。
彼らの反応からしても、特段新たな王に対して嫌悪感があるわけでもないだろうし……。
……いや、待てよ?
もしかして、そういうことか―――!?
……そんな、小さな違和感に俺が気付いた瞬間のことだった。
「さて、皆様方……早速お話をしたいのですが、その前に――――」
オキイチさんの低く穏やかだった声が、ピキリ、と冷徹な響きを帯びる。
その刹那、背筋を駆け抜けたのは圧倒的な"死"の予感。
「ゴラクZさんッ!! 下がって!!」
「ムッ!?」
咄嗟の俺の叫びに合わせて俺たちは同時に大きく下がる。
その刹那、ドッ、と鼓膜を震わせる爆鳴が轟き、壁面を流れていたマグマの川が、まるで意志を持つ大蛇のようにのたうち回りながら岩肌を突き破って空間へと躍り出た。
「――!?」
刹那の間に赤熱する流体の壁が俺たちの視界を遮るも、その瞬間、ふと、オキイチさんが不敵な笑みを浮かべているように見える。
だがそれもほんの僅か。
粘性を帯びた超高温の熱波はすぐに通路を埋め尽くし、俺とゴラクZさん、そしてオキイチさんの側にいたサクラノヴァさんと猫バイトさんの間を完全に断ち切り、姿が見えなくなる。
『ぬぅ……! なんだこれは!? マスター! 無事か!?』
「う、うん……! なんとか! でも身動きが取れない……!」
熱く、厚い溶壁の向こう側から微かにサクラノヴァさんの声と、猫バイトさんの悲鳴が聞こえる。だが、それを確認する余裕すら世界は与えてくれない。
「いったい何が……!? しかし俺なら問題な、い――――!?」
未だ続く灼熱の奔流の中、灼炎種の王たるゴラクZさんは、分断した眼前のマグマの壁をブチ抜こうと、咄嗟に自身の剛腕に超高密度のエネルギーを収束させる。
炎を、熱を司る頂点たる彼の一撃なら、こんなマグマの壁など容易く消し飛ばせる……はずだった。
ガゴンッ、という重厚な音が耳を駆け巡ったと思うがすぐに、体が浮遊感に包まれる。
「うわっ!?」
「ぬおあッ!?」
否―――浮遊感ではなく、実際に俺たちは浮いて……いや、落ちていた。
大地が裂け、俺たちの立っていた足場が完全に消失したのだ。
竜種である俺は咄嗟に翼を広げようとするが、しかし体に纏わりつく熱泥が邪魔で思うように動かせない。
「まっずいなこれ……!」
遥か上を見ると、僅かに見えていた赤い光が徐々に小さくなっていき、音すらも遠のいていく。
俺とゴラクZさんの身体は、一切の光が届かない、火山の最深部――底知れぬ暗闇の深淵へと奈落の底へ突き落とされるように、ただ猛スピードで落下していったのだった―――――。
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次回更新は、彼らが落下しきった頃です。




